Twinkle Night






重い防音扉を押し開けて、狭い階段を上がって。地上に出ると、雨はすっかり上がっていた。


「あ、止んだねぇ!…でも、ホワイトクリスマスにならなくて残念だね」

「でも日付が変わる頃には、もっと冷え込むだろうから、降るかもよ?」

「そっか……あ、じゃあ気をつけて帰ってね。今日は観に来てくれてありがとう」

「うん!今日、カッコ良かったよ砂南ちゃん」

「うん、ありがとう」


駅へと急ぐ彼女たちを見送りつつ、ジーンズの後ろポケットからケータイを引っ張り出す。

短縮ナンバーは0。今日、何度目かのコールは、またしても空振りだ。

「まだ圏外……何やってるの?真子」



今日は、馴染みのライヴハウス企画のクリスマスライヴパーティだった。企画自体は随分前から決まってて、あたしが出るのも半ば強制だったので開き直って率先して参加することにしたのだ。

……真子には断られてしまったけど。

人間たちの薄っぺらいイベントごとに踊らされてるって軽蔑されるかもしれないけど、でも……。

諦めてケータイを閉じて店内へ戻ろうとすると、両肩に それぞれ一台ずつ巨大なアンプを抱えた茶渡が上がってきたところだった。…………いつものことながらバケモノか、この子は。

「……平子に、まだ連絡つかないのか?」

「うん……」

「気にするな。ケータイのバッテリーでも切れてるんだろう」

……そんなベタな言い訳をされた日にゃ、むしろ却って疑わしい気がするわ。

「一護、くんは、もう帰っちゃったの?」

「ああ。妹たちと約束があるからって、さっき慌てて帰った」

「ふぅん」

……ホントに、いい子なんだなぁ。なんだかんだ言って、真子も ひよ里も一護のことを気に入ってる。だからこそ、あの子の肩に世界を背負わせるような真似、させたくはない。

「茶渡は?もう少し、ゆっくりしていけるんでしょ?」

機材車にアンプを積み込みバンのドアを閉めた茶渡は、振り向いて頷く。

「そうこなくちゃ!行こ行こ!まだ料理も飲み物も残ってるから、ウチらで片付けちゃお!」

茶渡の腕をがしっ、と掴むと引き摺るようにして歩き出す。……繋がらない電話のことは、忘れたような顔をして。



   *   *   *   *   



安い大瓶のワインを手酌で注いで嘗めるように飲みながら、俺は目の前の馬鹿騒ぎをうんざりして眺めていた。

「ほら真子、飲みが足らんで?」

すっかり目の据わったリサが、ワインの大瓶を引ったくり俺のグラスに継ぎ足そうとしながら言う。

「……ええよ、俺はもう。砂南迎えに行かなあかんし」

「で、そのまま砂南独り占めする気やろ?……今日かて、ひとりでカッコつけて誘われたライヴも勝手に断ってしもとるし。あたしらかて、歌っとる砂南見てみたいわ」

「おまけにウチを引き合いに出して断ったとか、どういう了見やねん!砂南の歌聴きに言ったからて、その場で他の人間どもと関わりあう必要もないやんか!」

本格的に俺に絡み出すリサの尻馬に乗るように、会話に割り込んでくる ひよ里。


元々、今日は連絡が来るまで砂南の部屋で待っているつもりだった。が、うっかり口を滑らせてライヴの誘いを断ったことを喋ってしまったため、「自分たちも見たかったのに!」と立腹の女性陣にアジトに拉致られて現在に至っている。


