小説 | ナノ


  19:石隠れの里


 土の国と風の国の間にある独立地域、石隠れの里は岩隠れと砂隠れに挟まれた隠れ里にふさわしい名称と地形を持つ。東部に川の国が位置していることもあり、領土の東側は木々が生えているが中心部に進むにつれ砂塵が舞う岩石砂漠が広がっている。北部には土の国の岩山が聳え立ち、大国の威厳を示している。
 五大国のような一国一隠れ里のシステムを導入していない石隠れの里は、第三次忍界大戦時に大国同士の戦闘に巻き込まれたこともあって、終戦まもなく永世中立国としての新国家設立を目指していた。しかし、新たに国として歩みだそうとしている小さな隠れ里が今、内部抗争に至り内戦にまで発展しているらしい。
 
「そこでお前たちに、この石隠れの里の内戦状況の偵察任務を言い渡す。Bランク任務じゃ」
 
 世界地図と報告書類を手にしながら三代目様は言った。

「それからもう一つ、今回は望月ササメを隊長とし任務にあたってもらいたい……ササメよ、この意味は分かっておるな」
「はい」

 任務受付所でササメは三代目様の問いかけに即答する。
 私が暗部編入の話が出た同時期に、ササメとシュンにも他部署への転属の話が持ちかけられていたらしい。ササメはその情報収集能力を買われて情報部から声が掛かり、シュンは国中の精鋭から結成される大名警護組織〈守護忍十二士〉に抜擢され、次期十二士の一人に組み込まれるべく養成されることになった。
 いずれにせよ、私たちがカカシ班第一班として取り組む任務の終わりが見えてきたのだ。寂しくもあり、仲間がその能力を買われて里の重要組織に配属されることの誇らしさのようなものもある、複雑な心境だ。ともあれ、今回の任務はササメの情報部転属を決定付ける重要な実績づくりでもあった。
 

 木ノ葉を出てから四日が経つ。 
 砂隠れを経由して石隠れの里に到着すると、遠くから激しい刃物がぶつかり合うような金属音が聞こえてきた。今まさに戦闘が行われていることであり、まだ内戦が続いている状況であるとも言える。
 ササメの指示により私たちは二組に分かれ、シュンとササメはまず地形全域と大まかな戦況を把握すべく里全体を目測しに飛んだ。私はカカシ先輩と一足先に戦場へ向かうことになり、血の匂いと金属音に誘われるように岩石砂漠の中を進んでいった。
 ごろごろと転がる大小の岩を飛び移る。居住区がある東部と同じ領土内とは思えないほどの乾燥地帯は、どことなく乾いた畑にいるような土っぽい匂いがした。
 突如、空気を裂くような断末魔が響いた。急いで声のした方へ向かっていくと、私たちはついに戦闘が行われていた戦場へと辿り着いた。地面はさほど大きな岩が転がっているわけではなく、どちらかといえば小石や砂利が多い開かれた場所で、もっぱら転がっているのは人間の死体というおぞましい光景が広がっていた。
 戦場には立っている人間は一人だけだった。その一人も、地面に倒れているおそらく先程の断末魔を上げた忍にとどめを刺すように忍刀を突き立て、数秒経ってから刀を引き抜くと、足早に立ち去っていった。
 
「……○○、近付いてみよう」

 カカシ先輩はそう言って亡くなったばかりの死体に近付いた。
 辺り一面に広がる臭い血の匂い、首と胴は辛うじて繋がっているものの頸動脈が切られて亡くなったらしいその骸は、目をぎょっとするほど開いたままだった。
 土遁の術を使われたからなのか、辺りには体が潰れた遺体も多い。薄茶色の地面が黒く変色するほどの血が流れ、時も経っているようだ。
 死者の数を確認するために腐敗が進み始めた遺体を見て回っていると、ふと一つの遺体が目についた。
 腹部に大きな風穴が空いているその死者の額当てには、石隠れの里のマークである石の形を模した台形印を割るように斜線が刻まれていた。まるで里に反旗を翻す意思表示のようだった。

