小説 | ナノ


  04:戦争


 岩隠れが木ノ葉への侵攻に向けて、ついに草隠れにまで侵攻した――。
 命からがら帰還した負傷忍たちによってもたらされた戦況を、私は担任の先生から聞いた。私たちの国と戦争をしている土の国は、両国の間にある陸続きの草隠れの里に千人近い忍軍で進撃し、木ノ葉に向かっているのだという。

「今日、ねぇさん学校ないの?」
『うん、木ノ葉の近くに敵の忍がいて危ないからって……しばらくお休み』
「じゃあ、今日もいっぱいあそべるね」
『外に出るのは危ないからお家の中でかくれんぼしよう!』

 まずはイタチが鬼。イタチが数を数えている間に私は和室に走り、印を結んで分身の術を発動させた。分身を押入れの上段に隠れさせ、本体である私はそれの斜め向かいにある床の間で花瓶に変化し、息を殺す。
 しばらくするとイタチが縁側から和室にやって来て、箪笥の中、箪笥の上、押入れの下の段、廊下に出る襖の裏など見て回る。
 気付く気配が無いので少しだけ音を出してヒントをあげることにした。押入れに隠れている分身に体勢を変えさせ、衣擦れの音を出させる。

「あ! ねぇさん、みーっけ!」

 その音を聞き逃さなかったらしいイタチは押入れを勢いよく開けて、畳んだ布団の影に隠れていた私の分身を指した。

『あらら、見つかっちゃった……でも、これは分身です!』

 私は分身の術を解く。それを見ていたイタチは肩を落とし、見て分かるほどにがっかりしていた。そのまま違う部屋を探しに行ったイタチに私は最後まで見つかることなく、お母さんに呼ばれるまで床の間の花瓶でいた。

「かびんに化けるなんてずるいよ」
『ずるいって言ったって……イタチ、もっと観察力をつけなきゃダメだよ。和室に花瓶なんて無かったでしょ?』

 そうだけど……と、悔しそうにむくれるイタチの後ろから引き摺るような足音が聞こえてきた。
 よろよろと近づいてくる足音に私はお母さんに呼ばれていることを思い出した。お母さんは今、妊娠三ヶ月というものらしく体調が悪い。どうもそれは〈つわり〉というお腹の中で赤ちゃんが成長している証らしいが、トイレで吐く姿はとても辛そうでお母さんが死んでしまうのではないかと思えるほどだった。

「○○、悪いんだけどおばあちゃんのところに行って来てもらえるかしら」
『おばあちゃんの家?』
「そう。さっき非戦闘員の避難警報が出されたのだけど、おばあちゃん、足が悪いじゃない? 一族の者に避難所への付き添いを頼んではいるんだけど、おばあちゃん家にはまだ到着していないみたいなのよ。だから、おばあちゃんがすぐに避難できるように付き添いの人が来るまで荷物の準備とかお手伝いしてあげてちょうだい」

 本当は母さんが行ければ良いんだけど……、と言うお母さんが私を頼りにしてくれていることになんだか嬉しくて喜んで返事をした。
 サンダルを履くと、「オレも行く」とイタチがついて来ようとしたので「すぐに帰ってくるからイタチは待ってて」と言って外に出た。

 大通りに出ると、高齢者から順番に避難するためか若い人たちに連れられて避難所に急ぐおじいさんやおばあさんがたくさんいた。ここ数日アカデミーが休みだったので久々に家の外に出たが、避難指示の警報が出されたこともあって感じたことがない緊張感が里を覆っていた。

 中心街から少し外れたところにあるおばあちゃんの家に着くと、お母さんから預かってきた合鍵で戸を開ける。おばあちゃんは奥座敷に座布団を数枚敷き並べた上で足をさすっていた。

「あら、○○ちゃん」

 おばあちゃんは「いらっしゃい、寒いのにありがとうね」と微笑えむとすぐに
「薄情よね、おじいさんったら足の悪いおばあさんを置いて行ってしまうのよ」
と、悲しげに言った。
 そういえば広い家の中にはおばあちゃんしか居ないような気がして、一緒に暮らしているはずのおじいちゃんの姿が見えなかった。

