何もかもが、遅かった01


※大学生パロ
櫂(→)(←)アイな感じ

∴櫂くんside





「僕、振られちゃったんだ」


泣きそうな顔で独り言のように呟くアイチに俺は何故か黙ることしか出来なかった。
確かに振られてしまった、という奴に掛ける言葉など元々他人と関わらないようにしている俺は知る筈もない。
だがそういう事ではなく、泣きそうなアイチの前で、ただただ俺は言葉を失った。


***


俺とアイチは同じ大学に進学したものの、学科が違う為になかなか会う機会がないのでよく飲みに行く約束をして会っていた。アイチと同じ学科に行った三和も同じようによく一緒に行った。
そんな中、今日も三和が飲もうと話を持ち掛けてきたので了承の返事をしていつもの行き着けの居酒屋へ向かう。家から店はさほど遠くではないので帰りの事を考えて徒歩で行くのがいつもの事だった。
店へ着き、席を尋ねる店員に三和の名前を出すと個室へ案内された。ごゆっくり、と言って戸を閉める店員を横目に部屋の中を見渡す。しかし、そこには俺を見つけるとすぐに目を輝かせて自分の名を呼ぶ後輩の姿はなかった。三和曰わく、彼はいつも一番に来ているそうだ。
そこまで考えて自分が彼の姿がない事に少し、いや、かなりがっかりしている事に気付いた。その事実に驚きつつ、俺は三和からの挨拶をそこそこに返し先程から気になってる事を聞いた。


「今日は三人で飲むんじゃなかったのか?」
「いや、それがさーアイチの奴、急に論文の課題が出ちゃったらしくてさ、来れないとさ」
「…そうか」


曖昧に頷くと時間はあるらしいけどなるべく早く終わらせておきたいんだと、と三和が付け加えた。

せっかく来たのだから、と軽く数品を頼んだ。
来た料理や酒を堪能していると、そうだ、と三和が話し掛けてきた。


「お前に彼女って出来たわけ?」
「…」


それをこのタイミングで聞いてくるなどきっと最初からこの事を聞く為に呼んだのだろう。その証拠に三和の顔はにやにや悪戯な笑みを浮かべ、からかいモードになっていた。

「…お前のとこまでそんなことでいちいち噂が流れているのか」
「まぁ皆暇だし?それにお前のこととなったら女子が黙ってねーよ。ってかその反応じゃ噂はマジって事?」
「まぁ嘘ではない。が、もう別れるつもりだ」
「お前な〜…また違ったわけ?」


違う、そうだ違うのだ。俺のタイプとやらに。
一週間程前に告白された。今年に入り数度目になるそれに多少の面倒臭さを感じつつも彼女を見て、今回はもしかしたら、という予感の元、試しに付き合いだしたら違ったというものじゃなかった。告白のときの初々しさはどこへ行ったのか、彼女はべたべたと引っ付いてきた。その鬱陶しさにうんざりして別れを切り出そうと決心したのが昨日だ。


「やはり彼女などというものは暫くいらん」
「ワー。ゼイタクナネガイデスネー」


乾いた笑いを浮かべながら棒読みで返事する三和にふん、と鼻をならして視線を逸らす。
どうにもそんな気分ではないのだ。
そんな事よりも隣にアイチの姿がないという事に落ち着かない。いつもは隣でにこにこと微笑みながら話し掛けてくれる存在に自分も相当癒されていたのだ。


「…今日は帰る」
「えっ、もう帰んのかよ、付き合い悪いなー」
「うるさい」


軽く三和を睨み付けて席を立つ。
今日は一人で考え事をしたかった。
自分の分の金を置いてさっさと店を出る。外の夜の風は涼しく、少しだけ酔った頭を覚まさせる。

考え事とは、今日店を訪れてから感じる違和感だ。理由は分かっている。アイチだ。しかし何故アイチがいないだけでこんなにも落ち着かないのか。まるで心のどこかに隙間が出来たようだ。このような気持ちは知らない。

―いや、本当は知っている。
昔にもこのような気持ちになった事がある。両親がこの世から突然消えてしまったときだ。別れも何もなく、突然に。

しかしそれがどうしてアイチと関係するのだ。それでは、まるで、俺がアイチを特別な意味で好きみたいではないか。


「…好き…?」


思わず無意識にぽつりと呟いてしまっていた。それ程に俺は動揺していた。
好き?誰が?俺が?誰を?…アイチを?
俺はどうしたんだ。アイチは男だ。確かに世間的には小柄で可愛らしい顔をしている、が。アイチは男だ。
何度も自分に言い聞かせるも、アイチが好きだと納得している自分がいた。
アイチなら傍に居ても鬱陶しくない、寧ろ傍に居てほしいと思う。アイチなら付き合いたいと思う。そういえば、アイチは自分のタイプにぴったり当てはまるではないか。
悶々と、思考に耽っていた。だから、気付かなかった。
前方からアイチが来ていた事に。


「櫂…くん?」


突然耳に届いた、大学生になってもワントーン高いその声に一気に意識を浮上させられた。
ドクン、ドクン、と妙に心臓が高鳴る。意識し始めたらこうも違うのか。
なるべく冷静を装うようにアイチに声を掛ける。


「アイチか」
「うん、櫂くんはもう帰り?今日三和くんに誘われたよね?」
「まぁな。お前は課題をやっていたそうだが?」
「あぁ、やっぱり。ごめんね。課題、うん」


アイチの様子がおかしい気がしてアイチの背に合わせるように屈んで顔を覗き込む。アイチとの身長差は昔と全然変わっていないな、と思った。しかしそれさえも愛おしい。


「大丈夫か?」
「…っ!か、いくん?」


やはり変だと思った。いつもの笑顔ではなく先程から見せているアイチの笑顔は困ったときに誤魔化すようなそれだった。
アイチは元からの性格か昔の経験からか人に心配をかけまいと振る舞う。逆にそれが心配を掛けるとも知らずに。


「課題で疲れたのか」
「う…ん…そうかも…」


アイチはこちらに目を合わせないよう目を伏せた。そのことに胸の奥がもやりとした。目を合わせてほしい。何かあるなら言ってほしい。いつもの笑顔になってほしい。様々な気持ちが身体中を駆け巡る。


「…ねえ、櫂くん。もしも、好きな人に恋人が出来た、って聞いたらどうする?」
「…?」


アイチは唐突にそんなことを聞いてきた。ビー玉のような瞳はゆらゆらと不安で揺れている。今にも零れてしまいそうだった。
しかし俺もそれどころではなかった。アイチの好きな人。今まで聞いたこともなかった。その事実に先程のもやもやが一気にどす黒い感情に覆われた。分かっている。これは嫉妬だ。そのことを相談してもくれなかったことにも、アイチの好きな人とやらにも。


「どうしたんだ、急に」


アイチには悟られないようなるべく冷静を保って尋ねる。


「………そんな話を聞いちゃって…。ほんとは課題って嘘なんだ。さっきまでずっと涙が止まらなかった」


暗闇で気付かなかったがアイチに言われてようやく気付いた。目元が赤い。そういえば声も少し涙ぐんでいた気がする。
アイチは辛そうに一言ひとこと言葉を紡いでいく。ゆらゆら揺れていた瞳からはついにぽろりと涙が溢れた。
俺はここまでさせた相手にひどい憤りを覚えた。


「僕、振られちゃったんだね」


その姿があまりに綺麗だと、儚い存在だと思った。
そして何も出来ない自分はただただ立ち尽くすしかなかった。


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