『先輩、これ……』

 私がそう言うとカカシ先輩は小さく「ああ」と頷いた。
 注意深く見回してみると、ちらほらとそういった額当てをした遺体が見つかり、
「どうやら、そいつの額当てだけに付いた傷……っていうわけではなさそうだな」
 と、先輩は言った。
 おそらくその額当ての斜線をもってして敵と味方を判別し同士討ちを避けていたのだろう。そうなると、この内部対立における対立勢力は、現状の石隠れ側の軍〈国防軍側〉と、それに不満を抱いている又は反旗を翻している勢力だろうと推測できた。
 やがて空中偵察に放っておいた私の口寄せ動物である忍カラスの曽良丸が肩に留まり、「陣営を見つけた」と覚えたばかりの言葉で教えてくれた。

『カカシ先輩、どちらかの陣営を発見したみたいです。向かいますか?』
「ああ、行こう」

 曽良丸を再び空に放ち、道案内をさせる。それを追って足場の悪い岩石の道を進んでいくと、先程いた場所とは比べ物にならないほどの血と暗器の残骸がある開けた場所に出た。動いている影は無く、死屍累々という言葉が相応しいおびただしい数の死体と、その血肉を貪るために多くの野生のカラスが群がって肉を引きちぎり啄んでいた。

「左を見てみろ」

 カカシ先輩に促されそっと視線を左に向けてみると、こちらを警戒している岩隠れの忍の偵察部隊がいた。
 木ノ葉は先の大戦で死闘を繰り広げた岩隠れと停戦条約を結んだが、両国の関係が友好的になったとは到底言えなかった。そんな岩忍らから発せられる私たちを射るような視線は肌をピリピリと刺し、彼らもそんな敵意を隠そうともしていないようだった。
 先を急ごう、と言ってカカシ先輩は瞬身の術を使った。私も印を結んで先輩と同じ術を発動する。わざわざ時空間忍術を発動する距離でもなかったけれど、万が一の岩忍との接触を避けるためだった。
 

 白幕で覆われた戦陣、それを上から見渡せる大岩の上にササメたちがいた。曽良丸はシュンの肩に留まっており、私たちが合流すると双翼を広げて飛んできたので左手の人差し指に留まらせ、彼の黒い頭を撫でた。

「そっちはどうだ?」
「土の国との国境付近に岩忍が多く配置されていた。偵察と言うにはあまりにも多すぎだな」

 カカシ先輩の問いにササメが答える。そして彼は続けた。

「おそらく、岩は石隠れに攻め込もうとしているんだと思う。オレらと同じく偵察に来ていた砂忍も奴らを牽制していた」
「石隠れのどちらかの勢力が岩隠れに内通している、というのは考えられない?」

 シュンが白陣の下を指差しながら言った。

「いや、たぶんそれは無い。もし仮にどっちかの勢力が岩と手を組んでいたとしても、この内戦状況と死体の多さからすると岩が援軍に来るには遅すぎるんだ。両勢力とも共倒れ寸前っぽいから。……だからオレは、岩隠れは漁夫の利を狙っているじゃないかって思うんだけど……」

 どうっスかね、とカカシ先輩に視線を送るササメは見たことがないくらい真剣そうだった。私は呑気にもササメが導き出した見解とその眼差しに頼もしさのような、彼の成長を沸々と感じ、感心してしまった。
 カカシ先輩もササメのそのどっしりとした物言いに驚いているようにも見えたが、すぐに「上出来だよ」と唯一見えている右目を細めた。

「オレはまだきちんとその現場を見たわけじゃないから何とも言えないが、恐らくササメの読みは合っているだろう。そうだと言い切るためにも国境付近の様子を見ておかなくちゃいけないな。ササメ、案内頼む。シュンセツと○○は引き続き石隠れ内の情報収集。くれぐれも無理はするなよ」

 了解、と私とシュンが言うとササメはカカシ先輩を先導して大岩を下りて行った。

「○○はこの戦陣での情報収集を頼む。オレはさっき見つけたもう一方の戦陣に向かう。頃合いを見てまたここに戻るよ」
『了解。気をつけて』

 シュンが隣に連なる大岩を見定めて跳躍したのを見届けた後、私は足の裏にチャクラを溜めてから地面へ飛び降りた。石や岩が転がる地面はサンダルとの摩擦で音が出やすくなる、それを回避するためだった。
 息を潜めて、近付いた戦陣に耳を立てる。
 
