小説 | ナノ


  犬と狸


『お久しぶりでございますね、中村様』
「……京次郎って呼んでくれんかのう。何度お前さんの所通っとると思っとるんじゃ。そろそろ名前で呼んでくれてもよかろう?」
『じゃあ、これからは京次郎様と呼ばせて頂いてもよろしいのですか?』
「おう、是非呼んでくれ」

中村京次郎は極道の男だった。
魔死呂威組の若頭だ。

京次郎は進められるまま酒を煽り、萩の肩に腕を回す。
彼が猪口を膳に戻すのを見計らい、萩は京次郎の鍛えられた体に凭れた。
左目の瞼から頬に掛けて残る刀傷に指を這わせると、京次郎は擽ったそうに目を閉じた。

『そういえば知ってます? 京次郎様。殿方は命の危険が迫ると性的魅力が増すんですって』
「なんじゃ、わしに死ねと言っておるのか?」
『違いますよ、もう……これだから極道さんは血の気が多くて困ります。私が言いたいのは……』

しかし京次郎は必死に弁解する萩を抱きしめて、ケラケラと笑った。
冗談じゃ、彼はそう言って腕の中に収まっている萩の額に接吻を落とす。

「そりゃあわしゃ極道じゃけんのう。毎日死と隣り合わせじゃ」
『もう少し格好悪くなられてもよいのですよ、京次郎様』
「何、バカを言ってるんじゃ。本能のままお前さんを抱くわしは格好悪くてしょうがないじゃろ」
『……では本能のまま貴方様を受け入れる私はいかがでありましょう』

萩は職業柄、客を手玉に取る方法や話し方を熟知している。
京次郎は深く刻まれた眉間の皺もそのままに、にんまりと口角を上げ萩の顎を軽く指で持ち上げて顔を近づけると、彼女も受け身を取るとばかりに微かに隙間を開けてこちらへ口を差し出した。
京次郎には、萩のその素振りが、顔が、ひどく愛おしく感じられ、彼女のそれにむしゃぶりつくように吸い付いた。

ゆっくりと萩の体を支えながら床へと倒し、豊満な双丘を着物の上から撫で回した。



雀が鳴いた。
朝日がかいなを伸ばし暗い座敷に薄明かりが灯される。

『憎いですね、もうお別れだなんて……』
「しばらく向こうが忙しくなりそうじゃ。暇ができたら文を送る」

京次郎はマメな男だった。
極道の若頭を務めているためか、次にいつ萩の許へ訪れられるかは約束できないため仕事が一段落した時や暇の時に文を送り、次に会う日を決める。
そして彼は必ず文の最後には血判を押していた。
萩はその文が届き次第返信し、彼女も血判を押す。

『ええ、お待ちしております。他の方に浮気なんてしたら怒りますからね』
「お前さんは他の男に抱かれるっちゅうのにのう……、なんともずるいおなごじゃ」


京次郎は着物に腕を通し帯を締めた。
衣擦れの音が萩に虚しさを増幅させる。引き止める言葉が口から漏れだすのをなんとか抑え、涙をのんで京次郎を玄関まで見送った。

「じゃあの、萩」
『ええ、行ってらっしゃいまし』


それから1週間後。
萩の許に見慣れた顔の男が現れ、黙って彼女に封筒を渡した。

鉄の匂いが未だに残る、赤黒く乾いた血が白い封筒を染めていた。
自然と手紙を広げる手に力が入る。

[近いうちに行く]

なんとかそれだけは読み取れた文は紛れも無く京次郎からのものだった。
押されたであろう血判は、周りの血で見えなくなっていた。

『……京次郎様は、嘘つきね』

赤黒い文に真新しい染みが出来ていった。
双眸から溢れるそれは制御が外れたように流れ続けた。
引き戸の音が鳴る。
銀時は何も言わずに萩の前から姿を消していた。

『本当、おひどいお方……ほんとう、ひどいかた……』

萩は声を上げ、崩れる化粧もそのままに啼泣した。
遺品を強く抱きしめると、血とほんの少しの京次郎の香りがした。



 



***
最後まで死ネタにしようか、ほのぼので終わらそうか迷った。
京次郎さんと夢主が文に押していた血判は、心中立て。
極道も遊女も似ているところがありますね。
でも京次郎は最後の手紙には血判は押していない。会いに行けないことは分かっていたから――。

2014/04/10





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