「郭くんー」
「なに」
「あついねー」
「そうだね。だから近寄らないでくれない」
いきなり振り向いて、思いっきり目を細めて、冷たく言い放った郭英士。せっかくわたしたちが歩いている廊下には誰もいないし、背後から話し掛けつつ近付いて抱きついてやろうと思っていたのに、そう言われて思わず伸ばしかけた手を引っ込めた。なんだなんだ。こいつは背中にも目が在るのだろうか?
「なんでわかったの」
「気配」
「ほへー」
わたしは何故だか、郭英士に嫌われているみたいだ。「何故だか」と言う割には、嫌われるようなことばかりしているけれど(しつこく話し掛けたり、抱きついたり)、それでも、クラスメイトなんだから、もう少し仲良くしてくれても良いと思う。
「なんで郭くんはさあ」
わたしが話しているにも関わらず、彼は歩き出す。わたしは彼を追いかけた。
「なんで郭くんは、わたしのことが嫌いなの」
彼は答えない。
「ねえ。うるさいから?しつこいから?」
彼はわたしに構わず歩き続ける。階段を降りて、昇降口の手前まで来て、ようやく口を開いた。
「…別に嫌ってなんかないから」
郭くんは俯きがちに、そう言った。わたしはちゃんと聞こえていたけれど、聞き返した。
「え、」
「嫌ってない」
そして彼はすたすたと自分の靴箱へ歩いていく。上履きを中にしまって、外靴に履き替える。
行ってしまう。
「郭くん!!」
外靴を右足だけ履いた郭くんがわたしのほうをゆっくりと向いた。彼の静かな瞳がわたしの瞳を捉えていた。
「、いっしょに、帰ろう」
きっと、無理だろうって思った。嫌だって、言われるだろうって、思っていた。でも言わずには居られなかった、今日は。
郭くんは、驚いた顔をしていた。彼は教室ではあまり表情を見せないから、それを見たわたしも驚いた。どぎまぎしたのは、彼の返答に期待してしまったからか、彼の珍しい表情を見たからか。
人気のない放課後、下駄箱の前で、郭くんはわたしに
「いいよ」
そう言って笑った。
「っ、かばん、取ってくるから、待ってて。絶対待ってて!」
わたしは教室に向かって、郭くんを背にして走り出す。心臓がうるさい。どくんどくん、って、体中に響いて、わたしはその音から逃げられない。
わたしは。
わたしだけが。
あなたがとても美しく微笑むことが出来るのを知っている。
きっと教室で毎日一緒に過ごしているクラスメイトの中で、知っているのは、見たことがあるのは、きっとわたしだけだ。自惚れなんかじゃない。
だって、いつだって、わたしがいちばん、彼のことを見てる。
誰よりも、わたしがいちばん、郭くんのことを好きだから
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