「一刻も早くあのボンクラ大名を探しだせ! 見つけ次第連行しろ、多少傷めつけても構わん!」

 荒々しい声がした。
 会話の内容からして、どうやらこの戦陣は額当てに斜線を入れている、反乱勢力のもののようだ。上から見たときは額当てまで見えなかったけれど、初老ほどの年齢の黒い口髭をたくわえた男の人と、黒く長い髪の青年、あと四五人の忍が陣内にはいたはずだ。

「し、しかしながら……もうこれ以上の戦闘は不可能です。圧倒的に我が忍軍の旗色が悪く、負傷者も死者も多すぎます。一刻も早く休戦を申し出るべきです」
「この腰抜けめ! お前はこの期に及んで命乞いでもするつもりか? 休戦を申し出るだと、馬鹿を言うな。向こうからしてみれば降伏を願い出るようなものだぞ。もう引き返せぬところまで来ているのだ、全面戦争は免れないと承知の上での決起だったではないか!」
「しかし、そこまで状況を把握しておきながらなぜまだ戦うのです!? このまま長引けば我が軍の全滅は免れません。勝敗がついたところで全員が粛清されることだって考えられるのですよ!」
「ああ、そうだ。その通りだ、軍師よ。だから我々が生き残るには勝つしかない。休戦や降伏ではいかんのだ。……総員に伝えろ、ボンクラ大名の家族を人質に取れ、と。そうすればあんな無能ネズミ一匹泣いて出てくるだろう。いや、もうどうすることもできんのだ、向こうの人間を虐殺しても構わん。奴らが降伏を願い出るまで惨劇の限りを尽くせ。良いな!」

 刹那、陣内にいた数人の忍の気配が消えた。きっと総大将の命令を仲間に伝えに行くためだろう。
 私は次に起こるであろう悲劇を一瞬のうちに想像した。背水の陣、玉砕覚悟の民間人大虐殺計画――戦力を持たない人々を惨殺することで相手を屈服させようとする、最後の抵抗と思えるその蛮行を黙認してはいけないと思った。
 早く止めなければ、という焦燥感に駆られた私はすぐに曽良丸をシュンのもとに飛ばし、このことを伝え早急に帰ってくるようにと言伝を頼んだ。
 まもなく、石と岩の国境付近からササメとカカシ先輩が戻ってきた。

『このままいけば非戦闘員にも被害が及びます! 国防軍側の非戦闘員避難所に向かいましょう!』

 私はササメとカカシ先輩に訴えた。
 しかしどちらもすぐには首を縦には振らず、口を固く閉じて沈黙したままだった。そうなってしまう理由を私は分かっていたので、強く主張することもできず、口を噤んだまま誰かが言い出すのを待った。

「お前の気持ちは痛いほど分かる。でも、もしここでオレたちが出て行ったら木ノ葉の軍事介入ということになる。やっていることは岩隠れと変わらない……」

 やがてササメが声を押し殺すように言った。苦々しい表情だった。

「それに……オレたちの任務は偵察だ。仲裁じゃない」

 先程と同じ声量で、それでもはっきりとササメは言った。
 ササメの言う通り、三代目様から言い渡された今回の任務は石隠れの里の内戦状況の偵察任務。決して人道的介入を命じられたわけでも、ましてや内戦の仲裁を任されたわけでもない。それに木ノ葉が偵察以外の行動を取り、内戦に干渉したと他国から追及されれば国際問題に発展することだってある。軍を国境付近で控えさせている岩隠れが私たちの善意の行動を口実にして宣戦布告してくる可能性も十分ありえるのだ。
 一時の感情で判断することができないのは、分かっているつもりだった。