『どこに行っちゃったの?』
「戦場よ。居ても立ってもいられなかったんでしょうね、困ったものだわ」

 もういい歳なんだからよせばいいのに、とおばあちゃんは窓の外を見ながら呟いた。おじいちゃんは数年前に警務部隊を引退しているが、黙って避難所に避難するということができなかったのだろう。正義感が強くて頑固な人だ。

「○○ちゃん、悪いんだけどあの人の分の着替えも詰めてもらえるかしら。適当にそこの箪笥から入れてくれればいいからね」
『うん、わかった』
「引退した人が現役に敵うわけないんだから……」などと小言を言いながらもおばあちゃんはおじいちゃんのことを心配しているのが、なんだか微笑ましくて、私は早くおじいちゃんが戻ってくればいいのにと思った。

 着替え用の服やお財布、身分証、写真を避難袋に詰め、家中の窓の雨戸を閉めて鍵を掛けていると、誰かが玄関をノックした。

「お待たせしました、避難補助に参りました」

 奥座敷にいるおばあちゃんの代わりに玄関の引き戸を開けると、見覚えのある男の人がいた。ヤクミ兄さんだ。新年の挨拶のときにしか会わないが、お父さんの部下で若きエースだと言っていたのを覚えている。

「○○久しぶりだな。おばあさまは中にいるか?」

 うんいるよ、とヤクミ兄さんを奥座敷まで案内すると兄さんは素早くおばあちゃんを背負い上げる。おばあちゃんは私に言っていたようなおじいちゃんへの小言をヤクミ兄さんの背中でこぼしていた。

『戦況、とか、分かる? ヤクミ兄さん……』
「戦況? そうだなぁ、最近オレは里の警備に当たっているから詳しいことは分からないな。今も避難補助に駆り出されているし。……ああ、そうだ。隊長が本日里に戻ってこられるからその時に聞いてみると良い。オレたち里内組もきっと同じ報告を受けるから」
『わかった。あ、これ、避難袋』

 一緒に玄関まで行って、ヤクミ兄さんに準備した避難袋を渡すと「おばあさまを送り届けたらここへ戻るから、そうしたら家まで送る」と言ってくれたが、大丈夫だと言って断った。
 避難警報と言っても対象は非戦闘員なので、火影様が万全を期して発令したものだと思ったからだ。
 避難所に向かう二人を見送って私は玄関の鍵を掛けた。さて、家に帰らなければ。


 大通りの道は避難する人々で溢れていて、往きよりも混雑している。帰宅する私は流れに逆らって進むことになるので迂回路を行くことにした。いつもは暗くて狭い路地だから通ってはいけないとお母さんに言われているが、今日は見逃してもらおう。
 密集する家々の屋根が作る影で日光は遮られ、人一人がやっと通れるような壁や塀に圧迫される息苦しい路地道を抜け、少し開けた道に出る――とは言っても、大通りとは言い難い、路地よりは道として機能しているぐらいの差でしかないが。
 そんな小道に人影が三つ見えた。大きいのが二つと小さいのが一つ。
 非戦闘員の家族が避難所に向かっているのだと最初は思ったが、近付くにつれて何となく違和感が生じ始める。
 大きい影はおそらく両方男性で不思議な服を着ているようだ。片腕……それも右側だけ袖がない衣服。胴体には茶色のベスト、そして右足太腿に手裏剣ホルスター。
 忍だ。それも……木ノ葉ではない忍!

「この家紋、どこかで見たような……あ! うちは一族の家紋じゃねぇか!!」
「なに!? うちはだと!! あーあ、可哀想になぁ坊っちゃん。悪く思わないでくれよ、うちは一族は早いうちから芽を摘んどかねーと痛い目見るのはこっちだからよ」

 影が言う、低い声だった。
 今、「うちは」と確かに聞こえた。
 目を凝らして見てみると、小さな人影の正体はイタチで、二人の忍の額当てに彫られた所属里のマークは――岩隠れのものだった。
 どうしてイタチがここにいるのか、どうして岩隠れの忍がここにいるのか、分からなかったが、とても嫌な予感がした。全身がぞわぞわと粟立つ。
 今、木ノ葉は岩隠れと戦争をしており、その岩忍がどういうわけかここにいて、イタチを見ながら忍刀の柄に手を掛けている……と、いうことは!

――このままではイタチが殺されてしまう!

