2 ダアト近くの丘。 ひっそりと並んだ大きな石が三つ。 前に置かれている花から、これが誰かの墓だと言う事が窺える。 しかし、どの石にも名前が彫られていない。 名前を出す事の許されない者たちの墓。 そこに毎日やって来るのは、一人の少女。 毎日毎日、舗装されていない道を歩き、坂を登り、ここへやって来る。 その手には、綺麗な花が握られていて。 少女は少し乱れた息を調えながら、ゆっくりと石の前に膝を付く。 一番端にある石に向かい 「…イオン様……」 と呟いた。 風になびく黒髪を耳に掛けると、少女は花を一本添える。 「これ、イオン様が綺麗だって言ってたお花…」 一人石に向かって話し続ける少女は、悲しみを含んだ笑顔で。 「イオン様…あたし、この場所が大好きだったの。」 冷たいだけの石を、愛おしそうに優しく撫でる。 「人間なんて、ちっぽけだって…思い知らされるから。……でもね、イオン様と出逢ってからは、全然来なくなったの。人間って、凄いって思えるようになったから。」 石はダアトに向いていた。 「…だけどやっぱり、この場所好きかも。人を見渡せる場所、安心出来るから。私は独りなんかじゃないって。みんないるんだって。…イオン様は、どう?」 当然返事は来ない。 だが、それでも少女は言葉を止めない。 「そう言えばね、フローリアン…凄く頭良くなったんだよ。たまに、私も知らないような事知ってて。」 そう言葉を紡いでから、少女の口元がきゅっと強く結ばれた。 「…あはは、イオン様の前でこんな話、失礼…かな。」 座り込んだ少女は、膝を抱えるようにして言葉を止めた。 「イオン様…返事、して欲しいよ……いつもみたいに、笑って……」 震えだした声。 隙間から見える顔は、涙で溢れていた。 _ ←→ back |