小説 | ナノ


  16:襲撃


「来たぞ、アマテラスだ!」

 任務帰り、太陽が沈んだ暗闇の中で不意に背後からそんな声がした。
 アマテラス――どこかの国の神話に出てくる神様の名前だということは知っているが、とても憎悪と怒気を含んだ声で呼ばれるような神様だった記憶はない。

『痛っ……!』

 暗闇から何かが飛んできて私の右腕の二の腕を掠めた。徐々にそこは熱くなり始め、ドクドクと脈を打つような痛みが襲う。手裏剣かクナイが打たれた、そう脳が理解した時には血が指先まで滴り落ちて来ていた。
 アマテラスという言葉が私を指しているのだと気付いたのは、背後からの二発目の攻撃が仕掛けられてきたのを察した時だ。
 空気を裂きながら近づいて来る金属音がし、私は咄嗟にクナイでそれを打ち落とした。足元に落ちたのは手裏剣だった。

「俺の妻は九尾に殺されたんだ、息子も! 全部お前らうちはのせいだ!」
「こんなもんで済むと思うなよ! 九尾のせいでどれだけの命が散ったのか分かってんのか!?」
「戦闘力だけが高い殺人一族にも俺たちと同じ思いをさせてやる。子どもを奪われた親の気持ちをなア!!」

 鬼気迫る顔で私と対峙しているのは、大人の忍だった。皆、木ノ葉隠れの額当てを付けており、刀やクナイを構えて私を殺そうと睨んでいた。
 まるであの時のようだ、と既視感を覚えた。ただし、違うのは目の前にいるのが敵国の岩忍ではなく、自国の木ノ葉の忍だということだけ。

『うちは一族は九尾の事件とは無関係です! どうして皆、うちはのせいにするんですか!』

 私は敵意が無いことを示すために握っていたクナイをホルスターに戻す。
それでも、

「九尾を操れるのは写輪眼を持つうちは一族だけだ! お前は知らないかもしれないが関係ない! うちはに生まれた自分を恨むんだな!」

と、私の訴えは虚しく聞き入れてもらえなかった。
 一人の男が私に怒鳴った後、複数の手裏剣が飛んできた。写輪眼を開眼させてそれを避けたが、任務終わりの私の体は写輪眼を使用することによる消費チャクラに耐え切れず、一瞬だけ意識が遠のいた。すぐに意識は浮上したが忍の戦闘を左右する隙を相手に与えてしまい、次の瞬間には忍刀の切っ先が脇腹に押し込まれていた。
 刀を握っている忍の手を膝で蹴り上げて刀を落とさせた後、数歩後ろに飛ぶ。
 熱くて冷たいような鋭い痛みが押し寄せ、圧迫して少しでも痛みを和らげようと手を患部に押し付ける。
 冷や汗と生温い血がドクドクと流れているのを感じながら、私は紅い視界に映る五つの焔を見定めた。二人が近づいて来る、瞬身の術を使って背後に周り挟み撃ちを回避する。
 すぐさま烏分身の術を発動させ敵を引き寄せている間に、私は闇夜を走り出した。

『はっ……はぁっ……』

 走る度に脇腹が痛む。地面に滴る血で逃げ道を推測されないように、地を走った後は屋根に飛び乗り、その後は木々を飛び移って逃げた。走る以外の動作の度に痛みが増したが、私の足は止まらない。痛いのに辛いのに一心不乱に走り、逃げた。一刻も早くあの場から離れなければ彼らは私に追いつき、確実にとどめを差すだろう。そんな死への恐怖が私を急かした。

「……○○じゃないか、どうしたんだ?」

 一族が住む集落の中心部まで脇目もふらず逃げてきたあまり、近寄ってきた人物に気が付かず、心臓がキュッと飛び跳ねた。

「血……? 何があった!?」

 その人――ヤクミ兄さんは私から滴り落ちる血を見て顔色を変えた。私はこの顛末を知らせようと口を開けたが、すんでのところで言い留まった。

『に、任務で……』

 我ながら苦しい言い訳だと思った。それでも何とか言い逃れできると思って、背の高いヤクミ兄さんを見上げると彼は紅い写輪眼で私をじっと見据えていた。
 しまった、と思ったのと同時。

「……お前、里の奴らに!!」

 ヤクミ兄さんは瞳術を通して対象者の記憶を遡り視ることができる、と聞いたことがある。私と目が合ったあの一瞬の間に私の記憶を視たのだろう。
 兄さんはポケットからハンカチを取り出して私の腕にすばやく巻いてくれ、

