小説 | ナノ


  20:暗部内定任務


 年が明けたばかりだというのに、火影屋敷には多くの忍が行き来していた。火影への新年の挨拶回りかと思ったが、どうやら来月から始まる中忍試験の準備に追われているようだ。
 奔走する人たちの間を縫ってたどり着いた執務室、ノックをするとすぐに中から声が返ってきた。

 ドアを開けると鼻を突く煙草の匂いが一瞬にして体に纏わりついた。
 締め切った室内には白い煙が靄(もや)のように充満しており、喉の奥が痛み出したので私は咳払いをしたくて堪らなくなった。それをなんとか押し殺して、中へ足を踏み入れる。
 火影屋敷の執務室に入ったのはこれが初めてではないが、ここまで煙たいのは初めてだ。三代目様も新年早々仕事に追われ大変そうだなと、同情の念すら沸いてくる。
 後ろ手で窓を少し開けると、三代目様はすぐに本題を切り出した。

「○○よ、ワシはそろそろお前が暗部編入任務を受けても良い頃合いだと思うておる」

 ――やはりこの話か。
 内心予想していたことが見事当たった。
 三代目様から暗部編入の話をいただいてから、本格的な医療忍術の修行を始めて早二年。この日を迎えるのが早かったのか、それとも遅かったのか、私にはよく分からない。
「やっとこの話が来たか」とは思えなかったことだけは自分でも分かった。
 自信がない。
 まだ不安なのだ。もし暗部になれたとしても、その後本当に私は一人で任務を遂行できるのか。
 もし暗部に転属できたとして、医療部隊として任務に派遣されれば私一人の一挙一動で人命が掛かってくる。そんな責任もなにも伴わない〈修行期間〉と銘打ったこの猶予期間に、まだ浸っていたいと思っている甘えなのかもしれない。
 返事をしかねている私に、三代目は煙管を盆の上に置いて、
「暗部医療部隊はお前が第一号じゃ、前例は無い。先駆者がいないのは不安だろううが、この先お前が医療部隊の魁となってほしいと思うておる。期待しておるぞ」
 と、言った。

『ありがとうございます。頑張ります……』

 声だけは自分でも驚くほど落ち着いていた。自分の口で言ったとは思えないほどだ。
 三代目様から期待を掛けられていることが嬉しくないと言ったら嘘になる。嬉しいけれど、荒野に放り出されたような心細さの方が強い。
 そんな心情を見透かされているのか、三代目様は頬の皺を深くして「お前なら大丈夫じゃよ」と言ってくれた。


 今夜はあまり月が出ていない。雲も多く、夜間任務の光源である月光はそれほど期待できないな、と思いながら集合場所へ向かった。
 言い渡された集合場所は、里の北東部に位置し守衛する〈艮の門〉の前。
 篝火に照らされたその門扉は、大きな丸太をイカダのように横に束ね、杭のように尖らせた下部を地面に突き刺している。
 二三人の門番がちらっと私を見た後、すぐにその内の一人が近づいてきて用件を訊ねてきた。「任務です」と言って三代目様から渡されていた通行証を見せると、その人は額に手をやり、恭しく敬礼をして持ち場へ戻っていった。
 艮の門は人出も少なく、通行する者も限られるため正門と比べて警備が厳格で形式的だった。
 門に近付いていくと篝火の前に暗部と思しき人影がひっそりと降り立った。影は二つ。一人はヤギを模したような、後方に湾曲した鋭い二つの円錐形の角を付けた面長の面を付けており、もう一方は信楽焼きをそのまま面にしたかのような狸面を装着していた。
 私は通行証と一緒に渡された、目の部分に丸い覗き穴が開いているだけの白い面を付け、二人に「今日はよろしくお願いします」と、頭を下げた。
 しかし、頭上から聞こえてきたのは、
「火影様も何を考えているんだろうなぁ、里を裏切った一族を暗部に入れようだなんて」
 ――毒素を含んだ言葉だった。

「……まあ、くれぐれも後ろから殺さねぇように気をつけてくれよ」
「オレたちは仕事に私情は挟まないから安心していいぜ。いくら九尾を呼んだうちは一族だからって頭ごなしにお前を失格にしたりはしねーから」

