涙の後は
ガシャンと音を立てて、それは割れた。
「……」
やばい。その言葉が脳内をぐるぐると回っている。
「イタチ、危ないから私がやるわ!」
下がってなさい、と母さんが俺を押しのけて飛び散った破片を集め出す。
俺は2、3歩下がってその光景を見ていた。
「ごめん母さん…」
そう言えば、母さんは「謝る相手が違うでしょ?」と動かす手を止めなかった。
少し前まではマグカップだったそれは、今はただの破片と化し液体を入れる容器としての役目を果たせない形になってしまっている。
「ちゃんと姉さんに謝っておくのよ」
「…うん」
割れてしまったのは、姉さんのマグカップ。
気に入っていたらしく、何年も前から使っていた。
「姉さん…ごめん。マグカップ割っちゃった…」
夜、医療忍術の修行から帰ってきた姉さんに素直に謝った。
『…っ!!イタチのばかっ!』
きっと許してくれるだろうと思っていたが、どうやら思い違いのようだ。
姉さんは顔を真っ赤にして自分の部屋へ駆け込んだ。
「姉さんっ…待って…!」
呼び声虚しく扉はバタンと音を立てて閉まった。
手を伸ばしてドアノブを回せば鍵が付いていない戸は開くのだが、どうしてもそうすることが出来なかった。
伸びかけた腕を引っ込めて踵を返す。
次の日、居間で姉さんに会ったけど挨拶を返してくれなかった。
「ごめんなさい、姉さん…」
もう何度言ったか分からない。何度言っても姉さんは聞いてくれないし、明らかに俺を避けている。
任務から帰ってきた俺を母さんは居間に呼び、
「まだ姉さんと仲直りしてないの?」
全く、しょうがない子達ね。とでも言うように笑った。
母さん、笑い事じゃないよ。
「あのマグカップ、友達から貰ったんだって。その子、戦争で亡くなっちゃったから……」
その子との唯一の繋がりだったんじゃないかしら?
胸にドシンと何かが落ちた気がした。
姉さんが俺を許さない理由。
「ごめんなさい」じゃ済まない俺のしたこと。
「大丈夫、姉さんだってそろそろ許してくれるわよ」
そう言って母さんは俺の目尻に溜まっている涙を拭った。
◇◇◇
もう何年も前の型らしく、どこの店を探しても同じマグカップは見つからなかった。
「…これ、」
姉さんが好きそうだ。
目に留まった一つのマグカップを手に取り、くるくると回して柄を見る。
レジに持って行って、任務で貯めた金でそれを買った。
頭に浮かぶのは、姉さんは喜んでくれるかなというドキドキ感。
しかし、家に着けばそんな思いは無くなっていた。
…姉さん、怒ってるから受け取ってくれないんじゃないか。
俺を許してくれないんじゃないか。
新しいマグカップを買ったところで、姉さんが許してくれるとは限らないだろ。
そもそも俺は、あのマグカップの代わりになるようにって新しいのを買ったんだろ。
それを伝えなきゃ。
今日は医療忍術の修行がなかったらしく、既に姉さんは家にいた。
居間に行っても姉さんは居なかったからおそらく部屋にいるんだろう。
階段を上って、姉さんの部屋の前で止まる。
どうしよう、何から言おう。
何を言えばいいんだろう。
するとガチャッとドアが開いた。
俺はまだドアノブを回してない筈だ。
なんで?と顔を上げれば、姉さんが立っていた。
「あ、のっ……!」
今、言わなきゃ。
…何を言えばいいんだっけ。
「ね、姉さん…俺っ」
…何から言えばいいんだっけ。
「俺…、ご、ごめんなさい!!俺、姉さんのマグカップ割っちゃってごめんなさい。
あのマグカップ、姉さんがお友達から貰って…それで姉さん、大事にしてたのにっ…
俺が割っちゃって……」
どうしょう、涙が止まらない。
「姉さんがっ、怒るのは俺の所為なんだけど…、俺、姉さんと話せなくて、おはようも言えなくて…」
俺も寂しくて、俺がいけないんだけど、姉さんに笑ってほしくて、
姉さんとまたたくさん話したいから、
「ごめんなさい!」
許してください。
ひとしきり言い終わると、涙がどっと溢れ出た。
サスケみたいに泣きじゃくって、もう何がなんだか分からない。
『…私こそ、ごめんね』
頭をゆっくりと撫でられた感触がした。
『イタチも悪気があってやったわけじゃないのに…』
その言葉に、もうどこから出てくるんだというほどの涙が流れる。
『仲直り、しよ?』
俺はうん、と首を縦に振った。
***
この後、イタチは買ったマグカップを姉に渡します。
姉はすごく喜んで、ずっと使い続けます。
Natsu様、ネタ提供ありがとうございました。
「姉弟喧嘩→仲直り、イタチ目線」
いかがだったでしょうか。
イタチ目線で書いたつもりなんですけど、予想以上にイタチが大人っぽくなってしまいました。文章力、表現力不足ですいません。
彼は7歳設定です。下忍になっているので漢字も使えます。
イタチは実は泣き虫設定。