「家まで送る」

と、私を抱き上げ、脇腹の傷に響かないように最善の注意を払いながら家に急いでくれた。恥ずかしさと大事(おおごと)にしたくない気持ちから放った私の「大丈夫」「歩ける」という言葉は聞き入れてもらえなかった。

 家に着くといつかのようにお母さんは目を丸くして、急いでお父さんを呼びに行った。
 私は居間でお母さんに傷の具合を確認され、ヤクミ兄さんは私を下ろした後すぐにお父さんにこのことを報告するためか、満足にお礼も言えないままお父さんの居室へ消えてしまった。

(大変なことになった……)

 私は少し回復したチャクラを使って医療忍術を発動させ、応急処置だけ済ませてお風呂に入った。治療のためには体を清潔にする必要があった。

「里の奴ら、嘘を吹聴するに飽きたらず賊害をも企てようとは……!!」

 ヤクミ兄さんの怒気を含んだ声が聞こえてきた。そこでやっと私は、自分が受けた被害が私だけの問題で終わらないことを悟った。私は生き延びたことを安堵するどころか、襲撃された事実を隠蔽しなければならなかったのだ。怪我なんて受けてはいけなかった。もしくは早急に治癒して何事も無く振る舞わなければならなかった。
 しかし私は非力で、力不足で、そんなことを考えることすらできないくらい狼狽え、動揺と恐怖が脳を支配してしまっていた。
 後悔と自己嫌悪。私が未熟だったばかりに引き起こしてしまった取り返しの付かない出来事に絶望した。



「○○、話がある」

 お風呂から上がるとお父さんに呼ばれた。こういう時のお父さんはいつも以上に険しい顔をしていて、剣幕だけで小動物ぐらいなら殺せるのではないかと思えるほどだ。
 下座に座ると、上座ではお父さんがあぐらをかき、少ししてからその隣にお母さんが静かに腰を下ろした。
 
「大体の話はヤクミから聞いている。だが、お前の口からも聞いておきたい」

 そう言ってお父さんは口を一文字に結んだ。ヤクミ兄さんが〈視たもの〉を包み隠さずお父さんに報告したのだとしたら、今更私が言葉を取り繕ったところで無駄だろう。

『任務の帰り道、複数の忍に襲撃されました。目視できたのは五人です。攻撃を躱しきれず二打当たってしまって……恥ずかしながら必死に逃げました』

 最後の抵抗として、私は言葉を選んだ。何とかお父さんの怒りが私を襲撃した木ノ葉の忍ではなく、うちは一族でありながら敵に背を向けて逃げてきた私に向くように、と。
 しかし私の考えはそう上手くはいかなかった。しばらくの沈黙の後、お父さんが言った言葉は――「無事でよかった」。
 うちは一族の長ではなく、私の父親として私の身を案じてくれたことはとても嬉しかった。そう思えたのも束の間、お父さんは腕を組んだまま、言葉を続けた。

「今から緊急会合を開く。お前も来い」
『緊急会合って……そんな大袈裟な……』
「大袈裟ではない。里の奴らがお前を襲った理由が〈うちは一族である〉ということだけだとしたら、イタチやサスケ、他のうちはの子どもも標的に入っているかもしれんのだ。真相はどうであれ、この事実は皆に知らせておかねば今度は本当に誰かが命を落とすやもしれん。……分かれ」

 会合でこのことを話せば、必ず出席者たちが里に対してますます不満と憤りを募らせるのは分かりきったことだった。だから行きたくない、緊急会合なんて開いてほしくなかった。しかし、今後一切里の忍がうちは一族の者を襲撃しないという保証も無ければ、お父さんが言った通り次は本当に誰かが殺されてしまうかもしれない、ということも起こりえないとはっきり言えないのが現状だ。
 会合の出席に首を縦に振らない私にお父さんは痺れを切らし、「今夜の会合は注意喚起のためだ」と念押しするように言い、ついに私は折れた。
 私はお母さんに湯冷めしないようにと上着をたくさん着せられ、お父さんに真夜中の南賀ノ神社に連れて行かれた。神社を囲うようにある鎮守の森を抜け、社殿に着くと緊急会合だと言うのに通常会合とさして変わらない人数の人たちが集まっていた。
 そんな中、私はいつもの最下座ではなく上座のお父さんの隣に着座させられた。そして、その隣には私を家まで運んでくれて、この緊急会合の招集役を買って出てくれたらしいヤクミ兄さんが座った。