 悪い予感、本能が告げる。あの二人は敵だ!
 私は足のホルスターから手裏剣を取り出し、抜刀しようとしている岩忍に狙いを定めた。
 本当にこんなことをして大丈夫だろうか? あの二人は木ノ葉に侵入するために送り込まれてきた斥候か、もしくは草隠れでの均衡が破られて突破してきた岩忍か――、どちらにせよ実力者であることは違いない。そんな忍相手にアカデミー生の私が敵うのか。
 アカデミーでは「敵忍と遭遇したらまずは逃げろ」と教わった。しかし、ここで私が逃げたら間違いなくイタチは殺される。近くの大人を呼びに行ったところでその間にイタチは殺されてしまう。あいつらは絶対イタチを殺す。
 イタチが死んでしまう!
 死ぬとは一体なんだ、ぼんやりとした認識でしかないが今はそれが只々怖い。とても怖い。イタチが死んでしまうということが、怖くて嫌で辛くてたまらない。耐えられない。
 絶対に避けなければならない――。イタチを見捨てることなんてできない。

 抜刀された刹那、私は手裏剣を打っていた。手が勝手に動いたのか、自分の意思で動かしたのかは覚えていない。
 風を切り裂きながら飛んでいく手裏剣に一気に鼓動が速まる。緊張でピリピリと電流が全身を駆け巡った。足が震える。私の判断は正しかったのか分からない。しかし、もう後ろには退けない。

 私はイタチを守らなければならない――。

 その一心だった。
 忍刀はイタチではなく手裏剣を打ち落とした。その瞬間、岩忍が私を視認する。
 走りながらクナイを取り出し握りしめた。今まで感じたことがない熱いチャクラが首の裏を通り脳を巡り眼の奥に集中していくのを感じる。一気に視界が紅に染まる。標的の体を纏うチャクラが焔のように視える。目を凝らせば体内を巡るチャクラの流れも視えた。そのおかげで次の動きに見当がつく。
 標的は左手に持ち替えた刀で左袈裟にイタチを斬ろうとしている。

『下がってイタチ!!』

 私は無我夢中で叫んだ。
 低い姿勢で走りながら忍刀を握っている左腕に狙いを定め、クナイで下から斬り上げる。そしてそのまま肉薄し、今度は首を一気に横に薙ぐ。力のままクナイを押し込むと、やがてクナイにかかる力が軽くなり、空を切った。視界の端で斬り落とした腕が宙を舞っている。
 勢いを殺さないように片足を軸に遠心力で体の向きを変え、もう一人の岩忍の懐に潜り込んでクナイを突き差した。男は「うぐっ」と呻いて間もなく膝から崩れ地面に倒れた。

『(火遁豪火球の術!)』

 反撃されるといけないので空いた両手で印を結び、この間お父さんに教えてもらったばかりの火遁の術を発動させた。息を大きく吸い込んで体内のチャクラを炎に変えた火球を吹き出すと、今仕留めた男がうるさく叫びながらもがいて、火達磨になった。
 人の肉が焼ける嫌な匂いと強烈な鉄の匂いがした。
 やがて男の動く気配はなくなり、炎も消えた。

 イタチは無事だろうか、それだけが気がかりだった。

 辺りに敵の気配が無くなると、目の奥にあった熱いチャクラは急速に温度を下げながらすっと引いていった。一度瞬きをすると紅色ではない見慣れた景色に戻っていて、次の瞬間にはドッと疲労感が押し寄せて体が重くなった。ユラユラと世界が波打ち、立っていられず尻餅をついた。目眩だ。
 目を閉じて一呼吸する。きっとチャクラを使い過ぎたのだろう、あの不思議な眼と力はチャクラを大量に消費するらしい。
 ギギギギ……と音が鳴りそうな体を無理やり立ち上がらせ、辺りを見渡す。
 ふと感じた視線の方を注視すると物置小屋の裏から顔を覗かせている弟がいた。私はイタチを抱きしめたくてたまらなくなった。早く彼の無事を感じたかった。

