陽性転移
『お疲れ様でした。お先に失礼します』
「お疲れ様です。○○さん、明日は出勤でしたっけ?」
『ええ、明後日はお休み頂いてます』
今日もいい天気だった。
今日の問診も終え、帰宅する。
呼魂の術で生き返ったイタチも少しずつ快方に向かっていて、ついこの間までは寝たきり状態だったが今では軽い散歩くらいならできるようになった。
白衣を脱いで病院内の洗濯籠に入れて、自分の名札を裏返す。
ここで勤務している者は、出勤しているか否かをわかりやすくするために自分の名札を裏表にするのが決まりだ。
同僚たちに挨拶をして、病院内の自室を後にする。
(今日の晩ご飯は何かなー)
最近は家にいるイタチが家事をしている。
夜勤や任務が無い日はイタチが作る夕飯を食べるのが○○の楽しみだった。
「先生!」
病院の敷地内を出て帰路に着いていると、一人の男性が○○を呼び止めた。
振り返れば○○と同じくらいか少し上くらいの男性。
『はい?…あら、貴方…』
「1ヶ月前に先生に治療してもらった者です」
○○は確かにその男性に見覚えがあった。
任務で負傷し、しばらく入院していた患者だ。
『覚えてますよ、どうですかその後の調子は』
「もうピンピンですよ」
『それは良かったです』
医師としては、自分の患者が完治し元気になることが一番嬉しい。
目の前の男性は照れくさそうに笑って「あの時はありがとうございました」と述べた。
「実は…」
下げた頭を元に戻し、じっと○○を見つめる。
「実は、オレ、先生に……」
「一目惚れしちゃいました!」
信じられなくて○○は何度も瞬きをする。
言われた言葉を脳内でもう一度復唱した。
一目惚れ、一目惚れ…。
『…』
理解した。
だが、○○はその男性のことを自分の患者としか思っていない。
いきなり告白されてもどう返していいか分からなかった。
「オレ、毎日先生が回診に来てくれるの嬉しくて、それで、退院した後でも先生のこと忘れられなくて…」
『ごめんなさい、私、貴方のことは患者さんとしか見えない…です』
「そ、そうですよね…」
『おそらくそれは陽性転移だと思います。お気持ちはとても嬉しいですが…』
男性ははにかみながら○○に頭を下げる。
玉砕覚悟だったようで返事を聞いて幾分元気はなくなっていたが、吹っ切れたようだ。
「もしオレがまた怪我したら、先生が看てくださいね」
『なるべくなら怪我はしないで頂きたいです』
それもそうですね、と男性は笑って○○に手を振り踵を返す。
その姿を見送って○○も再び歩き始めた。
気がつけば太陽は沈んでおり、辺りは真っ暗になっていた。
頭上で鴉が飛んでいた。
「姉さん」
暗闇から声がした。
聞きなれた声だ。
足音と共に声の主がゆっくりと暗闇から姿を現す。
『お迎えきてくれたの?』
「日没が早くなってきたからな」
弟のイタチが○○の帰宅を待ちかねて迎えに来たようだ。
うちは家の黒いTシャツが闇夜に同化し、月明かりでイタチの右腕に巻かれている包帯が映えた。
突如、包帯が巻かれていない左手が○○に伸ばされる。
『?』
「久々に手を繋いで帰ろう」
『どうしたの、急に』
「昔はよくこうして帰っただろ?…だめか?」
○○はにこっと笑って伸ばされた左手を握り締める。
『んーん!』
***
ふと思いついたので、ありきたりですがイタチの妬きもちネタ。
この前、陽性転移(恋愛転移)の記事を読んだので…。
でもアニメとかでサクラちゃんが告白されてましたね、あんなかんじです。