「これは○○だけに付けられた傷ではない、〈うちは〉に付けられた傷でもある!」

 一連の流れを報告した後、お父さんの腹心であるイナビさんが大きな声でそう言った。この一言が口火となり、出席者たちは里に対する怒りや憎悪を口々に叫んだ。
 彼らは、襲撃されたのが〈うちは○○〉だったからではなく〈うちは一族の者〉だったからこんなにも荒々しく怒っているのだ。その上、里の忍も私個人を標的にしたのではなく、〈うちは一族の私〉を狙ったものだった。双方とも〈里〉と〈一族〉の二者対立でしか捉えていない。敵か味方か、彼らにあるのはそのどちらかだけ。

(やっぱり会合なんて開くべきじゃなかった……)

 私の不注意と力不足による失態。攻撃を受けさえしなければ、負った傷をすぐに治癒していれば――と遅すぎる後悔と自己嫌悪が再び押し寄せた。
 もう会合を終わらせて、と私はお父さんの服を引っ張った。

「今夜は急な招集であったのにもかかわらず多くの出席、感謝する。今回のように一族の者は年齢性別問わず里の奴らの標的になる可能性があることをよく家の者や欠席している者に伝えておいてくれ」
 
 お父さんの閉会の挨拶中、突き刺すような視線を感じて顔を上げると下座に座っているシスイと目が合った。
 彼は静かに何かを訴えているようだった。シスイは私の失態に怒っているのではないだろうか、このような事態になってしまったことや私の非力さに失望しているのではないだろうか。そんな不安が脳裏を過ぎり、すぐに顔を背けてしまった。
 ――合わす顔がない。まさにその言葉通りだった。



「姉さん」

 シスイの視線から逃げるように神社から帰ってきて、自室のベッドに潜っていると閉めたドアの外で声がした。イタチだ。
 会合から帰ってきた時にはもうすでに日を跨いでいたので、こんな時間までイタチが起きていることに驚いた。下忍であるイタチも会合に出席する資格を得ているのだが、今回は緊急招集であったこと、遅い時間であること、イタチがまだ幼いことなどが考慮された結果、弟は招集されなかった。

『どうしたの?』

 ドアを開けると寝巻き姿のイタチがいて、彼はじっと私を見つめていた。心なしか体が震えているように見えた。

「怪我、大丈夫?」
『うん。さっき応急処置はしたから……聞こえてたの?』

 イタチは首をこくりと上下に動かした。

『私、取り返しの付かないことをしちゃったかもしれない……』

 全部私のせい。医療忍術を使えるというのに、それを使わず、逃げることに必死になってしまった。
 一族の者が命を落とすかもしれなかった実害を被った――その事実はうちは一族がこれまで受けてきた差別や偏見とは比べ物にならないほど、里に対する悪感情を抱かせた。
 うちは一族と木ノ葉の里の共存共栄を目指す私たちにとって、一族と里との間に軋轢を生じさせ、ましてやそれを助長するような失態などあってはならないことだった。

「姉さんは悪くない。姉さんが自分を責める必要なんてないよ」
『でも……』

 私は言いかけて黙った。まっすぐに私を見つめていたイタチの瞳が一瞬紅く変わったからだ。イタチ自身も、もしかしたら気付いていないのかもしれない。そんな、ほんの一瞬の出来事だった。

(イタチはまだ写輪眼を開眼してないはず……なのに、なんで……)
 
 写輪眼の開眼には心の状態が大きく関係している。私も詳しいメカニズムは分からないけれど、大きな愛の喪失や自分自身への失意を感じた時に開眼する――らしい。私の場合は、戦時中に敵を前にしてイタチを失うかもしれないという恐怖と、イタチを失う未来を想像したときに感じた強い後悔が起因していたのではないか、と後々考えられた。つまり、想像上で開眼条件の双方を成したのだ。
 ならば、今のイタチの一瞬の写輪眼は一体何なのだろうか。その後物にする「開眼」とは言い難い、一時的な開眼もそれに当てはまるのかは私には分からない。
 今はもう、いつもの漆黒に戻っているため本当は私の見間違いだったのではないかとも思えてきた。

