Scene. 18 運命はいくつもある





正面から袈裟懸けに与えられる衝撃と痛み。


仲間をくれた主への、少しばかりの感謝の念。


……きっと、約束は果たされないまま終わるのだ。

夜の世界に残してきた、あの風変わりな死神の娘との言葉の足りない約束は。


主が全てを終わらせて虚圏に戻ったとき、もしも本当に あいつが俺を待っていたとしても、“あの男”が あいつを殺させはしないだろう。……信用ならない男だが、それだけは確信がある。

万が一にも、死神側が勝った場合。……もとより、それなら何の心配もいらない。そのうち仲間に発見されて、元いた尸魂界へと連れ戻されるだけの話だ。



そう……思い残すことなど、何もない。


主の下で多くの仲間を与えられた、それは悪くはない日々だった。


最期に、とびきりの笑顔を……それだけを持って逝こう。

そう思って目を閉じるも、瞼の裏に浮かぶのは今にも泣き出しそうな表情だけ。それ以外は、思い出せなくなっていた。



「なんだよ……泣くんじゃねぇよ、馬鹿野郎……」


次いで口にした名前は、空に融けて消えた。


「深雪…………」



   *   *   *   *   



「あー?なんだって?」

「だーかーらー、ウルキオラが現世に出してた偵察隊が、じき帰ってくるんだって。……で、そいつらが撮ってきた映像を十刃の目でチェックするんだってさ。その仕事もらってきてよ、スターク」

「めんどくせぇな……嫌だよ、そんなもん」

「えー、いーじゃんよー。現世の町、見ーたーいー」


…………うるせぇ。

「しょうがねぇな……じゃあ、お前が頼みに行ってこいよ。それでOKが出たら、付き合ってやるよ」

「ホント?男に二言はないんだからねっ」

言うが早いか、リリネットは響転で消えた。

ウルキオラが断ってくれりゃあ有難いが、多分ヤツは大して躊躇もせず、リリネットにデータを渡して寄越すだろう。

どこぞの研究者と違い、重要な発見を握り潰して自分のために利用するほどの覇気が俺にないこともお見通し、という訳だ。そういう意味では、随分 信用されているようだとも言える。
「……それもまた、面倒な話だがな」



リリネットが持ち帰ってきたのは、緑の目玉に羽根をつけた “どこぞの研究者”お手製のカメラだ。ウルキオラの能力を模していて、この目玉を握り潰せば再生スタート、となるらしい。

…………悪趣味なこった。

ぐしゃりと握り潰した目玉に、思ったほどの嫌な感触はなかった。


部屋に溢れ出す映像の多くは、どうってことのない、人間たちが行き交うだけの光景だ。音声はない。

そこに時折、虚と それを斬る死神の姿が映る。

女だった。まだ小娘と言ってもいいような小柄な死神。大人しげな印象だったが、その刀は まるで剣を覚えたばかりの子供のように荒い。

……リリネットと、どっこいだな…………。

ちらりと隣を見遣ると、リリネットも また興味深げに映像の中の死神を見つめていた。それを見て視線を映像の死神へと戻す。

虚を首尾よく切り捨てた死神。その剣の印象から、ガッツポーズでもしてみせるかと思いきや、刀を鞘に納めた途端、何故か唇を噛み締め虚の消えた場所をしばらく見つめていた。

そして、一瞬 画像が途切れる。どうやら、このカメラは死神や虚の姿を感知して撮影しているらしい。

続く映像は、幼い子供の霊に目線を合わせてしゃがみ込む件の死神の姿。夕暮れ時で、家路を急ぐ子供たちが二人を追い越していく。

幼い少女の頭を撫で、安心させるように優しく笑うと、刀の柄底を少女の額にそっと押し当てる。それに伴い、少女の姿は消えた。

「スターク、あれは?」

「魂葬、ってヤツだな。……っつーか、以前、藍染サマに死神の生態について、ひととおり聞かされたじゃねぇかよ。覚えてねぇのか?」

「そんなの、いちいち覚えてないよ」

不貞腐れて唇を尖らせるリリネット。溜め息をついて、また視線を映像へと戻すと場面は次へと移っていた。


何かを見て、はっとしたように目を見開く死神。みるみるうちに、その目に溢れる涙。苦しげに、必死に嗚咽を抑えようとしているが、やがて耐え切れなくなったように両手に顔を埋め、感情に身を任せるかのように泣き出す。……そして、映像は そこでブツリと途切れた。

「どうしたってんだ……」


この虚圏にも女の破面はいて、そいつらが仲間と喧嘩してヒステリックに泣き喚いている場面なんか見慣れている。

けれど……。


普段は、意識もしない胸に空いた空洞。それが、まるで聞こえもしない泣き声と共鳴しているかのようだ。

「なんで泣いてんだ……そして、どうして俺は、こんな、に……」

無意識に胸の穴に伸びる手。

いつのまにか、リリネットが こちらを無表情に覗き込んでいる。かと思えば、不意にニヤリと笑って言った。


「アイツ、連れてこようか?」

「あ?何言ってんだ、お前……」

「今の、ついさっきの映像なの。今なら、まだ そこにいるかもしれないよ」

そう言って、返事も聞かずに部屋を飛び出していく。

「おい!ちょっと待て、リリネット!」

そう叫んだ時には、既に遅く。とっくに虚圏から掻き消えた気配。

「まったく……何考えてやがんだ……」


また溜め息をついて、クッションの山に どさりと横たわる。目を閉じると、そこに鮮明に浮かび上がる泣き顔……。

「どうかしてんな、俺……」


取るに足らない小さな始まり。それが全ての始まりでもあったことは、間違いない。



(2010.08.08. up!)



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