……って、誘われたの俺やん。そりゃ砂南のことやから、俺が断らへんかったら、皆も一緒に…とか言うとったやろけど。


「……って、今何時や?」

「11時過ぎてますネ」

ハッチひとりだけが、俺の科白を耳に留め返事をしてくれる。

「11時?なんや、砂南、10時過ぎには一旦 電話するて言うとったのに……って、あァ!?誰か俺のケータイ知らへんか?」

ポケットに入ってた筈のケータイが見当たらず、慌てて周りを探し回る。と、黙って見慣れたケータイを目の前にかざすリサ。

「これやろ?悪いけど、電源は切らせてもらっとるで」

「はァっ!?一体、どういうつもりや、オマエっ!」


リサから引ったくるようにして取り返したケータイの電源を入れると、一件だけ伝言が入っている。

ざわざわと背後の喧騒に紛れるように、何か言おうとして息を飲む気配。それだけを残して通話は切れていた。

「だああっ!こんなことしとる場合やないわ!」

「あ、真子!イヴで人通りも多いんやから、瞬歩使ったら、あかんよ!砂南のとこまで、自分の足で走っていきや!」

ケータイを掴んだまま立ち上がる俺の背中に投げられたリサの科白。……うちの女どもは、鬼かい。




「ま。自分のために汗だくで真子が走ってくるの見たら、ちょっとは砂南の気も晴れるやろ。……だいたい、うちらの話を真に受けるやなんてのも、真子自身の責任やろ?アイツが ちゃんとしとったら、多少のヨタ話で砂南が不安になることなんかない筈や」

自分のグラスになみなみと注いだワインを腰に手を当て一気に呷るリサ。

「お前ら……」

げんなりとした顔で意見しようとする拳西。その脇腹を肘でつついて制止するローズ。


そんなやりとりも、俺がアジトを飛び出してからのこと。半笑いのローズにそれを聞かされたのも、ずっと後の話だ…………。



   *   *   *   *   



その店に着いたのは、もうすぐ日付が変わろうかという時間。

息を切らして、その店のドアを押し開けた途端、物凄い音量のシャウトになぎ倒されそうになった。


「ム……」

と、ドアの近くで壁にもたれてステージ上を眺めていた茶渡が片手を挙げて合図を寄越す。

「……なんや、アイツ酔っとるんか?」

「ノンアルコールのサングリアしか飲んでない筈なんだが……」

こそこそと茶渡に隠れるようにしてステージ上を指して小声で訊ねた答えが、ソレで。

……酔っ払っとるワケじゃないとしたら、荒れとる原因は間違いなく俺やな。


と、歌が途切れて、次いで演奏も止まる。俺に目を留めた砂南に気付いた連中は、徐に楽器を下ろすとステージを降り、何ごともなかったかのように呑みはじめた。



そのまま砂南と共に、追い立てられるように店から放り出された。

泣くか怒るかするかと思っていた砂南は、先ほど店を出てから、ずっと黙りこくったまま隣を歩いている。


……気まずい…………。

「あ、あのな、砂南……」

「ごめん……」

「へ?」

何故か、先に砂南に謝られてしまい、うろたえる。

「一体、何を……」

「人間のイベントごとに巻き込もうとして。嫌だったんでしょ?」

「あ……いや、それは……」

「でもね」

弁解しようとした俺の科白は、何やら強い調子で遮られて。


「……一緒にいたかったの。人間の普通の恋人同士みたいに、くだらないイベントに踊らされて。……死神も仮面の軍勢だってことも忘れて」

「砂南……」

流石に黙って聞いていられなくなって、腕を掴んで引き寄せると、そのまま抱き締めて。


「違うねん。オマエのバンドのメンバーって、男ばっかやろ?俺じゃない男に囲まれとるとこ見て、いちいち目くじら立てるのカッコ悪いやんか。せやから、そんなんやったら最初っから行かん方がええ思うて」

「真子……」

「あ、でも迎えに来るの遅れたのは悪かった。……すまんかったな、いらん心配させて」

身体を離すと、微かに涙の滲んだ顔を覗き込んで。


と、その瞬間から白いものが ふわふわと舞い始める。

「……ホワイトクリスマスってヤツやな」

その言葉が終わらないうちに背伸びした砂南の唇が頬に触れる。小さく耳元で囁かれた『メリークリスマス』の言葉。


にやける顔を見せまいとするように砂南の目を閉じさせると、返事のかわりに そっと口付けた。



(2009.12.23. up!)



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