小説 | ナノ


  はじめて


「一見なんですが、今晩いいですか?」
『ええ、勿論です。どうぞお上がり下さいな』

男は草履を脱ぎ、萩に通されるまま座敷へと向かった。
今お酒お持ちますのでお待ちくださいね、と言い残し萩は座敷を抜け、しばらくして肴と徳利・盃を載せた膳を持って座敷へ戻った。

『お待ちどうさま』

男は正座したままぴくりとも動いていなかった。
緊張で強張らせた顔にぎこちない笑みを浮かべて、女を見やる。

『殿方、お名前をお聞きしても……?』
「や、山崎! 山崎退です!」
『山崎様ですね。私、萩と申します。どうぞ可愛がって下さいまし』

跪き一度深く頭を下げる。
萩は山崎の隣に移動し、彼の盃に酒を注いだ。
山崎は緊張を解すように盃の中の酒を飲み干す。

『山崎様はこういう所、初めてですか?』
「え、ええ……まあ」
『じゃあ、殿方の初めてを私頂けるんですね』

山崎は馴れない艶っぽい会話に頬を染めた。
初々しい彼の反応に加虐心を擽られながら萩は空になった盃に酒を注ぎ足した。
酒が回ってきた山崎は、次々に注がれる酒を喉に流しながら膳に並べられた肴を咀嚼する。
――しかし、彼は仕事熱心な男だった。
いくら酒を飲もうとも、萩と接触した当初の目的を忘れてはいなかった。


“萩という娼婦を偵察しろ”

真選組、副長である土方から彼に下された直々の任務だ。

数日前から萩の居住しているアパートの斜め向かいに部屋を借り、身を隠しながら彼女を監察していた。
しかし仕事柄彼女の様子を伺うことは男女のまぐわいを見ることになるため、いくら監察対象とは言え、あまり良い気はしなかった。
ゆえに今回、客を装い彼女の懐に忍び込んだのである。


「萩さんはこの国をどう思います?」
『あら、国事のお話? 私はあんまりよく分からないわ。ただ……』
「ただ?」

『お侍さんの姿が少なくなったのは悲しいですね』

萩は伏し目がちに言葉を発した。
その目の焦点は合っておらず、ただぼんやりと壁に立て掛けられた三味線を目に映している。

『実はね、小さい頃は私お侍さんになりたかったんですよ』

チャンバラごっことかしてたんです、と言い山崎の手から盃を奪い取り膳の上に載せた。
空いた山崎の手を両手で握り、硬い手のひらを指先で遊ぶ。

『山崎様はお侍さんですか? 逞しくて男らしい手をしていらっしゃいますね』
「そ、そうですか……?」
『でも、私も殿方の夜の刀を振り回してるわけだから、侍って言えば侍ですよね』
「ちょっとおおお! 萩さんやめて!! ナチュラルに下ネタ混ぜないで!!」

山崎が間髪入れずにツッコミを入れると、萩はくすくすと笑った。
楽しそうに笑う彼女に山崎も満足そうに口角を上げる。

『……山崎様は、私がどちら寄りかを知りたいのでございましょう?』

山崎はバレた、と言わんばかりに顔を青くした。
赤らめたり青ざめたり笑ったり面白い人だな、と萩は思った。
よくされる質問なので大丈夫ですよ、と彼女は微笑を浮かべる。

『私は殿方ではありませんから攘夷だとか佐幕だとか、正直どちらでもいいんです。私はそういったギスギスした殿方様がただの男になる場所として存在しているんですもの』
「た、確かに。……じゃあ、もし萩さんが男だったとしたらどっち側ですか?」
『山崎様、無粋ですよ。もー、山崎様もお仕事放って、ただの男に戻られて下さいな。女を前にしてお仕事の話だなんて嫉妬しちゃうわ』

萩は山崎の前に置かれている膳を座敷の端に追いやり、空いたスペースに山崎を押し倒した。
当然の事態に困惑を隠せない彼は、何度も瞬きをし「えっ」「あの、そのっ」と歯切れの悪い言葉を繰り返す。

萩は山崎の首筋に手を滑らせ着物の衿に手を掛けていった。

「あのっ、萩さん……!」
『大丈夫ですよ山崎様。私にお任せ下さい』

山崎は羞恥で顔を赤くしながら自身の体を這う冷たい指先の感覚に酔いしれていた。
気付けば仕事のことなど頭から消えていた。
この状況は、彼女が意図的に話題を変えようとしたとも取れるため、本来ならば仕事に徹し彼女の腹を探らなければならないのだが、彼の男としての本能がそれを許さなかった。

「萩さん……、お綺麗ですね」

月明かりに照らされた艶かしい彼女の表情に目は奪われ、彼の心臓は高鳴る。
紅の引かれた萩の唇は弧を描き、着物からは焚かれた香の心地よい匂いが仄かに漂った。
その香りが鼻腔を擽る度に彼の中に潜む本能を刺激する。

――彼は、監察対象に見惚れていた。


 



***
ザキ相手だと攻めになる夢主。
でも途中でザキも男を見せます。頑張れザキ。

ってか、ザキはたまに惚れてたから「初めて」ではなかった気もするが人間相手だから。ね。

2014/04/04
(日付もちょっと不吉だ、ザキ)
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -