あのひのことを、ボクは今も鮮やかに思い描くことができる。





演説に行くというゲーチスについて向かったカラクサタウン。花舞う小道から繋がる先にあるその街は、春先のみずみずしいにおいでいっぱいだった。

演説は和やかな広場の空気を一変させるだけの力を持っていた。そう、ことはゲーチスの思惑通りに進んでいた。演説に聞き入るひとたちの表情は、不安や動揺に塗りたくられている。そのざわめきのなかに、キミはいた。

たくさんのひとがいるなかで、まるで吸い寄せられるようにキミに目が行ったのは、そのホルダーにつけられたボールが、ことことと音をたてたからだった。音をたてて揺れるボールに、キミが振り向く。

( ごめんね。いいこだからもうちょっとだけ我慢して )

ちいさく押さえたこえがボクの耳をくすぐった。キミはそのこが、ボールから出してほしくてそうしているのだと思ったみたいだけれど。でも本当はそうではなくて――かれはキミに「スキだよ」、「ずっと一緒にいたいよ」、とそう、言っていた。

ピカピカに光るボールとシューズ。キミが旅に出たばかりであることは明白だった。出会ったばかりのはずのキミに、迷いなく向けられる信頼と、「スキ」という気持ち。ボクには果たさなければならないことがあって、目の前にある道を疑ったことなんてなかったのに。キミが見据える先の方が、ボクのものよりもずっと祝福された、きらきらと輝くものに感じられて。

キミのことをもっと知りたいと思った。思えばあのときから、ボクはずっとずっと、キミに惹かれていたのだと思う。

だから時々。


「N?」
「なんでもないよ」

ことりと首を傾けて、ボクを見つめるいとしいキミ。――キミの隣にいられることが、しあわせすぎておそろしいだなんて思ってしまう。

「どうしたの?」

なんでもないっていう顔じゃないわよ、と言いながら、キミがゆびを伸ばす。ボクに触れたのはゆびさきだけ。それなのに――やさしいキミの体温に、ボクは泣きたくなるくらいに安堵する。

「ホワイト、」

たまらなくなってボクはキミの身体を掻き抱いた。キミがすきなんだ、と言うと、背中に腕がまわされる。


「わたしもよ」


だからそんな不安そうな顔をしないで。それは初めてキミのこえを聞いたあのひのことを思い起こさせるような、やさしくて、そしてひどくあまいこえだった。









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素敵すぎる企画に参加させていただきどうもありがとうございました!

のい


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