小説 | ナノ


  17:暗部


 シュンが印を結び地面に手を押し付けると、その場で煙が舞い上がりその煙幕の中から一匹の猫が現れた。

「これが基本の口寄せの術。契約している生き物を時空間忍術で呼び出すんだ。印は亥戌酉申未。伝説の三忍である自来也様なんかは大きな蛙を口寄せするらしいけど、それには大量のチャクラを使うんだ。オレはまだそんなに大きな生き物たちを呼び出すチャクラを持ってないから、数を契約してる」

 シュンが言う。彼に口寄せされた黒と白のブチ模様の猫は伸びをして、呼び出した主人の顔を伺っていたが、特に用件も依頼も無いと分かると陽だまりを見つけてスタスタと歩いていった。

「この前より増えたのかー?」

 この前――中忍試験本選に向けてシュンは口寄せの術を体得した。元々武器の口寄せは下忍の頃から修得していたが、動物となるとそれなりに力を付けてからじゃないと、口寄せ動物たちから見くびられてしまう危険性があるのだという。夏の試験では試合開始直後に虎を口寄せして、会場を湧かせたのは記憶に新しい。その頃の契約動物は五種類と聞いていたけれど……。

「ああ、今は十二種類だよ。アイツが新入り」
「すげえな、一人で動物園開けんじゃん」
『……確かに!』
「十二匹もいっぺんに口寄せしたらチャクラ切れでオレが死ぬ」

 シュンを筆頭に十二匹の口寄せ動物たちが列をなしていたら、それこそ歩く動物園だと思ってしまいササメの指摘の的確さに失笑した。

「よっしゃ、早速やろうぜ!」

 里の中心街から離れた森にササメの声が響く。数羽の小鳥が彼の大声に驚いて飛び去った。
 班を組んでから私たちは自分たちで修行という名の講習会を開いていて、班内だけで通用する矢羽音を修得したり、フォーメーションを決めたり、ハンドシグナルを決めたり、はたまた術の教え合いをしたりと中々に充実した時間を送っている。
 今回の講習会(修行)の題目として選ばれたのは、〈口寄せの術〉。口寄せ忍法が得意なシュンを講師に見立てて行われる。
と言うのも、今日、カカシ先輩は個別で任務に駆りだされ、私たち第一班は休暇を言い渡された。スリーマンセルなので私たち三人だけでもCランク以下の任務なら遂行できると抗議したけれど、やはり班を組んでいる以上、上忍には監督責任義務が生じるらしく、上忍不在の私たちの意見は聞き入れてもらえなかった。その上、他の特別上忍たちも自分たちの班の監督や他の任務に駆り出されていて、私たちの任務に同行する余裕なんて無いのだそうだ。

「契約する生き物の目星は付いてるの?」
「オレはオレん家で飼ってる熊! この前子熊が産まれたんだ。○○は?」
『私? えっとね……』

 口寄せの術を発動させるのは、まず口寄せする動物や生き物との契約を結ばなければならない。今日の講習会はその動物や生き物を探すことから始まった。しかし、口寄せの術を修行すると決まった時から私の中で契約する生物は決まっている。

『カラスかな。私たち、近距離の情報伝達には矢羽音があるけど遠すぎると矢羽音使えないじゃない? だから空を飛べて頭が良いカラスにしようかなって』

 私が選んだのは忍カラスの雛。まだ小さくて尾が二股に分かれているように見えるのが特徴的な雛鳥だ。二人は意外だと驚いていたけれど、私としてはイタチから教えてもらった烏分身の術や丸太の代わりに烏を使う変わり身の術を修得していることもあって、カラスは身近な存在だった。
 雛の時から使役するのは、幼いうちから口寄せ動物と契約をしておくことによって信頼関係や主従関係が構築され易くなるという理由から。〈一人動物園〉の異名を持つシュンが言うのだから間違いないだろう。
 私は雛鴉を、ササメは子熊と契約を結び、早速口寄せの術の修行に取り掛かった。



 明日は任務があるので修行もそこそこに、夕飯の前には帰宅した。
 いつもならこの時間はイタチとサスケが遊んでいる声が玄関からでも聞こえてくるはずなのに、今日はやけに静かだった。
 居間に流れる重苦しい空気、サスケが遊んでいる音の鳴るおもちゃが「プピー」と抵抗を見せるが再び静寂に消えていく。どこかサスケも悲しげだった。

