カチカチとシャープペンシルを押す音が静かな教室に響いた。夏休みに登校してくる生徒は結構多い。成績が残念ながらよろしくなくて、講習を受けなきゃいけない人とか。夏の猛練習のためにこんがり焼ける部活動員とか。あとは家にいても特にすることないからこの教室で夏休みの宿題を終わらせようとする私みたいな生徒とか。


一番窓際の席は、グラウンドがよく見える。今日はサッカー部が活動していた。女子の多くがその姿にキャッキャと声を上げる水野くんの姿が確認できた。目立つよなぁ。目立つ、って大変だよなぁ、きっと。


私は良し悪し含めて特に目立たないほうだから。目立つ人の気持ちってあんまりよくわからないんだけど。でもありもしない噂を耳にしたり、外見やそういう噂の偏見で先入観を持たれやすいっていう意味で大変だろうなぁって思う。


ぼーっと窓の外を見ていると、一人、一番目立つ男がグラウンドを駆けていた。


ポキッ、とシャープペンシルの先が折れる。

「…ずるい」


ずるいくらいに目立つ男。条件反射で跳ねてしまった心臓を押さえ、ぱっとグラウンドから視線を外した。宿題に集中しようとする。数学の問題は、公式が必要なやつだ。その公式ですら、頭の隅にも出てきやしない。


「…うう」


ずるりと机にうな垂れた。暑い。ほっぺたからですら汗をかく。もう一度ちらりとグラウンドを見ようとしたら、ちょうど笛が鳴り響いて全員が校舎の日陰へとはいっていくところだった。休憩にはいるのか。なぜかほっとしたような残念なような気分になり、誰もいないとわかっていながら赤くなった頬を覚まそうと下敷きでパタパタと扇いだ。


目で追ってしまうんだからしょうがない。誰がなんと言おうともうこれはしょうがない。見つけやすいんだ、しょうがない。初めて男の人を綺麗だと思ってしまったんだ、しょうがない。


しょうがない、しょうがない。


「わ!!!!」

「ひゃああ!?」


突然聞こえた大声に自分でもドン引きするくらいひっくり返った声が出た。ガタン!と椅子から落ちた私を見て、盛大に噴出して大笑いする人物───うそ。


「…シゲ、なんで、ここに」

「グラウンドからここに誰かおるん見えたから」


くい、と顎でグラウンドを指す。肩にかけたタオルで汗を拭いながらにっと笑うその姿が、キラキラしてる。金髪なんて、不良なのに。なんでこんな、ときめくのかな。


「なにしてるん?勉強?」

「えらいでしょ」

「ひまじーん」

「なっ…」


ちくしょう、言い返すほどのスケジュールが特にない事実に目を泳がせるしかなかった。ずり落ちてしまったためにもう一度椅子に座りなおす。


「私にだって夏休み後半には旅行という予定が、」

「男と?」

「は!?何言ってんの!?そんなわけないじゃない!ま、まだ中学生なのにっ、家族とだよっ」

「歳関係あるー?まぁなんにせよよかったよかった」


よか、ったの?


首を傾げる私を見て、シゲはただ笑うだけだった。


シゲはいつも笑ってる気がする。みんなを安心させてくれる。シゲが笑ってると、なんとかなる、って思える。泣いたりすること、あるのかな。本気で怒ったところも、見たことない。シゲが感情を極限の振り幅で動かすときって、どんなときなんだろう。


「どしたん?」

「練習、戻らなくていいの?」

「まだもうちょいここに居させてや」

「…別に、いいけど」


私の前の席へ座ったシゲから、ぷい、と顔を逸らした。


「シゲ、ってさ」

「んー?」

「怒ったこと、ある?」

「そらあるやろ」

「泣いたことは?」

「みんな生まれたときはおぎゃーて泣くもんやで」

「…いつも本気で、笑ってる?」

「…どないしたん、急に」


シゲが私の顔を覗きこんでくる。その表情はいつもの、口角がにっと持ち上げられた笑顔。無理してるんじゃないか、って思うときがある。さっきシゲが私を大笑いしてたのは、心からの笑顔。じゃあ、今は?


「私、知ってるよ」


あなたがとても美しく微笑むことが出来るのを知っている。


「シゲが、笑うとね、周りがぱぁって明るくなる。なんか、引力みたいなの、持ってる気がする。引き付けられるんだ、みんな」


ずっと見てたからわかるんだよ。夏の暑い日差しが、体温を上げていく。シゲは何も言わないまま、私をじっと見つめていた。私もちらりとシゲを見ては、ずっと見ていられなくて逸らしたり、して。


「…引き付けられる?」

「え?」

「自分も、引き付けられる?」

「自分、って私の、こと?」

「うん」

「そんな、の…とっくに引き付けられてるよ」


私の言葉にシゲは満足そうに笑った。白い歯を見せて、にかって、眩しいくらいの美しい笑顔で。


「やっぱりええなぁ〜」

「な、なにが?」

「俺のマイブームやねん」

「は?何、突然」

「自分と一緒におるん、俺のマイブーム」


一瞬、思考が止まって。言葉の意味を、図りかねる。


そうしているうちにシゲは立ち上がり、大きく伸びをして。そろそろ行くかな〜、と教室をあとにしようとする。あれ、待って、これって、なんだろうか。マイブーム。マイブームってどういうこと?趣味、みたいな?それってどういうこと?私と一緒にいるのが趣味?マイブーム?なにそれなにそれなにそれ!


「、シゲ!」


思わず呼び止めてしまって。


「んー?」


シゲは何も変わらない態度で振り向いて。


「…夏休み、どっか、行かない?」


精一杯の勇気を振り絞って言ったセリフに、シゲがどんな風に反応するのか。ぎゅう、と目を瞑って俯かせた視線を、勢いよく持ち上げた。




あ、今、




「おう!また連絡するわ!」




自惚れなんかじゃない、ってわかるくらい、



心からの、笑顔だった。



青春少年少女




(夏の太陽にやられてなんかいられない)

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