暑くて、暑くて、溶けてしまいそうだ。
海の切れ端からはじまる、青い地平線に夕暮れのオレンジが溶け込んで円を描いている。少しずつ強くなってきた風に眼を歪めて足下を見やる。
この前買った白いワンピース。少し濡れてしまったけど、あまり気にならなかった。白いフリルが水分を吸ってもゆるゆるゆれる。
さらさらと足の下を流れる水が気持ちいい。わたしの足をさらっては、寄せる、さらっては、寄せる白い砂に大好きな歌を思い出してなんか歌いたくなった。ちょうどこんな情景の歌詞だったな。こんな南の島じゃないけど。もっと、近く、現実みたいな日常で響く、抉るうた。
赤い空が、涙流し、地を、染め上げてく。
ぼうっと熱くなった頬を触ってすっかり砂に埋まって重くなった足を引き抜くと、その拍子にさっきから押しては引くぬるい波に足を持ってかれそうになって、よろけた。
「あ、」
ちょ、ちょま、これ新しいって、まず、気に入ってるのに!
もうやだ。押す風に体重を預けた、そのときだった。ぐいっ、とまるで少女漫画ですね。手を掴まれてあ、翼だと
「…あほ」
思ったんだ。
「…何かね、」
「そっちこそなに」
そんなふてぶてしい顔でこっち見ないでよ。可愛い顔が台無しだよ。なんか、デジャヴだ。
はあ、とながーくふかーい溜め息で、しかめっ面のお姫さまの不機嫌オーラを押し戻して、逆に翼を引っ張って、ビーチロッキングチェアへと歩く。
後ろからずかずか突き刺さる視線には気にしないふり。うん、気にしない気にしないわよぼけ。
「わたしはなんもないけど?」
「俺も何もないけど?」
「じゃあ何なの?」
「頭悪いの?」
「その、」
自分のことを棚にあげて口を膨らませる。見えてなくてもきっと分かってる翼は笑みを含ませた声で弾み答える。
「顔が、やだ」
「うん、そう?」
「…はあ」
「お前が溜め息つく理由ないだろ」
「あるよ!プリーズスマイル!」
「意味わかんない」
「ふ、」
「ふ?」
「不満を、百文字以内で、どうぞ」
「百文字じゃ足りないんだけど」
「譲歩しろ」
「そりゃ、譲歩したい気持ちもやまやまだけどね、俺に海行きたいとかほざいたと思ったら、うるっさい東京選抜の馬鹿ども引き連れて俺を拉致った挙げ句、その馬鹿たちを俺や渋沢に押し付けて遊んで、仕舞いには勝手に一人でビーチに出てセンチメンタルに浸って足滑らしてお気に入りの服ぐしゃぐしゃにしようとした人には言われたくないなあ」
「今のどこで息したの…」
「頭の回転足りりゃ誰だって出来んだよ。あほはやっぱりあほの子なの?」
いや出来るのはあなたぐらいですよ。ほんと、やなやつ!
握りしめる手の力を緩めて、止まって、振り返る。よく見えるさっきまでとは違う、一刻一刻違う色の夕陽が、翼の顔と、髪の毛の輪郭を染める。逆光で、表情はよく見えないけど、きっと呆れてる。
「大体海に出るなら誰かにひとこと声かけたら?育ち盛りの食うしか脳のない奴ら引き連れてきてんだからあいつらもう腹減ったって言って大変、」
「つばさ、」
いつもより、饒舌。いつもより、歯止めが利かない。そして、いつもより、わたしが、無口。
えーと、普通ってなんだっけ。
「…どうしたの、ばか」
「言わないでよ、知ってるから」
「そうじゃないだろ」
「まずこの旅行は最初からおかしいわよ。わたしがあいつら連れてくって言うの以前に。海に連れてくってスケールがちがうし…」
「いつもお世話になってますから」
「やっぱ?」
「お前のお母さんにはね」
「わ・た・し・は?」
「あほにやる優しさはない」
「ふふふーそんなあほにいっつも優しいのは何処のお姫さまですかねえ」
「うーん喰われたいの?」
「いえいえ滅相もない」
楽しい、楽しい、翼の隣り。いつの間にか離れた手。その代わりに、わたしのすこし日焼けした頬に触れる翼の手のひら。
好きだよ。
「ねえ」
意識して、答えをはぐらかしたままの宙に浮いた会話を、翼が閉じた。
真剣な翼の声が鼓膜に響いて、少しずつきらきらと煌めき始めた空から視線を、蜂蜜色にとろけた翼の瞳をに写して真正面から見つめる。
わたしの頬に触れている反対の手は、わたしの右手と繋がって。
やっぱり、去年とは違うんだね。離れて、繋がるんだ。すこし、前とはちがう形で。考える前に、そのきれいな瞳に吸い込まれて口が動いていた。
「最後、じゃないよね?」
わたし、いま笑えた
?素敵に、笑えた?やばい、喉が震えたかも。ばれ、たかな?わたしと同じように少し、翼の顔も歪んだ。
「何、言ってんの」
「わたしたち、最後じゃないよね?」
「お、こるよ」
「それはやだ」
「お前ねぇ、」
「つばさ、」
「俺は、ずっと」
「だいすき」
きれいに、笑うんだなあって思ってほしい。真剣で切なことばを遮ったこと、ゆるして。
ねえ、笑って。
「…ばか。やっぱ、お前ほんとばか」
「わたしだって、あんま言うと、翼のこと想ってるぶん、怒るよ?」
「やめて、何だかんだ俺、お前には敵わないから」
「…あんたこそ馬鹿じゃないの」
「あほ、」
また、強く、握られた、手。
額と額が、あう。
「俺は、ずっと」
「…うん」
「ずっと、お前のことしか、考えらんない」
「う、ん」
「でもお前を連れていくことは出来ないから。それぞれ、ここで、向こうで、やらなきゃいけないことがある」
「…やりたいこと、だよね?やりたい、叶えたい、もの」
「…うん。…俺も、自分のこと、信じにいくんだ。やってみせる。俺には、仲間がいるし、やってみせるから、だから、」
やれるよ、知ってる。わたしは、知ってる。さらっとかわすように何でもこなすあなたが、「このくらい当たり前だろ?」って顔で、他のひとだったら考えられないような凄い努力をしてること。当たり前じゃないから、今の「何でもできる」、「羽ばたいていく」、あなたがいる。
ねえ、自分で、分かってる?
「…わたしが、泣き言言うのこれで最後だ」
ふふっと、自然な笑みが溢れた。
「…泣いてないだろ、お前は、強い」
「強くなんか、ないよ」
苦しくてじゃなくて、嬉しくて歪むの。わたしの涙が、翼の指に乗る。翼もだよね?嬉しくて、歪んでるんだよね?
「翼が、いたから、強くなれた」
待ってるね。ずっと待ってるね。いや、帰ってこれるの知ってるからね。覚えて、いてね。あなたは、馬鹿なんていいながら、優しく笑う、それくらい、みんなが大好きだよね。
「その強さに、俺は、救われたよ」
文字通り馬鹿みたいに、いつも通りに、笑いだしたわたしの手を、強く握りしめた翼の、首に、抱きついた。
「待たせてください、日本で」
「…待ってて、ください。日本で」
そういって、
あなたがとても美しく微笑むことが出来るのを知っているから。
レジスタ様へ
2011.7.23 く子
thanks 砂時計/DECO27
and,you.