「姉ェ、おかえり!」
『ただいまサスケ。今日は兄ィと遊んでないの?』
「うん……」

 足に抱きついてきた弟の頭を撫でながら辺りを見渡した。イタチの気配はするのに姿が見えない。もしかしたらまだ任務から帰ってきてないのかな、と思い、

『お母さん、イタチは? まだ帰ってきてないの?』

と、夕飯を作っているお母さんに問うと「違うのよ」と静かに諭された。
 昨日イタチから聞いた話によれば、イタチとイタチの下忍チームは今日、毎年の恒例となっている火の国の大名の訪里公務における道中警護を任されていた。火の国の大名が木ノ葉の里を訪れる重要な行事だが、第三次忍界大戦後のそれについては道中警護をその年で一番優秀だった下忍チームに任せる取り決めとなっていたらしい。
 勿論、毎年の恒例行事なので私たちが下忍の時も大名が訪里することは知っていたけれど、私たちは下忍に昇格してから半年後に暫定中忍になったので、大名訪里時に下忍在籍チームとは言いがたく、遂にその任務を言い渡されることも無いまま中忍になってしまった。何より、もし私たちがまだ下忍だったとしても任されていたかどうかは分からないけれど。

「非常事態が起きて大名の訪問は延期されたらしいわ」
『非常事態?』
「ええ。奇襲に遭って……イタチは、その……仲間を……」
『イタチは無事なの!?』

 お母さんの言葉を遮って大声を上げた私にお母さんもサスケも驚いたようで、サスケは目を見開いて今にも泣きそうな顔をしていた。

「イタチは無傷で帰ってきたけど……」
『なんだぁ……よかった……』

 その一言で安堵し、私は泣きじゃっくりを上げ始めたサスケを抱きしめあやした。
 
 大名を警護中、何者かに奇襲を受けイタチの班員である一人の下忍が殺された――お母さんは暗部に寄り添われて帰宅したイタチを出迎えた時、暗部の口からそう説明されたのだという。イタチは何も言わず自室に篭もり今もなお塞ぎこんでいるみたいだ。
 私はサスケを子ども用の椅子に座らせて、立ち上がった。私を目で追う弟を撫でて、食卓と寝室を隔てる襖を少し開けた。
 真っ暗な部屋の床に布団が山のように盛り上がっていた。いつかの自分を見ているようだと思った。

『イタチ、大丈夫?』

 返事は無い。

『もうすぐご飯になるよ』
「……いらない」

 震えた声。一人にしてくれ、と懇願する声にも聞こえた。
 私は何も言わず襖を閉めた。こういう時は放っておいて貰えるほうが助かる、というのは経験から分かった。
 問いかけるような視線を向けるお母さんに私は無言のまま首を横に振る。お母さんも何も言わず眉を下げて火を掛けたままのコンロに向き合った。
 よいしょ、と座卓の私の定位置に腰を下ろす。

「姉ェ、兄ィは?」
『兄さんはちょっと体調が悪いから……一人にしてあげようね』
「……うん、わかった!」

 静かな食卓にサスケの元気な声が響く。そして、子ども用のフォークを持ってお母さんが席に着くのを待っていた。
 先程までは一人で寂しかったのか、今ではいつも通りの明るいサスケが戻ってきて身振り手振りをしながら必死に話し始めた。うんうん、と頷きながら聞いていると彼もまた笑顔で覚えたばかりの言葉を紡いでくれる。
 
「きょうね、おれね、しゅりけんなげたの」
『ほんとに!? すごいね、サスケは。あ、でもねぇ……手裏剣は〈投げる〉じゃなくて〈打つ〉って言うんだよ』
「うつ?」
『そう。だから今日サスケは手裏剣を打ったの』
「うった!」

 満面の笑みを浮かべたり、さも不思議そうな顔をしたり、喜々として目を輝かせたりと表情が次々に変わるサスケが愛おしかった。
 間もなくしてお母さんが卓袱台の上に出来立ての料理を盛った大皿を置いた。
 お父さんとイタチがいない食卓は広かった。

『今日、お父さん遅いの?』
「仕事が長引くかもしれないとは言っていたけど、そんなに遅くはないはずよ」

 お母さんはサスケの世話をしながらしきりに開く気配のない襖を見ていた。やはりまだイタチが心配なのだ。やっと私の襲撃騒動が落ち着いてきた矢先の出来事だったから、お母さんの心は休まっていないのだろう。




 大名襲撃事件から三日後、任務が終わりササメとシュンが帰路に着く中、私はカカシ先輩に連れられて火影室に向かった。どうやら三代目様が私に話があるとのことだった。

「お前のベスト姿も中々に板についてきたな」

 雑談と世間話の合間に先輩が何気なしに言った。

『ほんとですか? 木ノ葉の忍っぽく見えます?』
「見える見える。ま、もともと木ノ葉の忍だけどな」
『へへへ、そうでした』

 五人の忍に襲撃されてから、私はこれまでの忍装束の上から中忍に昇格した際に支給されたベストを着るようにした。支給されてすぐはシュンとササメも着ていたけれど、今では着用しなくなってしまったそれ。
 〈うちは一族の者〉ではなく〈木ノ葉の忍〉だと思わせることができるように、あの時のような失態を繰り返さないためにも、うちは一族の家紋を隠すことにした。あまり意味が無いかもしれないけど、この前のようなうちは一族の者は有無を言わさず攻撃・差別対象だと考え、即行動に移すような短絡的思考を持つ人々の目を眩ませることができれば十分だった。

