小説 | ナノ


  15:中忍試験本選


 例年通り他里との共同開催の夏季中忍試験が始まってから一ヶ月半が経った。 
 中忍試験本選は昨日から開かれ、今日で二日目を迎える。冬季中忍試験を勝ち抜き〈暫定中忍〉となった私は今日(本選二日目)からの出場で、昨日は専ら今期試験の受験者たち同士の試合だった。
 今から行われる本選二日目の第三試合目に私の試合は組み込まれ、私は土で覆われた地面と僅かに植えられた木々がある試合会場へと階段で下りた。円形のドームのような会場の上部には所狭しと観戦客がいて、天井は無く、その代わりに燦々と輝く太陽と青い空があった。
 
「今日一番の盛り上がりだな」

と、悪びれること無く審判の忍が言った。きっと彼としては嫌味でも何でもなく事実を述べただけだろうが、私には皮肉とも取れた。
 ただ立っているだけなのに吹き出してくる汗を拭いていると、蝉の鳴き声を掻き消すほどの声が観客席から聞こえてきた。しかし、投げられる声のほとんどが罵声やうちは一族を罵る心ない言葉だった。
 それらは連鎖し、まるで私に向けてうちは一族の罵言を吐くことで今から行われる試合を盛り上げ、私の対戦相手の勝利と共に〈悪しきうちは一族を倒す〉という一体感を生み出しているようだった。圧倒的な孤独感。審判の言う通り、今日一番……否、昨日から通して考えてみても観客の高揚感は最高に達していると思えたほどだ。私と私の家族を除いては。
 裏切り者、人殺し、棄権しろ、うちはなんて叩きのめせ。
 暴言は止まないし、三代目様や上層部はおろか、中忍試験の試験官ですら観客たちに注意喚起をするようなしぐさは見せない。

「ほら見ろ、お前の敗北を里のみんなが期待してんだよ!」

 幾夜ネザメ。
 本選最初で最後の私の対戦相手だ。昨日行われた本選初日で霧隠れの下忍と戦って勝利したためこれから私と対戦するわけだが、昨日の試合を見る限り相手を煽って激昂させ、冷静を失わせてから戦闘に臨むスタイルのようだ。

「どうした? 九尾を里に入れ込んだ人殺し一族ってのは本当だから言い返せないのか? 何とか言えよこの裏切り者!」

 ネザメは吠えたが私は黙ったままだった。悔しくない、腹が立たないと言えば嘘になるが、試合に関係ない会話をダラダラと続けるのは好きではなかった。それに激昂すれば相手の思う壺だから聞く耳持たたないのが良い、というのはアカデミーの頃にも習ったことだ。
 その上、私はうちは一族の潔白を信じている。だからこそ、目の前の相手やギャラリーたちから浴びせられる罵詈雑言はただ雑音としか捉えないように心がけた。
 お腹から何かが湧き上がって来そうな何かを押し込めて、言い返す代わりに瞳にチャクラを集中させ写輪眼を開眼させた。

「幾夜ネザメ対うちは○○、始め!」

 審判の試合開始の合図と同時に私は瞬身の術で相手に詰めより、瞬時に溜められるだけのチャクラを右拳に溜めて彼の鳩尾に叩き込んだ。
 咄嗟のことで受け身すら取れていなかった彼は勢い良く飛んで行き、会場の壁に激突した。試合開始から数秒も経たないうちの出来事に会場は水を打ったように静まり返り、壁への衝突音が残響している。

『やっと静かになった……』

 無意識に独り言を呟いていた。心からの本音だったせいか自分でも気が付かないうちに声に出していたようだ。
 そしてきゅっと口を結び、ポーチから三本のクナイとワイヤーを取り出して即座に連結させた。土煙と壁の細かな破片がパラパラと舞う中、私の赤い視界に小さな炎が映った。対戦相手の命の炎もといチャクラだ。
 やはりあの程度のチャクラを手に纏わせても一撃で失神というわけにはいかないか……と思い、構えたクナイとそれに結んだワイヤーにチャクラを通した。
 チャクラを通したことにより、ある程度クナイ投擲の正確性を確保した後、鳩尾を抑え壁に背中を預けている彼の頭上と頭部の両サイドを狙ってクナイを打つ。間髪入れずにクナイから伸びる三本のワイヤーを束ね、歯で咥えた。

(火遁龍火の術!)

