小説 | ナノ


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「Hello! ヒーローが遊びに来たんだぞー!」

 玄関の戸をノックしない上にインターホンも鳴らさない来訪者だが、誰か来たのかはすぐに分かるのは彼しかいないだろう。
 居間の炬燵でお茶を飲んでいたらしい菊さんが咳き込みながら出迎えに急ぐ足音が聞こえる。私は閉めきった台所の引き戸を開けて、割烹着のままひょっこりと顔を覗かせていると、

「○○、花瓶を用意してください」

と、菊さんが言ったので私は押入れから大きくて丸い花瓶を引っ張り出して水を張った。
 玄関で菊さんが抱えていた大きな花束は色とりどりで統一性なんてものは無いように思えたけれど、冬仕様の室内にとても映えそうだと思った。

『どうしたんですか、この花束……』
「アルフレッドさんからいただいたんですよ。私の誕生日を覚えてくださっていたようで」
「そうだぞ、何て言ったってヒーローだからな! 友達の誕生日を覚えるなんて造作も無いんだぞ! ……ちょっと遅れちゃったけどね」

 やはりお客さんはアメリカさん――アルフレッドさんだったようで、土足で家に上がろうとして菊さんに額を小突かれていた。

「……ああ、そうだ。アルフレッドさん。今日は○○はちょっと忙しいので席を外すことが多いですが、ご了承くださいね」
「ん? そうなのかい。ちょっと寂しいけど我慢するぞ!」

 私はアルフレッドさんを客間に通そうとしたけれど、彼は首を横に振って居間に向かっていった。彼曰く、「KOTATSUがいい!」だそうだ。客間に炬燵は勿論無い。

『アルフレッドさん。私はここからちょっと席を外しますがごゆっくり……』

 再び私は台所へと消える。戸には「男子禁制」の貼り紙もしてある。
 急な来客だったので、鍋もまな板も材料も出しっぱなしだ。やり途中だった材料の分量を終わらせてやっと調理に取り掛かる。
 水の入った鍋を火に掛けながら、買ってきた板チョコを細かく斬り刻む。すると閉めきっていたはずの台所の戸が開いた。

「ワオ、何をしてるんだい!?」
『え、ちょ、なんで入ってきてるんですか! 貼り紙ありましたよね』
「貼り紙? 俺はアメリカ人だから漢字は読めないんだぞ! ところで何をしているんだい?」

 入ってきちゃだめって書いてあるんですよ! と、言ってもお構い無しでアルフレッドさんは台所にずかずか入ってきて、私を覗き込む。

「チョコレートを切ってるのかい、なら俺も手伝うよ!」
『え、いいですって』
「それはどっちの意味だい? 日本語は曖昧だからよく分からないんだぞ!」

 私は台所で調理するために踏み台に乗っているのにもかかわらず、アルフレッドさんはそんな私よりも大きくて後ろから私の手と一緒に包丁の柄を握ると、豪快にまな板の上の板チョコに振り下ろした。
 まな板もチョコと一緒に切れるのでは無かろうかと思えるほどの力を目の当たりにし、ふと自分の左手を見る。……よかった、切れてない。

『あ、あの……アルフレッドさん……』
「遠慮はしなくていいんだぞ! あ、チョコは溶かすのかい? バーナーは用意したかい?」
『チョコは溶かしますけど湯煎するので、バーナーは使わないんですが……いや、それよりも……』

 辛うじて壊れていないまな板の上にチョコレートの不格好な欠片が増える。
 アルフレッドさんの親切はありがたいけれど、今日は楽しいクッキング教室の日ではなく、我が国では女子が男子に愛の形としてチョコレートを始めとしたお菓子をプレゼントする、バレンタイン――製菓会社の販売戦略にうまいこと踊らされている本来のバレンタインとは異なるが独自の文化として定着してしまった日――だ。
 一応私も菊さんの家に住む一住人として、その文化を享受しており例に倣っている。
 だからこそ今日の台所は、男子禁制なのだ。