 たぶんな、と二人がクスクスと愉快そうに嗤った瞬間、まるで崖から突き落とされたように私はただ呆然と彼らを見ることしかできなかった。
 やがて内臓が急速に冷え縮んでいく感覚に陥り、やっと脳の処理が追いつくと、胸の中いっぱいに絶望という名の暗闇が広がった。
 どうして私は、暗部ならうちは一族を蔑まないと思ったのだろう――。
 ふと浮かんだ疑問。
 火影直属のエリート集団というものに夢を見過ぎていたのだろうか。暗部ならば〈うちは一族は無辜の一族〉と認識されているものだと、信じて疑わなかった私自身が滑稽にさえ思えてくる。
 うちは一族は私が思っている以上に里から疎まれていたのだ。

 地響きのような大きな音がして、私はやっと我に返った。
 重くのしかかる虚脱感を振り切って前を見据えると、地面に深く刺さっていた門扉がまるで宙に浮くイカダのように地面と平行になっていった。
 現れた外界には背高い常緑樹が生い茂り、黒々と広がっている。
 私はこのとき、自分が住んでいる里が〈木ノ葉隠れ〉と称される所以を垣間見たような感じがした。一寸先は闇――ではなく、森。

「行くか」

 そう言って進んだヤギ面の暗部を、里を守護する森は飲み込んだ。


 ――木ノ葉の元忍、塒出ノタカの背信疑惑調査。
 先の大戦後に忍を引退し、非戦闘員として別職種に就いたこの男が忍現役時代に修得した忍術を使って里の機密情報を入手し、他国に密告しているらしい。その事実確認と身柄の拘束および処理、それが私に課された暗部内定任務の内容だった。
 木門が閉まる絡繰り仕掛けの重たい音を背にしながら、わずかな月明かりが差し込む暗い森の中を跳ぶ。
 夜鳥の笛を吹くような甲高い鳴き声、前を行く二人が跳び移った幹がミシミシと撓る音、闇夜の不安を煽るような葉のざわめき――冬の冷たい空気がピンと張り詰めた中では、それらがとてもよく聞こえた。

 しばらくして樹間飛行から瞬身の術に切り替えて標的との距離を詰める。
 やがて前を行く暗部の動きが止まった。
 耳をすませば二人、いや三人分の足音。その足音は夜道を迷いなく進み、まるで自宅の庭を歩いているようだった。
 現在地は火の国の領土内、林の国との国境付近。木ノ葉隠れの里からは随分離れている。
 二国間の国境とはいえ、森の中なので国土を隔てる明確な壁などは無く、所々に申し訳程度の立て看板が設置されているだけだ。
 隣国との住民トラブルを避けるため、この辺りでの居住は禁止されており、人などめったに通らないと聞いている。その上、私たちが通ってきた森を抜けるルートは火の国と林の国間の正規の交通ルートではない。
 つまり、この地点に人がいる時点で訝しい。それが忍を引退した非戦闘員なら、なおさらだ。

 写輪眼を発動させると、チャクラが放つ微弱光が線状の炎となって体内を脈々と巡り、人型を形成しているのが視えた。今回のターゲットの塒出ノタカ、加えて、屈強な体躯の人物を二人視認できた。勢い良く体内を巡るチャクラ光の量からして、密会相手は相当な手練だろう。
 
「やはりまだ慣れないな、暗闇の中からそんな鬼の面が現れると……」
 
 口から心臓が飛び出そうになる、とノタカは言った。
 鬼の面――その言葉が引っ掛かった。
 どこの国でも暗部やそれと同等組織の構成員は、その秘匿性のために面を装着する。もし、ノタカと対面している忍が被っている面が本当に鬼を模したものだとしたら、その忍は、国境を越えた先にある林の国の暗部〈般若衆〉である可能性が高い。林の国の般若衆のみが鬼と形容できる面を身に着けることができる決まりのはずだ。
 先輩たちも同じことを予想したのだろう、密会相手を確認するために私たちは接近を試みた。

 雲間から月光が差し、その姿が顕になった。
 いままで実物は見たことがなかったが、月明かりで不気味に白く浮かび上がる鋭い角と牙は、紛うことなき般若のそれだった。林の国の般若衆に間違いない。
 