 空いた両手で印を結び、体内チャクラを変化させて生み出した炎がチャクラを纏ったワイヤーを導線にして一直線に駆けていった。
 クナイが顔のすぐ横に刺さった恐怖により相手が怯んでいる間にも鋭火は勢いを増して彼に迫る。顔の上と左右の三方向に迫る炎を避けるにはしゃがむしかないが、後を引く初撃の鳩尾強打による痛みで一瞬動きが鈍る。その隙に分身の術を発動してもう一人の私が彼に肉薄し、しゃがめないように下から彼の首元にクナイを突きつけた。
 迫り来る炎からの逃げ道を塞げば死への恐怖で自ずと、

「やめてくれ! 負けた! オレの負けだから……!!」

――敗北を認める。
 私は審判を一瞥した後、分身の私が突き付けていたクナイでワイヤーを切る。弛んだそれは地面に落ちて土を焼いた。

「勝者、うちは○○!」

 審判が私の名前をコールする。
 私が対戦相手である幾夜ネザメに最初の一撃を与えてから静まり返っていた場内には今も静けさが続いていて、試合前のブーイングが嘘のようだった。
 私は分身の術を解いて控室に戻るため会場奥の竪穴式階段へ向かう。途中、強い視線を感じその方向へ顔を向けると、私の家族がいた。応援に来るとは聞いていたけれど、どこで観戦しているかまでは分からなかったのでその姿を確認できてホッとしたような安心感と、アカデミーの頃の授業参観日のような気恥ずかしさを覚えた。しかし、家族の姿を見つけたからといって手を振ることはしなかった。
 生死を賭けた試合で、勝ったからといって喜ぶことは私にはできなかったからだ。それに、うちは一族の差別が激しくなってきている今、わざわざ差別対象の居場所を教えることも無いだろう。
 観客席より下段に設けられた床と鉄製の手摺と柵しかない控室に戻ると、たった数分ぶりの私の仲間が「おかえり」と快く迎えてくれた。私が階段を上っている間に次の試合が始まったようで、他の受験者たちは挨拶を交わす私たちを一瞥してすぐに試合会場へと顔を戻した。何かを言いたげだったけれど特に何も言っては来なかった。

「お前に言いたいことあるんだけど、いい?」

 突然ササメが言った。
 私たちは柵の前に横一列になって試合観戦をしていたため、「どうしたの」と私が右を向くと二人の顔があった。一番右端にいるシュンはササメのいきなりの発言に驚きもせず、私を見ていた。発言したのはササメなのに。

「……オレたちはお前の勝利を期待してたし、望んでた。あの激弱野郎は里のみんなって言ってたけど、オレたちはちげーから」

 予想だにしてなかったことだったので私は何も言えなかった。

「コイツ、あのネザメっていう人が○○に言った言葉にすごい怒ってたんだよ。そんなの○○に言わなくても分かってるって言ったんだけど、ちゃんと言ってやるんだって聞かなくて……」
「お前だって矢羽音でとんでもねーこと言ってたじゃねえかよ! 聞こえてんだぞ」

 嬉しかった。じんわりと視界がぼやけ始めたので必死に堪えた。実際問題、試合前のあの罵声が降ってくる空気の中では本当に〈里のみんなが私の敗北を期待している〉のではないかと思えたほどだった。辛かった。だから黙らせようとした。瞬時に試合を終わらせようと策を練ったのだ。
 私は会場に視線を移し、試合を続ける二人を目で追った。ササメたちを見たら涙が止まらなくなる気がした。何よりも、私に向けて投げられた心ない言葉を私ではないササメたちが怒ってくれたことが嬉しくてたまらなかった。

『ありがとう、ササメ、シュン』

 私はこの二人が同じ班でよかった、と改めて感じた。里中にうちは一族嫌悪の空気が蔓延する中、彼ら二人は悪名を吹聴する噂なんて実は存在すらしていないのではないかと私が錯覚してしまうほど懇意にしてくれる。

「仲間なんだから当然だろ!」

 しかし、どうして二人は私に優しくしてくれるのだろう、と彼らの親切に疑問を抱いてしまう自分もいた。その疑問が喉から出かかった時、控室の外から審判の勝者コールが聞こえてきた。私はふと我に返る、シュンとササメに問いてみるのは今ではない。


