∵ 寒空のケーキ

「いっぱい並んでんなー」

様々なメディアで取り上げられているその洋菓子店は、既に行列が出来ていた。
「なんか女の人ばっかで緊張すんなー…あれ?」
最後尾についてあたりを見回せば、こちらに歩いてくる見知った顔があった。

「ヒメコー!」
オレの声に気付いたヒメコが少し駆けながらこっちに来た。
「お前めっちゃ寒そうな格好しとんなおい!」
「うん、超寒い」
「真冬やで?アホちゃう?」
「いや、防寒具という防寒具が全部虫のエサになっててよ…」
「今まで気付かんかったん?」
「まあな」

「ていうかボッスンなんでこんなとこおるん?」
「これ」
寒さからポケットに入れていた手を出し予約した際に渡された引換券を見せた。

「なんやパシリかいな」
「ち、ちげーよ!自ら出向いてきたんだよ!」
「うそつけ!」
「そういうお前は何してんだよ」
「アタシもケーキ取りに来てん」
「パシリじゃねーか」
「ちゃうわアホ!アンタと一緒にすな!」

「お前んちどんなの頼んだんだ?」
「普通のホールケーキやねんけどな、食べたいのいっぱいあってオカンに内緒でもう1つ買おう思ってん。小さいやつ!」
「セコいなお前!」
「ええやろ別に!アンタんとこは何にしたん?」
「母ちゃんとルミが決めてきたからよく分かんねーけど美味そうな名前のやつ」
引換券に書かれたカタカナばかりのケーキの名前を見た。
「確かに美味そうやな」


喋っている間に列はどんどん進み、店内まで来ていた。
「はよ食べたいわー!ちょおボッスン順番代われや」
「なんでだよ!一人分くらい我慢しろよ!」
「ほんならはよ金払ってケーキ貰えや」
「なんなのお前」

レジ前に来たオレは、店員に引換券を渡した。
店の奥には予約されたたくさんのケーキが並んでいて、そこから店員が藤崎の貼り紙のついたケーキを探していた。

「ボッスンボッスン!これ!」
後ろに並んでいるヒメコはショーケースに並べられている商品を眺めていた。

「マカロンか」
「最近食べてへんから見てたら食べたくなってん!ちょお奢れや!」
「自分で買えよ!」
「ええやん!アタシのケーキ半分やるから!」
「マジで?まあ、ならいいけどよ」
「やったー!」

「…マカロンってこんな高かったか?」
「安いやん!」
「安いんなら自分で買えよな」
「イヤや!」

藤崎ケーキを見つけた店員が戻ってきたついでにマカロンを2つ注文した。
母ちゃんから貰ったケーキ代と自腹のマカロン代を払いケーキを抱え横にズレた。
「どこで食うんだ?」
「席あるか見てこい」

ヒメコがケーキの受け取りをしている間に店内を歩き回ったが、どうやら席は客で埋め尽くされているらしい。

「どうやった?」
「空いてねーよ」
「そか。ちょお寒いけど公園行こか」
「そうだな」


店の外に出ると、冷たい風が一気に身体を冷やした。
さっきまで並んでいた行列を横目に見て、とりあえず公園を目指す。

「そういやお前ケーキ何買ったんだ?」
「ん?ああ、ホールケーキやない方?」
「そう」
「ブッシュ・ド・ノエルや」
「大統領?」
「そっちのブッシュちゃうわアホ!定番のボケすな!」

「あれだろ?あのーほら、あれ」
「ちょっとも伝わってけえへんで」
出てこない言葉を探そうと辺りを見渡せば、車道と歩道の間に立ち並ぶ木のイルミネーションが目に入った。

「そう、木!切り株!」
「やっとか!せやねん、これあの店だとこの時期しか食べられへんからな!」

「あ、そうだマカロン」
手から提げた袋の中にはケーキの入った大きめの箱とは別に小さめの袋があった。

「歩きながらでもいいよな?」
「人にぶつかって落としても知らんでー」
「…やめとこう」
取り出しかけたマカロンを袋の中に収め、再び歩き出すと、どこからともなく夕飯の匂いがした。