「もし目の前で非戦闘員が殺されそうになったら、お前はどうするんだ?」

 国防軍陣営から戻ってきたシュンが私に言う。
 私は言葉に詰まった。安易に答えてはいけない問題だ。先程のササメやカカシ先輩も同じ気持ちだったのだろう。
 もし目の前で人が殺されそうになったら私はどうするか――まるで心理テストのような問題の答えを熱が出るのではないか、というほど考えた。
 否、答え自体はすぐに出た。もしそんなことが起きれば、私はきっと向けられた白刃をクナイで防ぎ、攻撃を薙ぎ払うだろう。
 頭を悩ませたのはその先だ。
 非戦闘員を守るということは、木ノ葉が国防軍側に付いたと思われてしまう行為になってしまう。いくら人道的介入だと主張しても、敵対している勢力のどちらかの攻撃を妨げた、あるいは守護したとなればどちらかの肩入れをしたということになり、木ノ葉の軍事介入という非難の末に戦争の口実を作ってしまうことになる。
 そうは言っても、今まさに行われようとしている非戦闘員への虐殺行為を見過ごすわけにはいかなかった。きっとササメやシュン、カカシ先輩もそう思っているはずだ。
 しかし、私を含めて皆どうしたらいいか分からないのだ。偵察任務の結果を里に持ち帰った後に三代目様からの命令を仰ぐことも考えられたが、木ノ葉から石隠れまでは四日間、往復することを考えると八日間も掛かる。時間が掛かりすぎるのだ。
 それでも、里同士の戦争にまで発展するかもしれない事柄をたった四人で決断を下すには荷が重すぎる。
 それに情報部への転属を左右するササメに命じられた「偵察任務」以外を実行することは、任務違反となり失敗にあたる。
 ササメの昇進を白紙にするわけにはいかないが、人命を疎かにすることもできない。介入すれば国際問題に発展し、再び戦争が起きるかもしれない。そんな様々な思いが交錯した。あれと思えばもう一人の自分が待ったを掛ける。ずっと脳内で自問自答を繰り返し、思考に雁字搦めになってなかなか喉の奥から外へ言葉が出なかった。
 そんな時、私の脳裏にふとかつての親友の顔が浮かんだ。アカデミーの頃の友人、カエデちゃんだった。先の戦争で里に侵入した岩忍の手に掛かり亡くなってしまった、あの子の顔だ。
 アカデミーで隣の席で授業を受けていたあの子はある日を境にアカデミーに来なくなり、私の隣は空席となった。出席を取る先生はその子の名前を呼ばなくなり、代わりに慰霊碑にその名が刻まれ、墓地に埋葬されたあの子。
 そんな数年前のことを思い出した時、私は一体何に悩んでいたのか、と拍子抜けするような思いになった。すとん、と心に落ちたような感覚。なんてくだらないことに時間を使っていたのかと少し前の自分を嘲笑うように私の口角は上がった。
 どちらかの肩入れをする、国際問題に発展するかもしれない――なんて馬鹿馬鹿しいことで悩んでいたのか。戦闘力を持たない非戦闘員に対する攻撃などあってはならない。そう強く感じたのは他の誰でもない、親友をそのせいで失った私ではないか。

『やっぱり私は非戦闘員への攻撃を黙認できない。だから私は……私は人道援助を試みたい。もし攻撃されても相手は殺さないと約束する。でも、もしこのことで石隠れや岩隠れから何か言われたら……たった一人の忍の判断で行われたことだと言って、木ノ葉には関係がないとシラを切って……私を殺してほしい。その自分勝手な忍を制裁することで事を丸く収めて、それ以上のことにはならないように交渉してほしい』

 私の命をかけた主張を三人はじっと聞いていた。私が生み出した沈黙を自分で埋めるような決断とその意志の強さを感じてくれているようだった。
 他国に何か言われたら私を制裁として殺してほしい、その気持ちに嘘はなかった。


『でも、最終判断はササメがして。アナタが手を出すなと言うなら私はそれに従う。……意地悪を言ってごめん』

 私がそう言うとササメは自分の下唇を噛んだ。
 今回の任務の指揮は隊長であるササメに一任されている。隊長の意見は絶対なので私はササメに判断を委ねるより他はなかった。国際問題に発展するかもしれないこの重大な判断を、ササメ一人に委ねたのだ。
 ササメはカカシ先輩やシュンに相談すること無く、ただ黙って自分一人で考えを巡らせていた。
 そして、大きく深呼吸を一つして、口を開いた。

「ここからは二隊に分かれて行動する。隊編成は最初と同じだ。オレとシュンはシュンの時空間忍術で一度里に戻り、このことを三代目に伝える。カカシ先輩と○○は非戦闘員の避難所に向かってくれ。あくまでも人道的介入だということを忘れないように。先輩はうちの軍医の身辺警護と人道支援行為に違反性がないか監視してくれ。その後の行動および判断はオレが再びここへ戻ってきてから指示する。そっちの班の隊長はカカシ先輩だ。……異論は?」