「いいなー、○○とシュンはもう結果を待つだけか……」

 もうこの話は終わり、と区切るようにササメが話題を変えた。

「トーナメントじゃなくなったから、戦う回数が減ったのは楽でいいな」


 半年前の冬季中忍試験の結果、シード権を得た私たちは、試合を残すササメを除きあとは結果を待つだけとなった。
 冬季試験が開催されることが決まり実施された時、私たちのような冬季試験を勝ち進んだ下忍(暫定中忍)たちは夏季の本試験のトーナメントに組み込まれる筈だったが、各里から選出された暫定中忍と今回の夏季試験を勝ち抜いた下忍たちが出揃ったところで、トーナメント戦を行うには人数が多く、時間が掛かりすぎるとの判断がなされた。
 そのため、急遽トーナメント戦ではなく一人最多二試合を行うコンテスト形式に変更された。シード権を得ている私たちは規定通りだと試合を二回行わなければならないところを一回戦のみで良いなど優遇された。
 中忍試験とはまさに戦争の縮図。私たちは里の現在の保持戦力を他国に知らしめるために試合を行っているので、他国の里長や上層部に戦闘(戦力)を見せ付ければ良い。そのため、冬季試験受験者は暫定中忍という中忍への内定を得ていることを前提に戦闘を見せるだけで良く、一方、今夏の試験受験者は下忍から中忍への昇格を掛けた自己アピール場、と、本選に対する臨み方と各方からの求められ方が異なっている。
 そもそも、まだCランクとDランク任務しか請け負わせて貰えない下忍と、Bランク任務を遂行させるために作られた新階級〈暫定中忍〉として選出された下忍では経験も実力も差が生まれるのに、中忍選抜試験という名目上同等に対戦させようとするのは夏季試験受験者たちがあまりにも不利だ。そのため中忍昇格の判断基準が異なるのだろうが、あまりにも出来レースすぎる。
 おそらく、本選終了後は各里の里長に批難が殺到するだろうと思った。私たちには関係のないことだけれど。


「じゃ、オレも行ってくっかな!」

 ササメの順番が来たようで彼は肩を回しながら言った。

「三人で中忍になるぞ」

 シュンが言う。勝ってこいよ、という鼓舞の言葉だ。勿論私が試合会場に降りるときにも言われた言葉。

『いってらっしゃい』
「おう!」

 ササメの相手は冬季試験で勝ち残った私たちと同じ〈暫定中忍〉のくノ一だ。私たち三人の中で最初に試合に臨んだのはシュン、彼もこれまで培った忍術や彼の得意とする口寄せ忍法を駆使して見事勝利を収めた。
 三人で下忍になったのだから三人で中忍になろう、私たちの心は一つだった。
 きっとササメなら大丈夫――そう信じて私とシュンはササメを送り出した。




 中忍試験本選が無事に終了した一週間後、私たちカカシ班第一班は火影室に呼ばれた。火影室の前にはカカシ先輩がすでに到着していて、

(この人、時間通りに来れるじゃん!)

と、矢羽音を飛ばし合った。
 火影室を開けると部屋の最奥の机に山積みになった書類の隙間から三代目様が顔を出した。

「おお、よく来た」

 書類に向けていた視線を私たちに移し、三代目様は腰を上げられた。私たちは横一列に並び会釈をする。

「先の選抜試験で君たちは中忍として申し分ない実力を持っていると判断された。これからも各々の持つ力を伸ばすために精進しなさい」

 言葉は火影から昇格を言い渡す、という形式ばってはいたけれど口調は柔らかく、三代目様からの心からの祝福であると感じられた。朗らかな笑みを浮かべられて、私たち一人ひとりに深緑色のベストを手渡してくれた。
 カカシ先輩が着ているベストと同じものだ。中忍から着ることが許され、支給されるこのベストは一種のステータスであり、下忍たちの憧れでもあった。

 その時は私たちは三人で中忍に昇格できたことが嬉しくて、ベストを着込み見せ合い、数日間はベストを着用して任務に当たったが、ササメやシュンは自前の服の方が仕込み武器や暗器を隠しやすいという理由で段々と着用しなくなった。私はというと、彼ら二人のように自前の服の方が便利だというわけではないけれど、このベストで一番利便性が良いとされている胸部の巻物ポーチ(数本の巻物をストックできる)ですら、巻物を使う術を発動することが少ない私にとってあまり必要性が無い上に、身軽な方が楽、という理由で一時着用しなくなった。



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再執筆:2016/02/17
追記:2016/02/19、2016/05/06
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