小説 | ナノ


  色染め


今宵は月明かりが眩しい夜だった。

座敷に敷いた布団の上に押し倒された萩は、自分の上に垂れてくる三つ編みにされた朱色の髪を指先でくるくると回した。

『そろそろ殿方のお名前、お聞かせ願えませんか。私、貴方様をどうお呼びしたらいいか分かりません』
「ああそうだったね。……神威、神威だよ。おねーさん」
『おねーさんだなんて……。萩とお呼びください、神威様』

萩ね、と呟いて神威は両手を彼女の襟に掛けた。

「銀のお侍さんは貴女のこと、そんな風に呼んでなかったけど。……たしか、○○って呼んでいたような」
『萩は私の源氏名です。お座敷ではそうお呼びください』

神威は顔を近付け、萩の顔をじっくりと見た後満足そうに目元を歪ませ唇を重ねた。

『ん……』

しばらく続く接吻の間、萩は酸素の巡りが悪くなった脳でぼんやりと彼と地球人の客との差を感じていた。
戦闘一族である夜兎の肺活量はやはり、地球人のそれとは比べ物にならない。
やっと唇が離された後、萩は艶かしく肩で息をした。

「ごめんね、地球の女を相手にするのはまだ馴れてなくて。加減が分からないんだ」

苦しかった? と首を傾げる神威はまるで子どものように純粋な表情をしており、とても先ほどまでの激しい接吻をした人物だとは思えないほどだった。

『天人さんでも姿形はあんまり地球の人間と変わらないんですね』
「俺の種族はね。でも人間なんて簡単に殺せるくらい強いんだよ?」

いきなり物騒なことを言い出した神威に萩は少し顔を引き攣らせる。

「この髪もね、いっぱい血を浴び過ぎちゃってこんな色になったんだ」

萩は神威の髪を撫でていた手を一瞬ぴたりと止めた。
冗談だよ、と彼は笑ったがそこはかとなく彼からは鉄の臭いがこびりついているような印象を受けていたため、あながち嘘ではないのではないだろうかと、萩は神威にバレないように肝を冷やす。

神威は自身の髪を撫でている萩の手を取り、手首を強く握り床に押さえつけた。

「人間はどうしてこうも脆いんだろうね」

圧迫された彼女の手は白く、冷たくなっていく。
萩は徐々に感覚がなくなっていく右手を一瞥し、再び神威の顔を下から覗く。
獲物を狩る獣のような目をしている彼に彼女はどうしてか恐怖を抱くことはなかった。

彼女の脳裏に捻くれた昔馴染みの顔がちらついた。
狂気を孕んだその目には見覚えがあった。
ゆえに恐怖心を抱くことなく、落ち着きを取り戻し平常心でいることができたのである。

『……神威様、痛いです』
「ああ、ごめんね」

強く握られた手首には彼の手形が色濃く残っており、痛々しい紫のそこを神威は労るように優しく撫でた。

「手首折れてないよね? 俺、貴女の手好きだから壊したくないんだけどちょっと貴女の反応が見たくて……」

『お茶目さんですね、大丈夫ですよ』

ほらこの通り、と床に押し付けられた腕を持ち上げて紫の手形が残る手を神威の白い頬に添えた。

「へー、意外だ。怖がって泣いちゃうかと思った」
『私がそんなに脆く見えました?』

両腕を神威の首の後ろで組むと、神威は彼女の襟を広げ首元に顔を埋めた。

『んっ』

神威は萩の首に吸い付き、赤い花を咲かせた。
月夜に照らされる萩の白い肌に、赤がとても映えた。

「次は赤だ。さっきは紫だったね」

するり、と乱された襟の隙間から手を滑り込ませ双丘の感触を楽しみながら、神威は首筋にいくつもの花を咲かせた。

「もしね、さっき泣いていたら殺そうと思ったんだ。でも泣かなかったね、強い女を殺す趣味は無いから殺さないよ。よかったね」
『遊女や娼婦は心中でしか死にません。……もし私を殺すのならば、貴方様もご一緒に』
「やっぱり貴女、変わってるね。好きだよ、そういうの」

神威はにっこりと破顔した。
そして双丘を撫でていた手を腹部に移動させ優しく撫でる。

「……ねえ、俺の子を産んでよ」
『それはできません。私は娼婦ですので』

貪るような接吻を繰り返し、銀の糸が二人を繋ぐ。
ぷつりと切れると再び口付ける。それの繰り返し。

「えー。折角強い女との子、できると思ったのになー」
『私は強くなどないですよ。吉原の遊女さんたちみたいに可憐でもないし、表で働く女性たちみたく光っているわけでもありません。見当違いですよ、神威様』
「いいや、俺には貴女が誰よりも強く誇らしく咲いているように見えるよ。吉原の女たちには一度逢ってるんだけどさ、どいつも強くなんかなくてね、がっかりしちゃった。すぐに泣いて叫んで煩いから……殺しちゃった」

あんまり女を苛めてはいけませんよ、と咎めるように彼女が言えば煩いとでも言うように神威は彼女の口を塞いだ。
漏れる息が熱く、神威の手が動く度に体をくねらせて声を上げる。
頬が紅潮し目を固く瞑ってると、「目開けてよ」と神威が声をかける。
彼女がゆっくりと目を開くと、すぐ目の前に神威の瑠璃紺の目があった。

「本当に俺の子産んでくれないの? 俺の子、産んでよ。孕んでよ」
『萩は孕みません。……どうしてもというなら、落としてみせて、萩じゃなく私を』
「そうこなくっちゃね」
『私は手強いですよ、落とすのは』

神威の手が下へ下へと移動すると、萩は一層高い声を上げ神威にしがみついた。

「おや、今度は紅梅だ。面白いね貴女の体。色んな色になる」

神威は身体を反らせ迫り来る波に耐えている彼女の鎖骨にもう一つ赤い花を咲かせ、満足気な笑みを浮かべる。

「残念だけど今日は貴女の色を見るだけで我慢するよ。――ねえ、もっと激しくしたらどんな色になるの?」
『……知りたい?』

「教えて? ○○サン」

 


***
裏が書きたかったわけじゃなかった。
そもそも裏が書きたくて娼婦ヒロインにしたつもりじゃないのに、どうしてこうなった。
あと、手首脱臼手前までやられた人を「お茶目」なんて言わない。



2014/03/14


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