 ササメの問いかけにいち早く反応したのはシュンだった。そしてカカシ先輩が続く。

『なし!』

 私は言った。
 そして、気合を入れ直すために頬を両手で叩いた。私は額当てを外し、ポーチの中に仕舞った。中忍ベストの巻物ホルダーから一巻の巻物を取り出して口寄せで折り畳まれた白衣が顕現させ、それを羽織って仲間たちに向き合う。横目でシュンを見ると、再びこの場所に戻ってくるための口寄せの術式を足元に書いていた。

「オレたちはシュンの準備が出来次第出発する。○○と先輩は先に行ってくれ」

 一人も死なせるなよ、と大英断を下したササメに見送られ、私はカカシ先輩の後に続いて里内東部の居住区に向かった。


 長方形の形をした石隠れの里の典型的な住居が立ち並ぶ居住区は戦闘が行われていた戦場からは少し離れている。岩石砂漠の中でも砂嵐が少なく、生活用水などを確保するため国内の川の国寄り、つまり東側に位置している。
 どの建物が避難所か分からないので様子を窺っていたところ、戦場方面から居住区方面に急ぐ忍を見つけ、その後を追った。
 やがてその忍は一つの建物の中へ入っていく。

「あそこか……」

 と口走った先輩に私は「急ぎましょう」と言って、目の奥にチャクラを通わせ写輪眼を発動した。

「おいおい、写輪眼なんて発動させたらお前が額当てを外した意味無いんじゃないの」
『隣にカカシ先輩がいるので、木ノ葉だってバレバレですよ。パフォーマンスですパフォーマンス』

 人道支援ですよアピールです、と言って私たちは避難所と思しき建物の外壁に背を預けた。今度は私が先駆けを買って出て、土を固めたブロックを重ねて造られている階段を下りた。どうやらこの里の避難所は地下にあるらしい。
 
『避難所の入口の侵入対策は大丈夫ですか』
「問題ないよ、影分身を置いてきた」
『さすがですね』

 暗い階段の下から慌てふためくような悲鳴が聞こえてきた。私たちは足元に注意しながら長く続く階段を駆け下りる。
 すると視界に何かの印を結んでいる忍の後ろ姿が映った。腕の動き、発動印の順番からしてどうやら口寄せ系の術のようだった。

「よせ!」

 カカシ先輩が叫んだ。
 忍は肩を飛び上がらせ、即座に振り返った。私と目が合った。この一瞬の時間の中で写輪眼を通じてその忍の目にチャクラを流し、催眠術を発動した。
 糸がぷつりと切れたように膝から崩れ落ちた忍の額当てには、やはり斜線が刻まれていた。

『ここ以外に避難所は?』
「今のところはあと二ヶ所です。丸い屋根が目印です!」
『大名は?』
「どこに避難なされているかは分かりませんが、おそらく護衛たちに守られていると思います」

 倒れた忍の拘束を手伝ってくれた女性はそう言った。
 私と本体のカカシ先輩はあと二つの避難所に向かうべく、拘束した失神中の忍を避難所の外に連れ出してから二手に分かれた。
 最初の避難所から一里ほど離れた場所にお目当ての丸い屋根の建物を見つけ、私は飛び渡ってきた屋根を下りた。
 すると突然、耳を劈くような爆発音がした。すぐ後に世界が白く強い光に包まれた。目が焼かれるような人工的な強光に私は咄嗟に右手を額にあて遮光し、片目を閉じた。
 続けざまにあと二回同じことが起き、合計三発の閃光弾が撃たれたと理解するのにそう時間は掛からなかった。

「停戦要請の合図だ」

 背後から声がして二三歩離れて身構えると、木ノ葉の暗部がいた。狼か犬のような造形の、目の部分に朱色の隈取をした面で顔を覆っていた。
 どうして暗部がここに……!? と、思考が一瞬止まったがすぐに里に向かったシュンとササメの存在を思い出し、彼らが暗部を派遣させたのだと理解した。

「これから双方で休戦協定を結ぶ。うちは○○、火影様がお呼びだ。至急、坤(ひつじさる)の避難所へ向かえ」

 と、暗部の人は言った。
 私は言われるまま踵を返し、来た道を戻るべく再び屋根の上へと飛び上がる。すぐそこだった避難所内の様子を確認したかったが、「早く行け」と面のくりぬかれた部分から覗く目に言われた気がして、後ろ髪を引かれる思いでいっぱいになりながら屋根を飛んだ。


 坤の避難所は私とカカシ先輩が初めに見つけた避難所だ。見慣れた人影を見つけ、屋根から飛び降りて着地するとシュンに肩を貸しているササメが「よお」と言った。カカシ先輩はもう到着していて、どうやら私が最後のようだ。
 シュンとササメの二人は無事に木ノ葉へ戻り、三代目様に情報を伝達した後に再びここへ戻ってきた。彼らの遂行した任務の大きさを沸々と実感し始め、私は二人の首元に抱きついた。
 シュンは長距離間の口寄せを何度も行ったせいでチャクラ切れを起こしており、うつらうつらとしていた。辛うじて目は開いているもののどこか眠たげで、話しかけても返答は数拍置いた後に来るなど、疲労の色が濃かった。無理もなかった。いくら口寄せ忍法に長けているとはいえ、陸路で来ればどんなに急いでも四日は掛かる木ノ葉と石隠れの距離を、早急に移送するために時空間忍術を発動させ、その上、三代目様を始めとする数人の木ノ葉の忍を全員、確実にこの場所へ護送するために数回に渡り術を発動させたという。チャクラの消費が激しすぎる危険な行為だったが、彼はそれをやり遂げたのだ。
 私は左肩をシュンに貸し、回された右手を握って医療チャクラを流した。シュンのチャクラ消費を補うためだ。

「今から休戦協定を結ぶんだ。オレたちはそれを見届ける」

 そう言ってササメは、私とカカシ先輩にこの場に集まっている関係者たちの紹介を始めた。
 ササメの説明を耳に入れながら一人ひとりを目で追っていくと、この場には私たちカカシ班に加え、暗部数人を引き連れた三代目火影様と砂忍が四人、国防軍側の石隠れの忍も十数人いて、その中には忍軍の忍頭と、大名を守る護衛部隊の忍、そしてそんな彼らに四方を囲むように警護されている華やかで色鮮やかな衣装を身に纏った大名がいた。
 協定を結ぶにはまだ誰か足りない、そう思っていると、

「お待たせしてすみません」

 という声と共に、私たちの前に濡鴉のような美しく長い黒髪を靡かせた青年が現れた。
 心なしか日向一族の人たちを彷彿させるようなその姿と、落ち着いた声音に、私は覚えがあった。反逆派の陣営で「軍師」と呼ばれていた人だ。
 見た目は二十代の半ばくらいで、陣内での口調からして物腰が柔らかそうな印象を受けていたが、それを体現するような柔らかい微笑を浮かべていた。
 視線を下げていくと、その笑顔には似つかわしくないものを彼は持っていた。人の生首だ。下の方は赤黒く、私は咄嗟に眉をしかめた。

「おい! 虎目セキエイはどうした? なぜ来ないんだ?」

 石隠れの忍が怪訝そうな顔で言った。しかし、言い終わってからすぐにその忍はその顔を引きつらせた。視線は下方にあった。
 長髪の男は表情を崩すことなく、切断された頭部の髪を乱暴に持ちながら、

「残念ながらうちの大将は死んでしまったので、私がその代わりということで参上しました。一応これでも軍師を任されておりまして……この場には不適任かとお思いでしょうけど勘弁してください。総大将が死んだということは我々の敗北だと仰りたいでしょうが、それは敵さんがうちのを討った場合ですよね。問題ありませんよ、なにせうちの大将殺ったのは……私ですから。今は私が総大将です。ああ、なんでしたら首実検なされても結構ですよ、石隠れの里、元里長の虎目セキエイの首です」

 どうぞご確認を――と、まるで一人芝居をしているように淡々と喋った後、あろうことか大名に向けて生首を放り投げた。
 それは鈍い音を立てながら地面を弾んだ後、大名の足元に転がった。悪魔の所業を目の当たりにした私たちは息を呑み、大名を護衛している忍たちでさえ、たじろいだ。
 死者に対する冒涜だとか、同じ仲間だった人に対する扱いではないとか、そんな怒りは無く只々彼に対する不快感に似た恐怖に辺りの空気は支配された。

「元里長ですからね、顔は広かったでしょうし確認はできましたよね。いかがですか」

 と、語調は丁寧なのにひどく冷徹に彼は言った。とても陣内で狼狽えていた人と同一人物だとは思えず、どちらが本性なのか分からなくなった。
 やがて、国防軍側の忍頭の印を付けている人が「間違いなく虎目セキエイだ」と言った。
 木ノ葉の暗部によって転がった生首には布が被せられたが、首はまだそこにある。それを一瞥した後に三代目様が言った。
 
「仲立ちということで、火の国木ノ葉隠れの里三代目火影の猿飛ヒルゼンが協定文を記させていただいた。御三方、記述内容に異論が無ければ署名をお願いできますかな」
 
 簡易的に設置された長机に三代目様が巻物を置く。最初に動き出したのは反逆勢力の二代目総大将だった。
 広げられた巻物の前でその人は、
「私たちは降伏をしたつもりではありません。休戦だということをお忘れなきよう」
 と、念を押すように言ってから筆を執った。
 いつでも蜂起する覚悟はできていますよ、という鋭い目をして、後に控える二人に釘を刺した。

 この人は陣営内で、上司である虎目セキエイという前総大将に休戦を提言していた。自軍の戦闘員たちの生存を案じての申し出だったが、大将のセキエイに一蹴された。きっとあのままセキエイが軍を指揮していれば彼らの軍は全滅するか、終戦後に生存者も戦争責任を負わされ粛清されるか、頃合いを見て岩隠れに突入され両者共倒れとなっているかのいずれかの運命を辿っていたかもしれない。
 この男は自分の仲間を守るため、これ以上戦争を長引かせないためにも総大将のセキエイを殺害したのではないかと思った。
 戦況から言えばセキエイの軍の敗北は火を見るより明らかだ。彼ら自身もそう感じていた。だからこそ、強引とも思える手段で、休戦協定を結び、内戦を停戦状態にして終わらせることで〈敗北〉を免れようとしたのではないだろうか。
 そうなると、生首を投げるというパフォーマンスも、強気な態度も、同胞の総大将を殺害した告白も、一人芝居のような外部からの横槍を受け付けないような話し方も全て、この男が次期総大将の座として相応しく、休戦協定を結ぶ代表者として適任だと思わせるための戦術であり、敗北寸前の軍だと蔑視させないため戦略だったのではないか、と思った。

「今後の国の運営に関しては後日に致しましょう。今は戦争の後始末をせねばなりませんから。木ノ葉と砂の方、申し訳ないですが北部に控えている大国軍に引き返すよう言っていただけますか」

 虎目コクヨウ、そう署名した黒髪の人が言った。やはり彼は岩隠れが突入を控えていることに勘付いていたようだ。
 三代目様は砂の暗部と顔を見合わせ、一度頷く。そして、「任されましょう」と言った。
 署名台から離れたコクヨウさんは、三代目様たちの方を向いて頭を下げた。それから、布が被せられた生首を今度は丁寧に抱え上げ、その布で包む。
 私たちの前を通り過ぎる間際に、

「部下に裏切られるなんて、この人もついてないですよね」

 と、私たちだけに聞こえるような小さな声で眉を下げながら言った。その笑顔と言葉があまりにも不釣り合いで、私は愛想笑いもできなかった。

『それは、戦争を終わらせるためにですか?』

 上司を裏切ったことを〈それ〉と指した私の質問に、その人は「ああ、そうだよ」と簡潔に答えた。コクヨウさんは、「私は戦争が嫌いなんだ。たくさんの人が死ぬから……」と言い足したので、私は同意するように何度か頷いた。


 やがて、虎目コクヨウ、国防軍側の忍頭、大名の三人が巻物に署名をして、ここに石隠れの里は停戦状態となった。日を追って第三者立ち会いの和平交渉が行われることにもなり、多くの死者を出した戦争の終戦作業の第一歩である休戦協定締結は、とても淡白で、事務的で、あっけなく終わった。



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執筆:2016/07/07
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