「ケーキをつくるんだったらオレンジカラーにしようよ! いいと思うよ、蛍光オレンジ!」
『それは嫌です』
「ええっ、どうしてだい!」
『それからアルフレッドさん、今日の台所は男子禁制なので……』
「男子禁制……? women onlyってことかい?」

 そんな悲しいこと言わないでくれよ、とアルフレッドさんは私の頭の上に顎を乗っけた。欧米人のスキンシップについていけない私は自分で分かるほど顔が熱くなった。

「それとも○○はオレと一緒にクッキングするのが嫌なのかい?」
『そ、そういうわけじゃないんですけど……今日は、あの……』
「いいのかい? 本当に嫌なら止めちゃうぞ?」

 アルフレッドさんは包丁をまな板の上に置いて、私からすっと離れた。私は振り返って伏し目がちに彼を見る。彼の青い目が先程の言葉を訴えているようで私は狼狽えた。
 彼は私が断れないと思っている。だから強気な態度で出る。

『……Nothing doing!(ほんとに嫌です!)』

 アルフレッドさんには悪いけど、今日はこちらも強気でいかせてもらおう。

「えっ……」

 予想していなかった返答なのか今度はアルフレッドさんが狼狽えた。モゴモゴと口の中で私の言った言葉らしきものを復唱しているように見える。その度にまるでアニメのように肩を落としていく彼は全身で感情を表現しているようで面白かった。

「そうかい……邪魔して悪かったよ……。ち、ちなみにだけど、その、nothing doingってのはどこで覚えたんだい?」

 トボトボと肩をすぼめて台所を出て行くアルフレッドさんに、

『アーサーさんです』

と、答えると「イギリスあの野郎!」と言い残して台所の扉を閉めていった。
 悪いことしてしまったかな、と罪悪感に襲われたが今日はバレンタインデーであり、そもそも漢字を読めないにしても台所に入ってきてしまったアルフレッドさんがいけないんだ、と自分の正当性を確認して私は再度調理に取り掛かる。



 オーブンから甘い匂いが漂ってきてひとまず安心した。出来立てのフォンダンショコラをお皿に乗せて炬燵でくつろいでいるであろう菊さんとアルフレッドさんに持っていく。

「○○、さっきは悪かったよ……菊に聞いたんだ、今日は日本ではバレンタインデーなんだってね、俺は時差でまだだと思っていたよ……」
『私こそ追い出すような真似をしてしまってごめんなさい』

 お口にあえば良いのですが、とお皿を差し出すと思い出したようにアルフレッドさんが自分のリュックサックを引き寄せて、ゴソゴソと中から何かを取り出した。

「俺の家ではバレンタインは大体ボーイから贈るんだぞ。だからこれは○○の分だ、よかったら受け取ってくれないかい」

 そう言ってアルフレッドさんは私にピンク色の袋にラッピングされたプレゼントをくれた。開けていいかと目で訴えると、

「ぜひ開けてくれ。喜んでくれるといいな」

と、笑ってくれた。
 お言葉に甘えてプレゼントを開けてみると、中にはテディベアが入っていた。

「俺のとこではどこの家庭にも一体はあるっていう有名な会社のなんだ。キュートだろう?」
『とても可愛いです、ありがとうございます! 大事にしますね』
「ああ、ぜひ可愛がってやってくれ」

 アルフレッドさんはその後に何かを続けていったが何を言ったのかは聞き取れなかった。どうやら彼の国の言葉らしく、首を傾げる私に彼は「俺も君からのバレンタインをいただくことにするよ」と言ってフォークを持った。



***
ぜひ可愛がってやってくれ、like me(俺だと思って)。


出典:DROOM
(バレンタイン+「いいのか?本当に嫌なら止めちゃうぞ」「本当に嫌」TOY様)

2016/02/24


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