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―風に癒されて―



あれはまだスタン達と出会う前、雲一つない晴天の日。




窓辺に掛けて、本を読んでいた時だ。



風が吹いて、同時に部屋の扉が開いた。顔を出したのは美しい黒髪の女性、ヒューゴ邸のメイド長を務めるマリアン・フュステル。



「リオン様、お茶をお持ちしました」



手に持っていたのは新しく買ったのであろう紅茶と、マリアン特製のクッキー。



「ありがとう、マリアン。………悪いけど、扉は閉めてくれ」



それを聞いて、マリアンは一度紅茶とクッキーを置くと、すぐに逆戻りし、ぱたんと閉めた。




そして、彼女は“メイド長”から“母親代わり”の表情になる。




「エミリオ、今日は風が気持ちいいわね」



「うん、僕もそう思って開けたんだ」




“リオン”ではなく“エミリオ”と呼ばれれば、彼は素の自分を曝け出した。




かちゃかちゃと食器が音をたて、紅茶の香りで部屋が満たされ、そこにマリアンがいる。



“エミリオ”は、他愛のないこの時間が好きだった。



他の人間には微塵も見せない、素直な自分になることができるからだ。



今、本当の自分を知るのは彼女と部屋を吹き抜ける風だけ。



「今度、また任務があるんでしょう?気を付けてね、エミリオ」



「心配ないよ、マリアン」



…――今日この日を思い出せば、淋しさは紛れる。




何より、今日吹いた優しい風がここより離れた僕を癒してくれるなら、




恐いものは、ない。





風に癒されて

(遠く離れて、

日溜まりが恋しくなったら、

優しい風がふきわたればいい)





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