「……オレもう寝るよ。おやすみ、姉さん」

 イタチはそう言って廊下を歩き階段を降りていった。

『おやすみイタチ』

 私はイタチが階段を下りきったのを部屋の前から見届けてドアを閉めた。
 電気は消したままの真っ暗な部屋。私は手探りでベッドに潜り、イタチの写輪眼のこともほどほどに今日のことを思い返した。
 どうして私が襲撃されたのか、 客観的に考える必要があると思った。それを考えるにあたり気になる点がいくつか浮上した。
 まず一つ目は、私を襲撃した忍たちが私を「アマテラス」と呼んでいたこと。おそらくそれは仲間内だけに通用するようにターゲットにつけた暗号名だと考えられるが、ここから分かることは、彼ら襲撃者たちはちょうどその場に居合わせたうちは一族の者を狙ったわけではなく、ターゲットとなる襲撃対象者を狙ったのではないかということ。
 一族の者全員にこういった暗号名を付けていたとも考えられなくもないが、数が多すぎるため可能性としては低い。
 その上、襲撃してきた忍たちは見たことがない顔だった。すれ違ったりはしていたかもしれないが、言わばその程度の接点しか無い。つまり、私個人に対する恨みというよりも、一族に対しての恨みを動機と考えたほうが適切かもしれない。
 そしてもう一つの不可解な点は、襲撃場所が一族の集落付近であったこと。この集落は一族以外の人はほとんど立ち入らない。しかし、そんな集落の目と鼻の先で襲撃騒ぎでも起こそうものなら異常を察した一族の忍がすぐに駆けつける可能性がある……そんな蜂の巣を突くような状況にもかかわらず、私を襲撃した理由が分からなかった。そこまで頭が回らなかったのか、それとも駆けつけたうちは一族の忍による〈無実な里の忍を捕縛または殺害した〉という既成事実をつくることによって、被害者と加害者を入れ替え、より確執を生みだそうと言うのか……。
 そこまで考えて、そもそも襲撃してきた彼らは自分の命を賭してまでうちは一族と里の溝を深めることなどするのだろうか、という疑問が浮かんだ。
 私がその時感じたのは彼らのうちは一族に対する憎悪と私を殺そうとする絶対的な殺意――となると、この線は考えにくい。
そうすると、襲撃場所を集落付近にしなければならなかった理由が他にあったとするのが妥当だろう。

(例えば……帰宅に向かううちは一族の者、と断定するため……とか……)

 何気なしに浮かんだ見解に私はもしやと思った。核心に触れたような気がした。恐怖で忘れかけていた記憶を必死に辿り、彼らが私に言った言葉を思い出す。

 やがて私は一つの結論を導き出した。

 私が襲われた理由、私が襲撃対象に入っている理由、それは――私が〈他の忍が立ち入らない集落〉に向かっていて、うちは一族だと断定できる証拠がある忍だったから――だ。

 私はベッドから顔を出し、部屋を見渡した。その〈証拠〉を探すためだ。しかし、それは意外にもすぐに見つかった。

『服か……』

 暗順応した目に映ったのは、背中にうちは一族の家紋がプリントされている私の忍装束。着ていたものは破れてしまったのでお母さんが繕ってくれている。今ハンガーに掛かっているのは予備のものだが、先ほど着ていたものと同じものだ。
 お父さんたちは装束の上に里から支給されたベストを着てしまうので腕のところに警務部隊の刺繍がなされているが、暗がりでその目印だけを頼りに襲撃するのは難しいだろう。
 と、なると、襲撃するターゲットはベストを着ていないうちは一族の者というのが候補として挙がりやすく、襲撃者が言っていた「子どもを奪われた親の気持ち」という言葉は、一目でうちは一族だと分かる子どもしか狙えないからではないかと推測がついた。
 勿論、大人も非番日などはベストを着ていないことが多いが、ほぼすべての生活用品などは集落内で調達できてしまうので、よほどのことがない限り彼らは集落外には出ない。
一族の忍のほとんどが所属する警務部隊が公務で集落を出る場合は、必ずベストを着用している。
 もしも私の考えが正しかったのなら、襲撃者たちのターゲットはベストを着ていない下忍以下の忍やアカデミーに通う一族の子どもたちだ。お父さんが言ったイタチやサスケ、他のうちはの子どもが標的にされる危険性があるというのも的を射ているだろう。そんなことは絶対にあってはならない。

 痛がっている暇なんてない。

 私は青緑のチャクラを練って脇腹に当てた。そこからの記憶は無い。


 

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再執筆:2016/03/19
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