「余計なことを言うな」

 般若衆の一人は地を這うような声で制し、ノタカへ歩み寄った。もう一人は辺りを随分警戒しているようで、左手を腰に差した忍刀の柄に掛けている。
 はいはい、とノタカが懐から巻物を取り出した。
 あれは暗部が用意したフェイクだと聞いているが、あの巻物を渡した時点で彼は間者であるという決定的な証拠になる。そんなこととも露知らず、ノタカは巻物を慣れた手つきで男に差し出した。
 その瞬間、辺りを警戒していた般若衆の男の鯉口が切られ、流れるような動きで右手が刀の柄へと半円の軌道を描き始めた。鞘から刀身が抜き出されようとしている。
 私は瞬身の術でノタカの背後に降り、彼の後ろ襟を掴んで力任せに引っ張った。間もなくヒュンッと高い音を立てて忍刀が虚空を切り裂いた。
 微かに鮮やかな血飛沫が上がる。ノタカを一瞥するとノタカの胸元に赤い一文字があった。刃が軽く掠ったのだろう。
 抜刀したままの男が舌打ちをし、こちらを凝視している。
 すぐさま二人の暗部も私たちの両側に降り立ち、暗器を構えた。

「いってぇーな! 何すんだよ! 俺はちゃんと巻物を渡した、だろう……が……」

 ノタカは般若衆に向けて怒鳴り声を上げたが、段々とそのトーンは落ちていき、やがて消え入るように小さくなった。私や両脇の二人を見て、ここに木ノ葉の暗部がいることの意味を理解したのだろう。

「余計なものまで連れてきやがって。黙って死ねばよいものを……」
「貴様らっ……裏切ったな……!」
「自国を裏切った奴がよく言えたものだな、滑稽だ。まあいい、どうせお前は死ぬ。いや、お前らは……か」

 般若衆の忍がそう言うと、ノタカの体がびくんと跳ね、それを皮切りに体が痙攣し始めた。呼びかけてみても、過呼吸のように苦しそうな呼吸しかしない。
 毒。どうやらあの刀には毒が塗ってあったようだ。最初から今夜ノタカを殺すつもりだったのだろう。ならば、なおさら私はあの男の刀の間合いにノタカを入れるべきではなかった。咄嗟だったとはいえ、力加減を見誤った。
 私は今度こそノタカを十分に般若衆から遠ざけ、治療に取り掛かった。
 突き刺さるほどに感じる般若衆から向けられた殺気、ノタカへの施術を妨害しようと私に向けられたものだ。今にも斬り掛かってきそうな般若衆を暗部の二人が牽制する。いくら暗部が警戒しているとはいえ油断はできない。隙を突いてこちらに向かってくるかもしれない。そんな緊張感に鼓動が自然と速くなり、なかなか集中できそうになかった。
 暗部の医療部隊というものの洗礼を受けているような気分だ。医療忍術になかなか集中できない状況下でいかに自分と患者の命を守りながら施術できるか。
 一度大きく息を吸い込み、お腹の奥にぐっと力を込めた。意識を両手に集中させるとエメラルド色のチャクラの焔が纏った。
 痙攣と呼吸困難感を発症する毒はあまりにも多く、今の段階では何の毒なのか見当を付けるのは難しい。殺害を目的としていたことと、毒を受けてから発症に至るまでの期間が短かったことから推測すると、ヤドクガエルかマチンか、それ以外か……。何にせよ致死性の高いものであることは違いない。
 里に帰ったらこの毒を解析班に回すことにして、解毒剤投与による無毒化ではなく、傷口からチャクラを流し込み体内を侵食する毒を抜き取ることにした。しかしこの方法では毒が体内を回る時間との戦いになる。多少後遺症が残るかもしれないが、それは毒を解析してから考えることにした。

「お前らは林の国の般若衆か?」
 
 狸面の声がしたが、相手からの返答は無い。
 返答の代わりに鋭い金属音が響いた。目線だけを上げて戦況を確認すると、打ち合う金属が擦れ火花が散っていた。
 
「巻物が大事なら返してやろう、そこのクズと一緒に」

 そう言って般若衆の男はノタカから受け取った巻物を放り投げた。私たちが現れた時点でこの巻物が偽物だと勘付いたのだろう。
 宙を舞う巻物の側面に微量のチャクラが視えた、起爆札が貼り付けられているのだ。それに気付いたヤギ面が巻物を目掛けてクナイを打った。チャクラを纏い威力が増したクナイは巻物を巻き添えにして数メートル先の木に突き刺さった。間もなく爆発し、辺り一帯が轟音と熱い爆風に包まれた。
 どうやら起爆札だけではなく、煙幕札も貼られていたようで煙幕が濃い。
 煙に紛れての奇襲攻撃に備えて、つま先に力を入れ、体中を緊張させた。毒抜き作業はそのままに、写輪眼で辺りを見渡す。
 般若衆は絶対に私たち四人を殺す必要がある。ゆえに、必ずこのタイミングで攻撃を仕掛けてくる。
 人型のチャクラが動いた。
 しかし暗部の二人は般若衆の動きを捉えていた。うまくヤギ面と狸面が立ち回ってくれているお陰で、般若衆がこちらに攻撃を仕掛けてくる隙は無さそうだ。
 この機を逃さまいと再び視線を落とし、携帯用カプセルにノタカの体から抜き取った毒薬を入れた。切りつけられた傷口自体は浅かったので血はもう止まっていた。しかしノタカはぐったりとして、辛うじて目を開けているような状態だった。