「お前んとこメシ何?」
「普通に考えて肉やろ」
「だよなーあー腹へった」



公園には散歩中の犬や、遊具で遊ぶ子供たちがいた。
目についたベンチに買ってきたケーキを置いた。
「イスつめてえな!オレ立って食うわ」
「公園来た意味無いやん」
「いいんだよ食えれば」
「いややっぱアンタも座れや。なんか見下げられながら食べなアカンとか気分悪いわ」
「じゃあちょっと座布団持ってきてくんね?」
「持ってへんっちゅーねん!」
「じゃあ」
ベンチに向き合って、その場にしゃがんだ。要するにうんこ座りである。
「コンビニにたむろする不良か!」
「これが一番寒くならねーんだよ」
「足痛くなっても知らんでー」

ヒメコはオレをよそにブッシュが入ってるであろう小さい箱を開けていた。

「やっぱ美味そやわぁ!」
「ちゃんと半分に切れよ」
「文句言うならアンタが切れや」
ほれ、とプラスチックの小さいフォークを渡された。
まあ、当たり前と言えば当たり前だが切りにくいと思う。

「このへんか?」
少し跡をつけて位置を図り、フォークを入れた。

「見た目悪ない?」
「しょーがねーだろ」
一先ずフォークをヒメコに返した。

「アンタにあげへんかったら良かったな」
「じゃあマカロンいらねえの?」
「いやいる」

「美味いもんは後から食べるべきだよな?」
「ん?まあアタシは後から派やな」
「ケーキとマカロンどっちが美味いと思う?」
「どっちも美味いと思うわ」
「質問の意味分かってる?」
「一口ずつ食ってみたら分かるやろ、ほれ」
ヒメコは半分にされたオレの分のブッシュに遠慮なくフォークを突き刺してこっちに向けた。
「一口がでけえよ!一口で無くなったら意味ねーだろ!」
「一口かじったらええやん」
「フォークに刺さったままの分はそのまま地面に落下すると思うよ?」
「さっさと食えや!一口も食わずに落ちても知らんで?」
とりあえず両手で受け皿を作り、口を開けた。

「ん、うまっ!あ、…」
予想通りフォークから落ちたケーキを両手で受け止めた。
「ほらみろ落ちた!」

「で、どんな味したん?はい、グルメレポート!」
「ええ!?えーと、甘くて、ほろ苦くて、甘くて…甘い!」
「甘いばっかか!」

「ちょっとマカロン食べさせてくんね?」
「は?」
「両手でケーキ受け止めたからベッタベタでよ」
「し、しゃーないな…ほれ口開けやー」
「一口だかんな!かじるからちゃんと掴んどけよ!」
両手にケーキを乗せたまま、口を開いた。
なんか餌付けされてるみてーだな。

小さいマカロンは一口で半分ほど無くなってしまった。
よく考えると片手で数えられるくらいしか食べたことがない気がするその味は歯に張り付いた。

「やっぱ残りも口に放り込んでくれ!」
「せっかくやからあれやろ!マシュマロキャッチじゃなくてマカロンキャッチ!」
「お前どんだけ地面に落とさせてーんだよ!」
「冗談や、口開けや」
メレンゲのベタベタ感が更に歯についた。

「アタシもマカロンからにしよ」
ヒメコがマカロンを食べてるのをよそにオレは手の上のブッシュにかぶりついた。
「汚なっ!アンタは犬か!」
「だってよーフォーク借りようにもオレが先に使うとフォーク汚しちゃってヒメコが使いづらくなるだろ」
「おお…なんやすまんな」
「さっきみたいにヒメコが食わせてくれれば普通に食えるんだけどなー」
「な…!」
「まあ、もう食べ終わるからいいけど」

両手に乗せていたケーキは片手に収まる一口サイズになっていた。


「どうしたヒメコ?」
「な、なんもない!食わせてやるから口開いとけボケェ!」
「ちょ、おい!そこ口じゃなくて鼻!」
「うっさい!鼻から食え!」
「ええ!?」


…その後暫く甘い匂いが鼻に残ったのだった。



寒空のケーキ

2011.12.24

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