小説 | ナノ


  再会の匂い


『じゃあ、いつも通り配達お願いしますね』

座敷に出す酒を注文し、薄い蜜柑色の小袖を着た○○は店の女将と配達の青年に頭を下げ、酒屋を後にした。

――そろそろ秋になる。
夏の焼けるような暑さとは一変し、日が傾くと肌寒さを感じるようになった今日この頃、○○は腕を擦りながら商店街を歩いた。

『(簪、セールしてる!)』

簪屋の前には目を引く可愛らしい簪が並べられていた。
高価なべっ甲のものや、芸姑風のもの、蜻蛉玉がついたものなどを数人の寺子屋帰りの娘たちが吟味している。
○○もそっと覗こうとしたが、この間客から贈られたものがあることを思い出し、泣く泣く簪屋の前を通り過ぎた。

夕暮れ時とあってか商店街は主婦で混み合っており、人の群れの間を縫いながら道を進んでいく。
すると前方から編み笠を目深に被り、長物を腰に下げた浪人風情の男が歩いてくるのが見えた。
ぶつからないようにと左に避けるも、向かいの相手は右に避けたようで、かつんと肩がぶつかる。

『あら、ごめんなさい』
「……すまねえな、お嬢さんよ」

○○はどこかで聞いたことがある男の声に動きが止まった。
その男は○○に見せつけるように編み笠を指で上げ、その隻眼に彼女を映す。
○○はその男の目を見た途端、顔の色を変え目を潤ませた。

『た、高杉……!!』
「ここでは久しい顔をよく見るな。……なあ、○○」

葡萄色の女性物の和服を着た高杉と呼ばれた青年は、口元を歪めながら○○の顎へ手を伸ばし、持ち上げた。
反射的に目を瞑った拍子に○○の目から一筋の涙が流れる。
――○○は、彼は死んだものと思っていたのだ。

「おいおい、どうした。泣くほど俺に会えて嬉しかったのか?」

彼は喉の奥を鳴らし笑った。

『銀時やヅラにアンタのこと聞いても、あいつのことは忘れろって言うから……てっきり私の知らないところで高杉は……』
「勝手に殺してんじゃねえよ。……まあ、俺を気にかけるなんたあお前くらいしかいねーからな、有り難い涙として受け取っておくぜ」

喉を持ち上げていた手を離し、そのまま頬を伝って○○の目元へと移動させる。
親指の腹で目尻を拭い、それを舌で舐め取った。

一連の動作に顔から火が出るほど羞恥心を感じた○○は、違う意味で目を潤ませ、高杉に殴りかかろうと右手を振り上げる。

『なっ……この、高杉の馬鹿!』

その振り上げられた腕はいとも容易く彼に掴まれる。
高杉は自分の方へとその腕を引き寄せ、左手を○○の後頭部に添え抱え込むように自分の胸に押し付けた。

「またな」

そう低い声で耳元に囁き、彼女の束縛を解いた。
赤面し呆然としている○○に満足したのか再び喉の奥で笑い、彼は上げていた口角を何事もなかったかのように元に戻して、溶けるように雑踏の中へ消えていった。

『あーもう、バカバカバカ』

○○は高杉の姿が見えなくなった頃、昔馴染みだけが口にできるであろう罵倒の言葉を何度も口にしながら足早にその場を後にした。
――鼻腔に微かに残る彼の匂いを名残惜しく感じながら。


 


2014/02/24
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