『毒は抜きましたよ、もう大丈夫です』

 数拍置いてノタカの口が餌を求める魚のようにパクパクと動いた。
 元はと言えば、私がもっと強くノタカを後ろに引っ張り、確実に刃の届かない場所へ彼をやっていれば、ノタカは毒に見舞われることはなかった。眼前の男の有様は私の失態だ。悔しくて情けなくて、奥歯を強く噛み締めた。

「見せ場を作れて良かったな」

 突如上から浴びせられた低い声に、一瞬息が止まった。
 そんなつもりじゃありません、と肚の底から声を絞り出して訴えると「冗談だ、マジにすんなよ」と嗤った。勿論彼の言う通り冗談で言ったのだと思うが、心臓を抉られたように胸が痛くなった。
 一人分の気配が増えた。今まさに現れたヤギ面が「逃げられた、そっちはどうだ」と言う。

『……排毒は完了しました。里に戻ったら一応病院に入院させるつもりです。毒は解析に回します』

 感情を込めないように淡々と答えながら、ノタカの両手首を縄で縛る。護送準備を整え終えると狸面がノタカを背負った。
 行きと同じようにヤギ面を先頭に、狸面、私という陣で里に帰還する。任務内容がノタカの護送に変わった。


 病院に搬送されたノタカは大事を取って一日入院した。
 二日目の朝、私はあの日と同じ、目明き穴しか加工されていない、のっぺらぼうの面を着けて彼を病室まで迎えに行った。
 私の暗部内定任務はまだ終わっていない。
 
「おい、どこに連れて行く気だ? 牢屋か? 警務部隊のところだけはよしてくれよ、オレはうちはが嫌いなんだ」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐノタカに私は終始無言を貫き、彼を目的地まで連行した。それにしてもよく喋る人だ。里の情報を他国に密告した罪を、毒で生死を彷徨ったことで償ったつもりなのだろうか。肝が座っているというのかそれとも開き直っているのか、私には到底理解できそうにない。


 眼前に聳える重々しい鉄の扉をノックする。
 中から現れた看守のような無表情の男性に塒出ノタカの名前を言うと、その人は持っていたバインダーを開き、すぐに「中へ」と通してくれた。
 腰縄を引いても前進しようとしないノタカを見遣ると、彼は口を固く結んで震えていた。この収容所のような無機質な建物を前に兢々としているようだ。確かに本音を言えば私もあまり中へは入りたくはない。

 ――情報部 管理棟一号館。
 国内外の様々な情報収集に特化した、暗部の忍と非暗部の忍つまり正規部隊の忍が協同で任務にあたっている、里内でも珍しい組織である情報部。私たちが出向いた管理棟一号館の他にも何棟かの建物があり、どこからか鉄っぽい匂いがしてくるような気がした。
関係者以外の立ち入りが禁止されているため、私もここに来るのは初めてだった。何よりこの情報部は、「尋問・拷問部隊」という部隊があり、その名の通り主に重要人物から情報や証文を得るために尋問や拷問を行っているため、「情報部といえば拷問」という恐怖の方程式が成り立ってしまっている。そのため、近づきたいとも入ってみたいとも一度も思わなかったのだ。

「あとは我々が」

 金属の棘が無数に付いた黒いマスクで口元を覆う忍が私の前に手を差し出た。縄を渡せ、という意味だろう。
 お願いします、と短いやりとりをして、私はノタカを引き渡した。ノタカはなんとも情けない顔をしながら取調室に入るまでずっと私を見ていた。ついに扉が閉められるときは、まるでこの世の終わりのような絶望を顔に貼り付けているようだった。
 私は取調室に隣接された記録室で、両部屋を隔てるガラス越しに彼の聴取内容を聞いた。隣では記録係の人が聴取内容を速記している。ちらりと見てみたけれど全く解読できない文字だった。
 ノタカは盗んだ書簡、内通相手、動機、期間や回数などを躊躇いなく自供した。彼の頭にも拷問という恐怖の単語が浮かんでいたのだろう。積極的な自白により、ノタカは拷問に掛けられるまでもなく、聴取が終わり、拘置部屋に入れられた。

