12 ―風に癒されて― あれはまだスタン達と出会う前、雲一つない晴天の日。 窓辺に掛けて、本を読んでいた時だ。 風が吹いて、同時に部屋の扉が開いた。顔を出したのは美しい黒髪の女性、ヒューゴ邸のメイド長を務めるマリアン・フュステル。 「リオン様、お茶をお持ちしました」 手に持っていたのは新しく買ったのであろう紅茶と、マリアン特製のクッキー。 「ありがとう、マリアン。………悪いけど、扉は閉めてくれ」 それを聞いて、マリアンは一度紅茶とクッキーを置くと、すぐに逆戻りし、ぱたんと閉めた。 そして、彼女は“メイド長”から“母親代わり”の表情になる。 「エミリオ、今日は風が気持ちいいわね」 「うん、僕もそう思って開けたんだ」 “リオン”ではなく“エミリオ”と呼ばれれば、彼は素の自分を曝け出した。 かちゃかちゃと食器が音をたて、紅茶の香りで部屋が満たされ、そこにマリアンがいる。 “エミリオ”は、他愛のないこの時間が好きだった。 他の人間には微塵も見せない、素直な自分になることができるからだ。 今、本当の自分を知るのは彼女と部屋を吹き抜ける風だけ。 「今度、また任務があるんでしょう?気を付けてね、エミリオ」 「心配ないよ、マリアン」 …――今日この日を思い出せば、淋しさは紛れる。 何より、今日吹いた優しい風がここより離れた僕を癒してくれるなら、 恐いものは、ない。 風に癒されて (遠く離れて、 日溜まりが恋しくなったら、 優しい風がふきわたればいい) _ ←→ back |