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  失敗ケーキの味は


イタチは「じゃあ行ってくるよ」と言って引き戸を開けた。
姉の○○は玄関まで見送ってその戸が閉められたことを確認した後、急いで台所に走る。

――彼女には時間がないのだ。

『薄力粉、薄力粉っと……』

○○はこの日、昼の病院勤務は非番だったが夕食を食べたら暗部の任務に出て行かなければならなかった。
それゆえに急ぐ必要があったのだ。

『卵はえーっと、3個でいいのかな』

ふんふん、とレシピを見ながら慣れない手つきで材料を次々とボウルに入れる。
病院では高度な医療技術が求められ、それを悉く応えてきた○○だったが料理や菓子作りはどうやらそこまで得意ではないようだ。

○○が苦手な菓子作りをしているのには勿論理由があった。
それは、明日6月9日は弟イタチの22回目の誕生日だからだった。
しかしながら明日は病院勤務が夕方まであり、夕食を豪華にしようとしても夕食を作る時間には間に合わない上に、夕食はイタチ自身が作る。
それならば、とそれとなく欲しいものなどを聞いてみたが、彼は「今がとても幸せだから何もいらない」との一点張りで○○の頭を悩ませた。
だからといって何も用意しないのは悪いと思い、ケーキ作りを決行したのである。


(あれ、あれっ……)

刻々と暗部の任務への時間が迫る中、オーブンから取り出したケーキの土台であるスポンジは思うように膨らんでいなかった。
レシピに載っている写真とは似ても似つかない不格好のそれは○○を落胆させた。

(少し焦げたとかならなんとかなったけど……これはなあ……)

最早「膨らんでいる」とも言い難いそれをどうするかと頭を悩ませている時間はもう無い。
スポンジを焼いている間に作ったクリームもボウルに入れたままラップを掛け、冷蔵庫の奥の方へ仕舞い、調理器具を片づけた。

『あーもう、どうしよう……!!』

意味もなく家の中を歩き回り、打開策を練る。
粗熱を取り、どうしようもなくなったスポンジもどきの物にも蓋をかぶせ、「毒物! 食すべからず」と書いた紙を貼り、冷蔵庫の中のクリームが入ったボウルのもっと奥へ隠すように入れ込んだ。


しばらくして買い物袋を手に持ったイタチが帰宅する。
何食わぬ顔で出迎えた○○に「今日はオムライスとサラダにしようと思うんだ」と言ってイタチはサンダルを脱いだ。


◇◇◇


暗部の任務から帰ってきた○○は静かにシャワーを浴び、寝支度を整えた。

(大丈夫、夕飯の冷蔵庫の開け閉めは全部私がやったし、バレてないはず……!!)

あまり心配しすぎるとただでさえ短い睡眠時間がもっと短くなるので、半ば諦めた気持ちで○○は眠りに就き、明日に備えた。

○○は朝病院に向かう前に、まだ開店前のケーキ屋を訪れ予約を入れた。
その店を営む老夫婦は以前、夫の方が倒れた際に○○が担当したこともありその誼で急な予約も快く引き受けてくれた。
ここへは病院勤務が終わった後、帰りに寄ることになった。


「それにしても○○さんがケーキをねえ……」
『全然スポンジが膨らまなくって、やっぱり私向いてないのかなあ』
「ここ(病院)勤めてたらなかなか料理もお菓子作りもしなくなるもんね」
『とりあえず、材料たちには申し訳ないと思ってる……』

仲の良い看護師と話しながら○○は勤務時間を終えた。
日が延びたとは言え、すでに太陽は沈みかけており足早に今朝予約したケーキ屋へと向かった。
申し分無いほどの出来のケーキを受け取り、○○は代金と少しの心付けを店主へ渡す。
老夫婦に礼を行って、ケーキが崩れないように細心の注意を払いつつ帰路へ就いた。


ガラガラと引き戸を開けると、その音を聞いたイタチの「おかえり」という声のみが○○を出迎えた。
夕食の準備の際は忙しいらしく、出迎えが無いのはいつものことだ。

ケーキを持ったまま居間に向かうと、イタチがせっせと鍋をかき回しながら様子を見て包丁を握り野菜を切っている。

『ただいま』
「おかえり、姉さん。今晩はカレーだ」

するとイタチは○○の手に持っている四角く白い箱が目に入ったようで、凝視した。

『誕生日おめでとう、イタチ!』

「ケーキ買ってきたから夕飯の後食べよう」と○○が言うとやっとイタチは一瞬ぽかんとした後に納得したように朗らかな笑みを浮かべた。

「ありがとう。そうか、今日だったか……すっかり忘れていたよ」

自嘲気味に笑った彼は、何年も里を抜け、暁として任務を行ってきたため自身の誕生日などにかまけている暇などなく、また気に留めることでもなかったのである。

「そういえば冷蔵庫の中に何か入っていたが……」
『あ、あれは違うの! あれは毒だから食べたら死ぬよ!』

あまりに○○の必死な様子に、なんとなく事を把握した弟は

「……姉さん」

諭すように姉を呼んだ。
○○はイタチのこういた声音に弱かった。
○○は観念したようにがくっと肩を落とし、その物体の正体とその経緯を話した。

『失敗作でとても食べられるようなものじゃないから、あとで曽良丸にあげようかと思ってて……』

曽良丸とは○○とイタチが使役する口寄せ動物の鴉の名前である。

「それでケーキ、買ってきてくれたのか」
『うん、だからね、ご飯のあと食べよう?』

○○は買ってきたケーキを冷蔵庫に仕舞うと同時にイタチはコンロを止め、皿に白米をよそった。
炊飯器からはほかほかと白い湯気が立ち込め、水分を多く含んだ白米が艶やかに光っている。

「そういえば姉さん、この間俺の欲しいもの聞いたよな」
『うん』
「なら、姉さんの作ったケーキが欲しいな」

したり顔をしたイタチが振り向きざまに言った。
「いいだろう?」と問う彼に口を噤んだ○○はため息を一つ吐いて

『お腹壊しても知らないから!』

と言い捨てた。
しかし言葉とは裏腹に○○の顔は穏やさを浮かべており、後ろを向いてカレーを掬っているイタチの背中に頬を綻ばせた。

『イタチ! イタチ!』
「……ん?」
『誕生日おめでとう!』





***

しばらく書いてないとイタチのキャラ崩壊具合がやばい。
きっとうちのイタチなら姉さんの作ったものなら何でも食べそうな気がして。

イタチ、誕生日おめでとう。

2014/06/09

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