6








06.もしも僕たちが『普通』だったなら





苦しい

辛い


薄れる意識の中、周りで慌ただしく動き回る医者を見た。


助からないって、分かってるくせに。

無駄に苦しませないでよ。

さっさと楽になりたい。

だけど、最期に彼女を見られなかったのは、心残かな。

なんて思っても、口に出しても赦される事じゃないのは分かってるけど。

所詮は導師の地位があってこその『イオン』だから。

こうなった今じゃ、既に権力も何も無いだろう。


ただ――普通に生まれたかったな……


普通の人間として


普通の君と出会って


普通に生きて……


導師と守護役なんて肩書きよりも、普通の人間が良かったよ。

そうすれば、君は泣いてくれるだろう?


『僕』がいなくなる事に。


『イオン様』


君に呼ばれる名前は特別だった。

導師ではなく、僕を呼ぶ声。


ああ、そうだ。

僕は君が好きなんじゃない。

『愛』してたんだ。


今更気付いても、届かない想いだけど。


『イオン様』


最期に思い出すのが、君の声で良かった。


ありがとう


そして、


さようなら――


僕の一番大切な


世界でたった一人、


僕が愛したヒト…


『アリエッタ――…』





━━━━━━━━━━





「…イオン…様……?」


イオン様の声が聞こえた。

でも、周りには誰もいない。

多分、風の音を聞き違えた。

それだけなのに、何故だろう。

涙が溢れて、止まらない。


「…っ…なん…で…っ…」


泣く理由なんてないはずなのに。

無性に悲しくて、寂しくて。

何か大切なものを失くしてしまったように。

心にぽっかりと穴が空いてしまったように。


涙は止まる事なく流れ続ける。


『アリエッタ――…』


「…イオ…ン…さま…?」


『泣かないで――…』


一筋の風が、アリエッタの髪を揺らした。

頬を撫でるような、優しい風が。


「…イオン様…どこ…?」


『…さようなら、アリエッタ…。』


「…っ…やだ…イオン様っ…」


がむしゃらに伸ばした手が何かを捉える事はなく。

一陣の風が過ぎたその場には、アリエッタ一人が佇んでいた。


『僕の一番大切な――…』





06.もしも僕たちが『普通』だったなら-end-





back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -