小説 | ナノ


  18:うらごい


 三代目様から暗部編入の話を頂いてから私はカカシ班で通常任務をこなしながら、本格的な医療忍術の修行に取り組むことになった。
 最初のうちは医療忍術で使用するチャクラ――通称〈医療チャクラ〉を自由自在に、そして確実に練られるようになるための微細且つ瞬発的なチャクラコントロールの修行だった。本格的な修行とは言ったものの、医療忍術のいの字に入るか入らないかの初歩的なものだ。
 そもそも医療忍術も他の忍術と同様にチャクラを使って発動する忍術なので、〈医療チャクラ〉なんていう名称のものは存在しない。しかし、今まで私は忍術発動の目的を攻撃用と医療用に区別して考えていたため、医療忍術のために練るチャクラを「医療チャクラ」と今も呼んでいるのだ。
 と言うのも、私がアカデミーの授業で初めて医療忍術を教わった時に練った青緑色のチャクラを、通常のチャクラとは異なるチャクラ〈医療チャクラ〉だと認識していたせいでもある。どうやら通常の忍術発動のために練るチャクラをもっと繊細に精緻に練り上げたものが医療忍術で必要とするチャクラであり、私が〈医療チャクラ〉と呼んでいるものだったのだ。
 いわば私はこのような術の根本的なところを知らないまま医療忍術を発動していた。術の発動が不安定だったのも頷けた。


「今日から医療術の体得してもらう。今日はオレが担当だ。早速だが写輪眼を発動してくれ」

 白衣と同色の四角い帽子を被った男の人が、私が修行で使わせてもらっている会議室に入ってきて、ウォーミングアップとして指先にチャクラを纏わせていた私に挨拶もそこそこにそう言った。
 チャクラコントロールの修行が終わり、今日から次の段階へと進む。

『え、写輪眼ですか? 分かりました……』

 なぜ写輪眼を発動させる必要があるのか、と思ったが目の前の先輩に言われた通り、写輪眼を発動するべく目の奥にチャクラを集中させた。沸騰した血が目の奥に集まっているような感覚、やがて視界が紅に染まる。先輩の両手が結ぶ発動印がコマ送りのように映り、発動された術のチャクラの練り方とその量を見極めて脳に焼き付ける。
 そこでやっと、彼は私に術を教えているのではなくコピーさせているのだと気付いた。
 この異様な体得方法こそ、私が暗部の新部隊設立に声が掛かった本来の理由である気がした。
 暗部の任に就くことができる医療のスペシャリストを一から育てるよりも、術をコピーすることができる正規部隊の忍に医療忍術を叩き込んで育てたほうが手間も時間も圧倒的に少なく済む――三代目様はおそらくそう考えたのだろう。医療忍術を少し噛り、写輪眼のコピー能力を持った正規部隊所属の私は適材だったのかもしれない。



 里の中心部に位置する木ノ葉病院に隣接された、医療忍術研究所。その一室に充てがわれた私の修行所の外鍵を掛け、今日だけで十の術を教えてくれた先輩に礼を言う。彼は鍵を受付に返しに行くのでここでお別れだ。

「気をつけて帰れよ」

 と、人のいい笑みを浮かべている先輩にもう一度頭を下げて私は正門に向かって歩き始めた。

 九月の午後七時過ぎ。視線を上げるとそこには、濃紺がその領土を広げるように少しずつ色を薄めながら橙色へ向けてのグラデーションをつくっている空があった。秋の心地よい風に乗って中心街に軒を連ねる飲食店からの空腹に訴える匂いが運ばれてくる。
 早く帰ろう、そう思って歩き始めると外来診察の受付時間を終えた病院の戸が開き、おそらく本日最後の診察患者であろう人が付き添いの人に背負われて門へと向かって行くのが見えた。
 同じ方向へと足を進めるその人たちを私は特に気に留めずにいたが、ふと街灯の光に彼らが照らされた瞬間に彼らの服に見覚えのある家紋が刺繍されているのが目に入った。我がうちは一族の家紋だ。よく見てみると、背負われている人には片足が無かった。
 私は記憶の中にある情報から、片足の無いうちは一族の人を推測する。しかし意外にも該当者は早くに見当が付いた。

『……シスイ!』

 私がそう言って呼び止めると、前を歩く影は止まり振り向いた。やはりそうかと私は安堵した。

「よお。後ろから誰かが歩いて来ているな、とは思っていたけど……お前だったのか、○○」
『……うん、久しぶり。シスイはお父さんの病院の付き添い?』

すると、「ああ、定期通院だ」と、シスイは言った。
 シスイのお父さんは第三次忍界大戦で片足を負傷した。戦場で早急な処置と治療ができなかったせいで傷を悪化させてしまい、里に帰還した時にはすでに足を切断しなければならない状況だった。その上、感染症まで発症させてしまっていたために、細菌が身体中を蝕み遂には病までも患い、今では寝たきり状態だと聞いている。
 私はシスイに背負われている彼のお父さんに挨拶をしようと視線を移したが、どうやら眠ってしまっているようで、目が固く閉じられていた。起こすのも悪いと思って私は出かけた言葉を飲み込んだ。

「……最近、病が進んでしまって、認知障害も出始めているってさっき先生に言われた。時々オレの名前が出てこないときもあるから、もしかしたらとは思っていたけどな……」

 シスイの口から零れた悲しくて寂しい言葉に私は何と返して良いか分からなかった。場を埋めるだけの「そっか」という言葉も、無責任な「きっと回復するよ」も言えず、只々今は安らかに眠っている彼の父親を一瞥することしかできなかった。


 
「○○、お前は最近どうなんだ?」

 気分を切り替えるようにシスイが言った。たった数分前までは彼も思い悩むような憂いを帯びた顔をしていたのに、今では私の顔を覗きこむようにけろっとしていて、時折父親を背負い直しながら歩を進めている。

『今日は医療忍術の修行。病棟の隣にある研究棟でね。やっとチャクラ制御の修行が終わって今日から術の体得に入ったよ。……体得って言うよりコピーだったけど』

 私がそう言いながら自分の目を指差すと、シスイは意味を察して、すげえ効率良さそう、と笑ったので、そうでしょう、と私もつられて笑った。
 しばらくして互いの笑い声が収まると静寂が訪れた。小休止とも言い難い、気まずい沈黙。

 会合以外では最近めっきり会う機会が減ってしまったシスイと久しぶりに会ったせいか、私は今まで彼とどうやって会話をしていたのかを思い出せずにいた。否、私が今までシスイのことを避けていたから必要以上に顔を見合わせなかったのだ。
 シスイを呼び止めたのも咄嗟的で、その後のことを何も考えていなかった。私は何とかしてこの居心地の悪い沈黙を埋めるべく会話の糸口を探ろうと話題を探してみるが、会話が弾みそうな話題がなかなか思い浮かばなかった。
 シスイに言いたいことや言わなければならないことはあるのだが、そこに行き着くまでにもう少しソフトな話題を経たかった。


「……そうだ、お前に言わなくちゃいけないことがあったんだ」

 沈黙を破ったのはシスイだった。
 なに? と、問い返すよりも早くシスイは言葉を続けた。

「お前を襲った犯人たち、年が明けたら釈放されるらしい」
『え、もう? 新年明けたらってまだ一年しか経たないのに……』

 私は間髪入れずに言っていた。本心からの驚きだったようで自分の焦った声と声量に私自身がびっくりして、少し恥ずかしくなった。
 早すぎる、そんな私の心の声が聞こえたのかシスイは頷いた。
 私が五人の木ノ葉の忍から闇討ちに遭ったのは今から約十ヶ月前。事件が起きた日から数日も経たない内に犯人たちは暗部により逮捕され、里内の監獄に収監された。警務部隊が犯人探しに動き出すよりも早く、事件はあっと言う間に終息したのだ。
 おそらくうちは一族による犯人への私刑を回避するために暗部が犯人確保に暗躍したのではないかと私は思っている。

「善良な市民に対する殺人未遂事件の犯人が、一年やそこらで出てこられるはずがないんだけどな」

 シスイが目を細めながら言った。
 暗に、何らかの権力が働いて減刑されたのではないか、と言っているようだった。もしくは、被害者である私――もとい、うちは一族の者は里における〈善良な市民〉とは言い難く、当てはまらないため軽罰で済んだのではないか、という意味にも取れた。
 今、里では九尾襲来の黒幕がうちは一族ではないかという噂が蔓延していることもあって、うちは一族に対する反感を持った人たちも多い。どちらの可能性も残念ながら考えられるのだ。

『その情報が間違っているという可能性は?』
「無いな。昨日火影様から直々に言われたんだ。うちは一族にも一応報告する必要があると……オレから一族へ伝えるよう言伝を預かった。だがな、オレはこのことはお前の家族しか知らなくて良いだろうと思っている。フガクさんにも一族の皆には言わないでいただくつもりだ」

 あの襲撃事件は加害者と被害者というただの殺人未遂事件で終結する問題ではなく、うちは一族と里との相剋に拍車をかける問題にまで発展してしまっている。
 襲撃者たちはうちは一族を恨み、うちは一族であるという理由で私を殺害しようとした。
 一族は、九尾襲来後から顕著になり始めた里からのうちは冷遇に対して不満を募らせていた最中に起きてしまった今回の事件のせいで、里に対する怨恨を一層深いものにした。そんな中で、里に雪辱を果さんとする気で溢れている、一族内でも嫌里色が濃い過激思想を持つ者たちがたった一年で襲撃犯たちが釈放されると知った日には、それこそうちは一族冷遇に他ならないと声を荒げ、反発し、蜂起するに違いない。
 それでいいと思う、と私は声を潜めてシスイに答えた。




 段々と集落に近付き、暗闇に慣れた目は集落と里を隔てる門を映した。
 この機を逃せば次は無いと思ったら私は、ごめん、と口走っていた。シスイに対する心苦しさが体内から溢れ出たのだ。

「どうした?」

 と、シスイは不思議そうに私を見た。
 

『謝って済むことじゃないけど……シスイ、ごめん。あの時、私がきちんと隠し通しさえしていればこんなことには……本当にごめんなさい……』
 
 謝って悔やんだところで、うちはと里の軋轢が緩和することはない。それでも私はシスイには謝っておかなければ気が済まなかった。
 あの日、あの会合の時のシスイの突き刺すような視線は誰よりも私を責めているように思えたからだ。無理もない。里と一族の共栄を強く望んでいるシスイの理想を私がまた一段と遠ざけたのだから。
 だから、ずっと謝りたいと思っていたけれど、きっとシスイは許してくれないと思って、言い出す勇気が持てなかった。だから彼を避けた。

 あの日から日ごとに悪化する会合の空気。どす黒い闇のような、怨念に似た淀みが社殿全体を覆っているようになってしまったのは、間違いなくあの事件が発端だ。 
 私は会合に出席する度に感じるあの邪悪な空気の元凶は紛れも無く私自身にあると痛感し、居た堪れなくなってその場から逃げ出したくなる。しかし、息苦しくなるほどの殺伐とした空気は私をその場に縛り付け、私は顔を上げることもできないまま、怒気にまみれた里への怨恨の声に耳と脳を支配される。胸が苦しく締め付けられる。
 それは非力だった私への罰だ。罰であり、戒め。
 もう二度とあのようなことは――里とうちは一族の亀裂を深めるようなことは、起こしてはいけないし、防がなければならないということを全身で感じさせる。そんな、戒め。

「そんなに自分を責めないでくれよ、○○」

 不意に前方から声がした。諭すような優しい言い方だった。

「お前は悪くない。もしもお前があの事件のことでオレがお前を責めていると思っているなら、それは間違っている。オレはお前を責めちゃいないし、怒ってもいない。あえて言うなら、オレはお前を心底心配した。無事でよかったと本当に思った。そしてお前を襲った奴らを許せないと思ったし、何より……お前自身の心配をしていない一族の奴らに腹が立った」

 シスイは言った。
 私はどうやら大きな勘違いをしていたようで、シスイが私を責めていないと分かった途端に、じわじわと優しい彼の言葉が効いてきて思わず立ち止まってしまった。
 うるさく鳴いていた虫たちが嘘のように黙り込んで、まるで時が止まったかのような感覚に陥った。

「心配するな、今日はオレが守ってやる」

 そう言ったシスイはいつもの、私やイタチが安心する頼もしい笑顔を浮かべていたのだろう。しかし私はシスイの顔を見ることができなかった。込み上げてくる苦しさを抑えこむのに必死だった。

『……こんな時だけ年上面しないでよ』

 やっとのことで絞り出した声は震えていた。
 悔しいけどシスイがとても頼もしくて、かっこよく見えた。




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執筆:2016/06/10 



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