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  こいのなか


重く気怠い体を引きずり、玄関の戸に休業を報せる看板を立てた。
朦朧とする頭で携帯を開く。
荒い呼吸をし、どこからともなく現れる寒気で身を震わせながら○○は目当ての電話番号を探し通話ボタンを押した。

『もしもし、○○だけど……うん、仕事、頼まれてくれる?』

◇◇◇

布団に潜るといくらか気分は良くなった。
よほど体が悲鳴を上げていたのか、目を閉じるとすぐに意識が飛んだ。
しかし、体は不調や欲求を訴え彼女をその度に起こし、やれ喉の乾きを潤したり、胃の中の物を吐き出したり、と完全に苦しみから解放されることは無かった。

(最悪だ……)

やっと落ち着き暫く安静にしていると、遠くで引き戸が開けられる音がし、うつらうつらとしていた○○を呼び覚ます。

「おーう、調子はどうだー?」

ビニール袋を提げて寝室に入ってきた男は、布団で横になっている○○の隣に腰を下ろした。
男は白髪の頭を掻きながら彼女の顔を覗きこむ。

『もう最悪よ最悪。いやー、独りもんは気楽だけどこういう時はキツイね。……まさかこんなに熱出るとは思わなくてさ……』
「なんだあ? 客に移されたか」
『……あー、昨日のお客さん鼻声だったかも……』

○○は、否、○○の体は数日前から不調を訴えていた。
しかし彼女が騙し騙しその日々を乗り越えていたため、遂にそれも通用しなくなったのである。

銀時は深く溜息を吐き呆れながら、
「病院行ったのか」
と問うと、○○は少し不貞腐れながら行ってないと答えた。

○○は今朝客を見送ってから湯浴みを済ませ眠りについたが、しばらくして悪夢で目を覚ますと朦朧とする意識と重たい体、寒気を感じ、救急箱から体温計を取り出して測ってみたところ高熱を叩き出してしまった上に、こういう時に限って冷蔵庫の中には大したものは入っておらず、仕方なく万事屋である銀時に依頼したのである。

「なんか食った?」
『冷蔵庫ろくなもの入ってなかったから食べてない……』
「はあー、もうわかったわかった。とりあえず病人は黙って寝てろ」

台所勝手に使うからなー、と言い残し銀時は寝室の襖を閉めた。
○○は銀時に言われたとおり目を閉じ、微かに聞こえる調理音に心地よさを感じながら微睡む。
一人の時は不安と絶不調のせいで心細かったが、今は彼女自身驚くほど安心していることに気付いた。安心すると眠気も来る。今度は悪夢に魘されることはないだろうと確信し、ひとときのやすらぎの時間を満喫した。

しばらく意識を飛ばしていると、鍋と小皿・レンゲを持った銀時が敷いてある布団に注意しながらと寝室に戻ってくる。
――かたん。
床に置いた食器が小さく鳴った。
物音で目を覚ました○○は、お盆を抱えた銀時に頬を綻ばせてのそのそと上半身を起こした。

『わー……、ありがとう』
「食わしてやろうか?」
『一人で食べられる』
 
なんだァ可愛くねーな、と悪態をつきながら銀時は小皿によそった粥を○○に渡した。
温かな粥は大雑把な彼の性格と相反して、ほどよい塩加減と味付けに仕上がっており○○は満足気に次から次へと頬張る。

「おうおう、よく食うねえ」
『むかつくけど銀時、料理できるからなあ……』
「そうだぜ? いつでもお婿に行けるようにな」
『ご予定は?』
「……ねーよ! やめろ、虚しくなるから!!」

○○は体調不良であることも忘れ、声を上げて笑っていたが途中から笑い声が咳に打ち消される。
銀時は慌てて○○の背中に手をあて、擦った。

「馬鹿野郎、無茶すんじゃねーよ」
『無茶してないよ!』

咳がおさまった彼女は呼吸を整え、再び粥を口に運ぶ。

「とりあえず風邪薬持ってきてやるから、お前は食える分だけ食っとけ」
『うん。あー……、ねえ待って、銀時』

○○は銀時を呼び止めると続けざまに
『覚えてる内に言っておくけど、今日の依頼料は私の財布の中から適当に持っていっていいから』
と言った。
そして二,三回咳き込む。
しかし銀時は本日三度目の溜息を吐き、「いらねーよ」と再び足を動かす。

『何言ってんの万年金欠のくせに。またとないボーナスだぞ』
「うるせーなあ。いらねーって言ってんだからいらねーんだよ」
『色々買ってきてもらったじゃない。それにアンタ、新八君たちにちゃんと給料払えてるの? お登勢さんからだって聞いてるのよ、家賃払わないって』
「大丈夫だーって、俺昨日パチンコで勝ったから」

ふーん、と鼻を鳴らし半ば閉じた目で銀時を軽く睨むと彼は居心地が悪そうに頭を掻いた。
○○は渋々ながら彼の言葉に甘えることにし、銀時が持ってきた風邪薬を水で飲み下した後、亀のように再び布団に潜った。
枕に頭が置かれると、銀時は持参したビニール袋から冷えピタを取り出し、熱を帯びた○○の額に貼る。

(冷たくて気持ちいい……)

『……ねえ銀時、今度神楽ちゃんと新八君連れてさ、ご飯食べに行こうよ。ね』
「お前奢れよ、うちの神楽はよく食うからな」
『うん、勿論。その、だからさ……』

○○が言い終わる前に銀時は手を伸ばし、○○の目の上にその手を載せ目を閉じさせた。
○○はされるがまま瞼を閉じ、彼の手が離れても開けようとはしなかった。

「とりあえず今は寝とけ。いいな?」
『…………帰るの?』

目を閉じたまま○○は言った。
声音からは心細さと不安が感じ取れ、病魔に侵され弱りきった○○は儚さという色気を纏っており、銀時は胸に迫る思いをしながらもなんとか理性を保っている。

『他の仕事入ってるなら……全然……』

○○の視界に入っていないことをいいことに、銀時はいつもの気怠さを崩さないようにしつつも、しかしながら満更でもないように目元を歪ませた。

「遊女サンの方から延長申し込まれたんじゃ、帰るわけにはいかねーだろ」

銀時は○○の隣に寝転んだ。
布団が敷かれていない畳の上は固かったが、彼は気にしなかった。

「ったくよー、いい年して客なんか取ってるから風邪なんかひくんだろーが」

悪態を吐いたが、それに対する反論は聞こえてこなかった。
その代わり、微かに聞こえてくる規則正しい寝息と上下する掛布団を見て、銀時も目を閉じた。

「金なんざいらねーから普通に呼べっての」

独り言のように呟いた銀時の言葉はすぐさま空気と同化した。
しかしその言葉はしっかり○○の耳に入っており、○○は布団の中で火照る顔を隠してこっそり笑った。

「寝ろって言ってんだろうが」
『バレてた……!』

狸寝入りなんたァ意地の悪い女だぜ、と銀時は吐き捨てるように言った。


 



***
たまには弱々しい夢主さんもいいものですね、銀さん。

2014/04/24

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