 情報部の人に案内された待機室で上層部からの指示を待っていると、扉が開き一人の暗部が入室した。
 その人は私のお面を見て一言「課題任務中か」と、ぽつりと呟いて、黒革張りのソファーに腰を沈めた。ノタカの聴取が終わってからそろそろ半刻が経とうとしている、その時だった。
「塒出ノタカの結果が出ました」と、ノタカを引き渡した忍は待機室に入ってくるやいなや、一枚の紙を差し出した。

 忍の特権である忍術を使用しての犯罪、非同盟国との密通、書簡の重要度は中〜高程度、他――以上により、塒出ノタカは抹殺対象とする。速やかに執行せよ。

 私はその書面を何度も見たが、結果は変わらない。
 四半刻後にホシを退室させる、と言って眼前の忍は待機室を出ていった。
 塒出ノタカを殺さなければならない――。暗部という所属柄ありえないことではないとは思っていたが、いざその時がやってくると気は進まない。
 こんなことなら三代目様からの暗部編入への打診を断るべきだった、と後悔の念に押しつぶされそうになった。

 拘置部屋から引き出されたノタカの腰縄を引き、情報部の建物を後にすると彼は「オレはどうなるんだ?」という質問ばかりしてきた。ここで判決を告げてしまうと力づくで逃走を図るかもしれないので、抹殺対象には審議結果は伝えてはいけないと情報部に念押しされている。

『これからアナタを非戦闘員の生活に戻すための最後の処置をし、三代目様の元へ連れて行きます。それで今回の件は終了です』

 そうとだけ言って私はノタカを中心街から離れた林の中へ連れて行った。竹の葉のような細長い葉がもっさりと生い茂っている。勿論警戒を解かないノタカには「人目を避けて火影様の執務室に連れて行くため」と言いくるめた。

『さあ、これを』

 私は立ち止まり、一粒の錠剤を差し出した。
 猜疑心を隠そうともしないノタカは、これは何だ、と眉をしかめている。

『排毒作用の強い解毒剤です。アナタは非戦闘員ですから毒を患うなんてことは、日常生活でほぼ無いでしょう。これを飲めば体内にわずかに残る毒素を強制的に排出させます。きっとアナタが今患っている手足の痺れが治まるはずです』
と答え、左右に小刻みに揺れるノタカの手に視線を向けた。

 ノタカが般若衆から受けた毒は致死性の高いものだったが、排毒作業と入院中の薬剤投与により症状が手足の痺れ程度にまで回復した。しかしまだ日常生活を送るには不都合が多いだろう。今日の取り調べでもペンすらまともに持てない状況だったのだ。

『強力な薬ですので吐き気が強く出ます』

 注意喚起のように言うと、ノタカは「これを飲めば毒はすべて無くなるんだな?」と、吃りながら私の手にある錠剤に恐る々々手を伸ばし、摘み上げた。
 私が首を縦に振るとノタカは錠剤を口に含んだ。喉が上下に動き、飲み込んだ。飲み込んでしまった。

 数分後、ノタカは膝から崩れ落ちた。四肢の脱力。息も絶え々々に嘔吐(えず)き地面に胃液を吐いた。私はノタカの背中をさする。時折、「今、毒が出ていますからね」と偽って。
 やがてノタカの目は虚ろになり、呼吸も浅くなった。
 私はこのままここで、この男が私の調合した毒薬により衰弱し死亡するまで見届けた。ノタカは自身の吐瀉物に塗れて死んだ。
 私が人を殺したのは第三次忍界大戦のとき以来。確かに塒出ノタカは死んだが、あまりにも呆気なくて、まだ人を殺したという実感がわかない。

「なかなか役者だな」

 背後で声がした。振り向くと狸面とヤギ面の暗部がいた。
 ヤギの面を付けた暗部がノタカの亡骸に近づき呼吸の有無、心臓の音、瞳孔を確認した後、
「死体はそのまま捨て置け。捜索依頼が来てから発見したことにする」
と言った。
 私は後ろ髪を引かれる思いを振り切って、瞬身の術を使った二人の後を追った。


 暗殺戦術特殊部隊、医療部隊班。
 医療を人命救助だけでなく、誅殺にも使うことができる、唯一の部隊。その意味を痛感した。
 私は医療班ではない。


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執筆:2017/11/04


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