 そんな雑談をしているうちに火影室に辿り着いた。
 ノックをして名乗る。

「おお、来たか。カカシも。ご苦労、……ああ、下がらんでもよい」

 火の国の大名訪問公務が流れたことによる後始末と仕事に追われているのか、火影様のお顔は少しやつれているように見えた。

「うちは○○、お前も先日の大名警護任務の件は知っておるじゃろう。下忍班の他に先鋭部隊、そして暗部がついていながらのあのザマじゃ。そこで、今回の件を受けてワシは暗部に新部隊を編成しようと思っての。それを君にどうかと思って、今日は呼び出したのじゃ」
『新部隊……ですか……?』
「うむ。暗部医療部隊。医療忍術のスペシャリストでありながら暗部として任務に当たってもらいたい。……というのも、今まで暗部の任務には危険が伴うというのに医療忍者がおらんかった。その上、医療忍者にしかできない任務だってある。例えば軍医としての派遣要請や人命救助などじゃな。勿論危険がつきまとうから戦闘力も無くてはならん。そのために暗部の新部隊を設立する必要があると考えた。後方支援に準ずる医療忍者と同等またはそれ以上の医療忍術の実力を持ちながら暗部としてやっていけるほどの戦闘力を持つ……君にはその素質があると判断したのじゃ、うちは○○」

 思いもよらない事だったので私は三代目様の言葉を何度も頭の中で復唱した。火影直属の任務遂行集団〈暗殺戦術特殊部隊〉、通称暗部――優秀な忍が性別年齢問わず任命されるという特殊部隊に私が指名されたのだ。とてもじゃないけど、現実味が湧かなかった。
 とても名誉あることだ、それだけは分かる。しかし不安もあった。医療部隊新編成という名目で今回私はお声を掛けていただいたわけだが、私の医療忍術の腕が暗部で通用するとも思えないし、それこそ応急処置や軽度の術しか施術できない。その上、医療チャクラを練ることさえも難しいと感じてしまう時すら現段階ではある。
 私なんかに暗部の医療部隊が務まるのだろうか、それだけが気がかりだった。

『……お、お言葉ですが、私はまだ暗部で発揮できるほどの医療忍術の腕は持ちあわせておりません』

 この一言を言ってしまえば、折角の三代目様からのお誘いが無くなってしまうかもしれないと思った。言うか言うまいか最後まで悩み、なかなか喉から先に出なかったが、やはり嘘をつくことはできなかった。
 謙虚でいたいわけではないけれど、三代目様のお誘いを何の躊躇いもなくお受けするのは私自身が自分を過大評価しているようで嫌だった。

「ああ、君にはまず医療忍術の腕を上げてもらう必要がある。ゆえに医療班で医療の知識と術を身につけてもらってから、頃合いを見て暗部に編入させる。今すぐに暗部に入れと言うわけではない。……そうじゃな、今結成している中忍班と医療班を掛け持ちしてもらうことになるじゃろう。医療忍術だけ突出しても暗部ではやっていけんからな」

 医療班で医療忍術の腕を上げながら、今までの班で戦闘面の腕を上げる。つまりはそういうことだろう。

「君には武力と医術を両立できる力があるとワシは考えておる。これは他の忍にはなかなか持ち得ない能力でな。それこそ、戦闘能力が高いうちは一族の君だからこそだとも言える」

 私が暗部や医療班で名を上げることができれば、裏切り者の人殺し一族といううちはの悪いレッテルは徐々に改善されていくかもしれない。――そんな一族と里の共存の道が見えた気がした。
 そして、この間の襲撃事件から痛感していた私の医療忍術の力不足もおそらく改善される。ゆくゆくはそれこそ医療スペシャリストと暗部を両立させ、私の決意でもある、どんなものからも大切なものを守るための力を得ることができるだろう。

「さて、そろそろ返事を聞かせてもらえるかな」

 三代目様は緩めていた目元を正し、まっすぐに私を見据えている。

『謹んでお受け致します』

 私がそう言うと、火影様のシワだらけの顔にまたシワが増えた。

「……異論は無いな、カカシよ」
「元よりありませんよ、そんなの」




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2016/03/19
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