空は濁った色をぐるぐる混ぜたような灰色をしていた。どんよりとした雲はたっぷりと雨粒をふらせている。時計を見れば授業はあと10分ほどで終わるだろうと、少しあくびをこぼしてみた。

「随分と余裕じゃない?次、きみ指されるよ」
「えっうそ、ど、どこ」

隣の席でふわりとやわらかい赤い髪を揺らす翼がやれやれと教科書のページ数を指さす。くそう、やっと授業が終わると思ったのに。翼の言うとおり、先生が次に呼んだのはわたしの名前で、彼に指さされた文を読むと先生は満足げに授業を終わらせた。今度はあくびじゃあなくて溜め息が出た。
大きな雨が窓を叩きつける。ぼうっとそれを見ていると、前の席の子からプリントがまわされてきた。藁半紙に、そっけない文章が飾られてる。そのプリントを読むでもなく、ファイルに仕舞うと
隣の翼が「あ、」と何か思い出すように呟いた。
整った綺麗な顔が苦虫を潰したように歪む。

「今日部活できないじゃん」
「へえ、雨だから?よかったね。今日はゆっくり休めるじゃない」
「きみ本当に馬鹿?俺達そろそろ都大会予選始まるんだよ。1日でも無駄にできないって言うのに」

今度は翼が溜め息をする番。はああと吹き出した彼の息はわたしに見えることなく消えていった。
雨はまだ止まない。さっきの授業が最後だったのでみんなホームルームを終えて帰って行く。翼は机にうつ伏せて動かない。そんなにサッカーしたかったのかな。わたしもみんなと同じように家に帰ろうとすると、制服の裾を誰かに掴まれる。わたしは危うく転びそうになって、翼の頭をつかむことでどうにかバランスをとることができた。「なにすんの!」「…どうせ暇なんでしょ。ちょっと俺の暇つぶしにつき合ってよ」飴色の髪の隙間から見えた翼の表情は、まだ歪んでいる。



……☆



「だからってなんでわたしの家に来るのよ!」
「何か問題でもあった?昔なじみなんだしいいじゃないか。ああそういえばおばさん、俺の好物まだ覚えてるかなあ」

真っ赤な傘の下に二つの影。翼が傘なんて持ってきてないなんて言うから、かわいいかわいいわたしの傘はあいつと半分こするはめに。ついでに校舎を出るまでに何人もの女の子の視線を感じた。
さっきよりは落ち着きを取り戻した雨足がわたし達の上を跳ねるようにこぼれ落ちていく。翼が時々「マック寄りたい」と駄々をこねるのを無視しつつ、遂にわたしの家に着いてしまった。

「…本当にあがるの?」
「ここまで来て追い返すの?ドSなのもいい加減にしてくれるかい」

お前だけには言われたくないと、ど突くと翼のスポーツバックで頭をぶたれた。ちょっと、思ったよりすごい痛いんですけど。わたしを置いて勝手に家の扉に手をかけた翼は少し濡れた髪や服を気にすることなくずかずかとわたしの部屋を目指して歩いていった。こら!

「まずお風呂!」
「一緒に入ってくれるの?」
「さっさと!」

ぽいっと翼を洗面所に放り込むと、数分後にはシャワーの音が聞こえてきた。と、とにかくお母さんは留守みたいだ。娘が、昔なじみだとしても年頃の男の子を家に上げたなんて知ったらきっと死ぬまでネタにされるわ。それだけは御免よ。
わたしはそそくさと部屋へ向かい、床に散らばった雑誌や小物を片付けてどうにか翼が座るスペースをつくった。すると誰かが階段を登る音がした(まあこの家には彼とわたししかいないのだけど)。がちゃりと開いた扉の向こうには、女の子のようにかわいらしい翼。

「…相変わらずきったない部屋」
「締め出して欲しいの?」

冗談だよ、とクスクス笑う彼はまだ湿ったままの髪の毛をゆらゆら揺らしてわたしの隣を陣取った。すると、右手に温かいぬくもり。ふわりとかすめた香りは、シャワーの匂い。内心どきまぎしながら、なんでもないふりをする。だけどぎゅうと音をたてて握ってくるもんだから、あわてて翼と視線を交わす。「…なに、?」「…君は昔となんにも変わらないね」彼は握りしめたままのわたしの手を愛おしそうにみつめて、ゆっくりとキスをした。頬は少し紅潮してて、あまりにもめずらしいその状況に、わたしも頬を赤らめずにはいられなかった。そのなんとも言ない優しげな笑みに、ああわたしは、あなたがとても美しく笑うことを知っているのだと思った。

「…少しは甘い雰囲気になったかな?」
「…うるさいわね!」



13月の落とし物
110721

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