『イタチー! もう大丈夫だよ! 早く家に……』
 帰ろう、と言いかけて、気付いた。

『えっ……』

 イタチを呼ぶために振った手が真っ赤だった。よく見ると手だけではない、腕も、足も、服も真っ赤だ。
 地面にも同じく真っ赤な水溜まりができていた。その中心には首から上が無い人間の体が横たわっていて、そこから少し離れた場所に頭部と思しき物が転がっている。
――死体だ。
 振り返ると、黒く焦げた地面にはまるで人が蹲っているような形の黒い塊があり、そこからプスプスと微かに煙が上がっている。
 この赤いのが血だと理解したのと同時に、私はこの凄惨な光景に息を呑んだ。喉の奥が酸っぱくなり何かが逆流しそうになったが、それをなんとか阻止しようと口を真っ赤な手で塞ぐ。

 私が、殺した、のか……?
 これが死というものなのか……?
 たった数分前の記憶がやっと蘇り、首を刎ねた時の肉を割く感触と顔にかかった生温かい血の温度、頸動脈から勢いよく噴き出した鮮血の音、心臓を狙い突き刺したクナイから伝わる肉感と、もがき苦しみ焼け死んだ男の呻き声を――自覚した。
 私がこの手で二人を殺めたのだ――。

 体が震えだす。極度の緊張から解放されたからか、押し殺してきた恐怖が溢れ出したからか、私が行った蛮行を自覚したからか、理由は分からない。その全てかもしれない。涙が溢れ出た。緊張と恐怖と罪悪感がごちゃ混ぜになった。

『……あ……、あぁ……』

 口からはそんな間の抜けた声しか出ない。言葉が出ない。息もうまくできない。
 全身の力が抜け地面に泣き崩れた。生臭い血の臭いが蒸れて鼻につく。
 イタチを守るためとはいえ、何の躊躇いなく人の命を奪ってしまった。
 そう、イタチを助けるためだった。そうだ、イタチ。イタチはどこにいる……?
 我に返り顔を上げると、イタチはすぐ近くに立っていた。姉のこんな姿を見て困惑しているのだろうか。

『イタチ……おいで、怪我は? 大丈夫?』

 数歩歩いてしゃがんだイタチを私は抱きしめた。背中にイタチの腕を感じる。イタチが無事だったというのに、私の腕は震えたままだ。イタチを安心させてあげなきゃいけないのに、震えが止まらない。

「……ねぇさん、ごめんなさい。オレが家で待っていれば……オレが外を歩かなければ……こんなことにはならなかったんだ……」
『イタチは悪くないよ。それより怪我は? どこか痛いところはない?』
「ううん、どこも痛くないよ。オレは大丈夫」
『……そっか、よかった。ちゃんと生きているんだね、よかった。本当に……よかった……』

 うん、生きてるよ。と言ったイタチの声がひどく落ち着いていて、私は拍子抜けた。安心したことには変わりはないが、泣き虫のイタチのことだから、泣きじゃくるのだとばかり思っていたのだ。予想とは裏腹に、平静というよりもどこか呆然としているようにも見えた。無理もない。

「早く帰ろう、ねぇさん」

 イタチはそう言って頼もしく私の赤い手を引いて歩き出した。私はこの惨状に後ろ髪を引かれながら、イタチの後に続いた。一刻も早くこの場から立ち去ろうとしているのか、イタチは大股で歩く。
 私は歩きながら今の出来事の一部始終を思い返した。思い返せば思い返すほど、罪悪感というのか後悔というのか自責の念が胸を圧迫する。あの時、他に方法があったのではないかと赤い手を見ながら思うが、残念ながら今は何も思い浮かばない。

「ねぇさんが来てくれなかったら、きっとオレは死んでいた」

 イタチがぽつりと言う。
 縁起でもない、と言おうとしたが事実そうだったかもしれなくて私は口を噤んだ。

『イタチが生きててよかった』

 再確認するように、私は自分に言い聞かせるように言った。
 繋いでいるイタチの手がキュッと締まった。ああ、イタチは無事に生きている。
 イタチが生きていてよかった。無事でいてくれてよかった。そのためにあの人たちを殺してしまったが、私は私なりに守らなければいけないものを守った。


 家の引き戸を開けるとお母さんが廊下を走ってきて、私たちを見るなり目を大きく見開いた。私が真っ赤だったから驚いているのだろうか。

「○○……イタチ……!」

 やっとのことで絞り出した声で私たちを呼ぶと、お母さんはゆっくり框を下りて私たちを抱きしめた。お母さんが泣いているのを背中で聞いた。

『私もイタチも無事だよ、お母さん』

 自分の声は震えていた。



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再執筆:2015/09/06、2019/11/20

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