03:命名、サスケ
「あのね、母さん……アナタたちに言わなくちゃいけないことがあるの」
夕食の時、お母さんはそう切り出した。ただの雑談ではない空気、大事な話があるのだと私は箸を置き、姿勢を正す。
「アナタたちに弟か妹ができるのよ」
十一月の冷たい風が襖をひゅん、と鳴らす音が響いた。私は数拍置いてその幸せをゆっくりと感じ始める。
『ほんと?』
「ええ」
いきなり行われた新たな生命の発表に言い知れない高揚感に浸る。明日どこかへ遊びに行こうと言われるよりも嬉しくてワクワクする。どこかお父さんも嬉しそうに見える。
「イタチはお兄ちゃんになるの」
お母さんがイタチに諭すように言う。
「オレが……、にいちゃん?」
そうよ、とお母さんがにっこりと笑った。
『名前は!? もう決まってるの?』
はやる気持ちが抑えきれなくて聞いてみたが、まだよ、と返される。新しい家族の一員が待ちきれなくて私もイタチも夕食を食べることを忘れてお母さんとお父さんにたくさん質問する。
いつ産まれるの? 部屋はどうするの? お腹が大きくなるのはいつ?
たくさん質問しすぎてあまり覚えていないが、赤ちゃんが七月に産まれる予定だということは覚えている。あと半年以上待たなくちゃいけないのか、と思ったがそれでも私は嬉しかった。
「かーさん! オレ、サスケがいい!」
白米をガツガツ食べて飲み込んだ後、イタチは言った。なんのことだと首を傾げる私たちを尻目にイタチはニコニコと笑っている。
「サスケがいい! コウヅキ・サスケ!!」
『……赤ちゃんの名前のこと?』
「うん」
イタチが上月佐助への傾倒ぶりを発揮する。
まだ男の子か女の子が分からないのよ、と言うお母さんにも構わず「サスケがいい!」と彼は突き通す。
『弟だったらサスケでいいけど、妹だったらどうするの?』
「……サスケ!」
『妹でもサスケ!?』
それはさすがに可哀想だろ、と思っているとお父さんが静かに咽た。お母さんは声を上げて笑っている。その様子が可笑しくて私もつられて笑った。
何が何でもサスケがいい、というイタチに私たちは負けて、生まれてくる赤ちゃんが男の子だったら名前は〈サスケ〉にしよう、と決まった。
「そういえば三代目のお父様の名前もサスケだったわね。強くて立派な忍になるように、っていいんじゃないかしら。ね、父さん。……でも、もし産まれてきた子が女の子でもがっかりしないこと! いいわね!」
お母さんが強い口調で言う。
勿論だよ、と私とイタチは返す。
「でもね、ねぇさん。たぶん、赤ちゃんは男の子だとおもう」
イタチは私に小さく耳打ちした。
入浴を済ませ、髪を乾かしているとお父さんに呼ばれた。イタチはお母さんに服を着せてもらっているため私は一人で和室に行く。
下座に座って、上座にいるお父さんを見る。何を言われるんだろうとか、何か怒られるようなことしただろうか、と脳内をぐるぐると回る。
「今が戦争中だということは知っているな」
『はい』
「戦争は何が起こるか分からない。お前はアカデミー生だが火遁の術も使え、うちはの者としても恥じない実力を持っている。オレは任務やら仕事であまり家には居られない。だから、お前がイタチと母さんを守れ」
頼んだぞ、とお父さんが言う。
大役を頼まれた私はその事の大きさを少ししてから実感した。最初は「お父さん、よほど家族が増えるのが嬉しかったのかな」と思った。しかし、お父さんはそれをお母さんにならともかく私たちに言うことなど今までに一回としてなかった。静かに自分の中で噛み締める人だからだ。
――だから、お父さんがこんなことを言うということは、よほど戦争が激化していて、お父さんの言葉通りに「何が起こるかわからない」状態だからだと理解した。
私は気合を入れ直す。今日は新たな家族の発表をされたんだ、いずれ産まれてくる弟か妹のためにも、もっとしっかりしなくちゃ。
『お父さんも気をつけて』
「顔つきが変わったな。期待しているぞ」
呼び出しが終わり、障子を開けると目の前には寝巻き姿のイタチがいた。
『イタチおいで。風邪ひくから髪乾かそう』
←/□/→再執筆:2015/08/30