~2012.06.04 「ヒメコー!タワシ取ってくれー」 プールの真ん中辺りからボッスンが声を上げた。 プールサイドにあったタワシを手に取りデッキブラシを構える。 「いくでー!」 ブンッとデッキブラシを振りかざせばタワシが水面を走っていった。 「おお!結構飛んだでこれ!」 ボッスンの元まで届いたはずのタワシは打ち返され再び自分の元に戻ってきた。 「届いたかー?」 「なんで打ち返しとるん?」 「いやーつい」 「タワシいるんちゃうんか」 「いるいる」 再びデッキブラシでタワシを打った。 「今度は返すなよー」 タワシは順調にボッスンの元へと向かっていった。 「スイッチー」 タワシを受け取ったボッスンはヒメコとは逆側にいるスイッチに声を掛け、タワシを滑らせた。 「なんやタワシ使うんスイッチやったんか」 「スイッチ返してくれー」 「お前遊んどるだけやないか!」 ボッスンの言葉を受けたスイッチはタワシを手で掴み投げた。 「おお!スイッチにしてはまともに飛ばしたな!行くぞヒメコー!」 「お前いい加減掃除せえや」 ヒメコは自分から始めた事だが何度もそれを繰り返すボッスンに掃除をしろと嗾けた。 「何をしているんだ」 プールサイドに現れたのは生徒会室にいるはずの椿と相変わらず一歩後ろに佇む加藤だった。 「あ?何って見て分かるだろ。掃除だよ掃除」 「とても掃除をしているようには見えなかったぞ」 どこから見ていたのかタワシをボール代わりにしていたのを指摘した。 「つか、お前ら何しに来たんだよ」 「中馬先生に人手が足りないからと呼ばれたんだ」 そう言いながら椿は、腕とスラックスの裾を捲り、軽く準備運動をしていた 「会長!オレが全部掃除しますから会長は見てて下さるだけで結構です!」 「いや、そういうわけにはいかないだろう」 椿はともかくなんでもこなす加藤がいればすぐ終わるだろう、と思いながらボッスンは掃除を再開した。 ―――――――― 暫くデッキブラシと共にプールを往復していれば、視界に椿が入った。 「そんなちまちまやってたらいつまで経っても終わらねーよ」 ゴシゴシと細かい汚れをタワシで落とす椿を横目にデッキブラシを構え駆けていく。 「そういうキミは雑過ぎるぞ」 なんだかイラッとしたので足を止め引き返す。 「いやいやいやプール掃除っつったらこれだろ」 「むやみやたらに走り回っていては無駄な体力を消費するだけだ」 確かに椿の言うことは一理ある。 でもやはりプール掃除の醍醐味を否定されるのはどうかと思う。 きっとお堅い椿だから小、中の時のプール掃除も走り回るクラスメイトに嫌悪感を抱きながら端でひたすら壁を擦ってたんだろうけど。 「いやいやいや絶対こっちの方が早いって」 「そんな適当で綺麗になるとは思えないが」 「いいから一回やってみろよ」 持っていたデッキブラシを椿の前に突き出す。 「ふむ…」 てっきり突き返されると思ったが素直に床を擦っていた。 「確かに楽だがちゃんと汚れは落ちているのか?」 「落ちてるだろ。あの忍者見てみろよ」 目線の先にはさっきまで底が見えなかった部分をあっという間に綺麗にしている加藤の姿がある。 「…仕上げはタワシでやるからな」 納得がいったのか、オレが渡したデッキブラシを返し違うデッキブラシを取りに行った。 意外と素直だな、と思いながらその後ろ姿を眺めていたら先程から聞こえていた声の存在があったことに気付く。 「ボッスーン!」 あまりにもしつこく名前を呼ぶから何事かと振り返ろうと思った時には背中に冷たさを感じて、水が当たったことが分かった。 「冷てえ!」 「アホやなお前!退けって言うたやん!」 振り向けばホースを持って笑っているヒメコがいて、むしゃくしゃしてホースをぶんどってホースの口を細めて霧状にした水を掛けてやった。直接掛けなかったのは後が怖いからだ。 「何すんねん!」 咄嗟に躱そうと身を捩ったヒメコの右腕は濡れていた。 「お前だって掛けただろ!」 「アタシのは事故や!アンタわざとやん!」 貸せや、とホースを奪い返され遠慮なく水を掛けられる。 「おまっ…!ちょっとは遠慮とかしろよ!見てみろこれ、泳いだ後みたくなってんじゃねえか!」 「お!虹や!」 ホースの口を細めて宙に向けていたヒメコはオレの言葉に耳を傾けず虹にはしゃいでいた。 一定の角度からしか見えないその虹を見るためにヒメコの目線と同じような位置に移動すれば、薄い虹が見えた。 「お、ホントだ」 近くに来たオレに気付いたヒメコがこっちを見た瞬間、ホースがズレて虹は消えた。 「アンタずぶ濡れやな」 そう笑うヒメコが見えたと思った次には視界はぼやけていて、ああ、また掛けられたかと思った。 プール掃除の定番 プール掃除ネタラスト。 これまた長いうえに強引ですいません |