小説 | ナノ


  13:中忍試験(中)


 次の日、私たちは第一の試験終了時に試験官から言い渡された第二の試験会場へと向かった。――第四十四演習場、通称〈死の森〉。そんな喜ばしくない別称を持つ大きな森が今回の試験会場だ。
 今はまだ太陽が天高く昇っているがあと二三時間もすれば辺りは真っ暗になる。冬の日没は早い。

「ここからは死人も出る。同意書にサインしたら後ろの小屋まで持ってくるように」

 試験官の人はそう言って受験者たちに同意書を配った。たった一枚の紙は「死人も出る」という言葉で脅されるよりも今から私たちが自らの命を危険に晒すことを物語っているようで、私は息を呑んだ。

「冬の森でサバイバルか……しかも巻物争奪戦と来た、これまでのどの任務よりも難しそうだ」

 シュンが言う。
 よいしょ、と立ち上がったシュンを筆頭に私たちは各々の名前を書いた同意書を持って簡易小屋に向かった。小屋というよりも簡易テントと言った方がしっくりくるような、木製の屋根とそれを支える柱に黒いカーテンが取り付けられただけの中には二人の試験官がいた。

「同意書を」

 三枚の同意書をシュンが試験官に渡す。試験官は同意書に書かれている名前と私たちの名前が一致していることを確認した後、黙って一巻の巻物を差し出した。

(○○が受け取れ) 

 ササメの矢羽音。
 私は差し出された〈地〉と書かれた黒い巻物を受け取り、ウエストポーチの奥に仕舞い込んだ。

 中忍試験第二の試験は巻物を二巻揃えて、この演習場の真ん中に聳え立つ塔まで持っていくことが突破条件だ。私たちは揃えるべき巻物の片割れである〈地〉の巻物をさきほど渡されたため、他の班から〈天〉の巻物を奪取しなければならない。

「ここにしようぜ」

 やる気に満ちているササメは意気揚々と入口ゲートを決め、私たちは十と書かれたゲートの前で待機した。
 厳しい冬の寒さの中、しかも森の中で長時間過ごすのはそれこそ命取りになる。今後の試験のためにもなるべく早く巻物を揃え、人食い猛獣や毒虫がいる森よりは安全だと思われるゴール地点の塔に向かう必要があった。

(思ったけど、やっぱりダミーをぶら下げて塔に向かうのが一番いいかも)

 私が二人に矢羽音を飛ばした。
 するとシュンはポーチの中からいくつかの巻物を取り出し、一番見た目が地の巻物に似ているものを選んで、表面に携帯筆で〈地〉と書いた。

「こんなかんじ?」
「お、いいね!」

 墨が乾いたダミーは私が持つ本物の巻物と見比べてやっと違いが分かるくらいに実物と遜色なく、もし比べる対象が無くこの巻物のみを渡されればあっさりと本物だと信じてしまうほどの出来だった。勿論、本物の巻物をこれ見よがしにぶら下げて、奪って下さいと言わんばかりに存在を知らしめながら森を歩いている――なんて、真に受ける人はそうそういないと思っているけども。
 何にせよ、私たちが地の巻物を持っていることを主張できさえすればいいのだ。

(今まで通り本物は○○が持ってろ。ダミーはオレが持つ。いいな、シュン)
(ああ、いいよ。でもちゃんとお前が本物を持っているように演技するんだぞ)

「わーってるって!」

 私は本物の巻物を先ほど試験官から渡された時のようにポーチの奥に仕舞い、ササメはポーチのベルトとダミーの巻物を紐で結びつけてズボンのポケットに差し込んだ。わざとマチの浅いポケットに入れ半分ほど巻物が見えるようにしている。
 「これでいいか」と問うササメに私とシュンは握った右手の親指を突き立てた。

「そろそろだな」

 私たちの前に立ちはだかる仏頂面のゲート担当忍が南京錠を外し、腕時計を見た。そして間もなく彼は私たちに道を開けるように大きく一歩横に移動した。

「……死ぬんじゃねーぞ、ルーキー」

 すれ違い様に横から聞こえてきた優しい声に見送られて私たちは死の森に足を踏み入れた。
 
 私たちは闇雲に巻物を持つ敵を見つけることはせず、食べられそうな果実をもぎ、流水を汲みながらただひたすらにゴール地点である塔へ向かう。
 冬季の森はあまり収穫がない。木々は葉を落とし果実をその身に実らせているのはごくわずかの種類だけだ。しかしこの森に巣食う毒虫や毒蛇、獰猛な猛獣たちのほとんどは冬眠に入っているため、それらの危険性が無くなることで幾分行動が楽だとも考えられる。まさに一長一短だ。
 しばらく歩いていると、左から樹の幹を蹴る音がした。木々の間を飛び移るときの忍特有の音だ。

「さっそく来たかな」
『そうみたい』
 
 シュンが辺りを見渡してからクナイを背後の木に向って打つ。狙った通りの木に空を切りながら飛んでいったそれはコツという心地良い音を鳴らし、幹に刺さった。
 彼はポーチからすぐさま次のクナイを取り出し構える。彼の持つクナイの取手には黒墨で口寄せ式が書かれた札が巻きつけられており、先程のものも同じものだ。
 すると、

「危機察知能力は高いんだな」

と、声が降ってきた。聞き覚えのある声だ。
 シュンが持っていたクナイを打った。先程の木とは右に大きく離れた背の高い木に刺さる。

「当たってねーぞチビ助ェ! クナイはちゃんと敵を見据えて投げるもんだぜ」

 耳に付く意地悪な笑い声を上げながら私たちの眼前に降り立ったのは、昨日の志願書提出のときにアカデミーで絡んできた質の悪い先輩たちだった。彼らは相も変わらず私たちを見下すような視線のまま、口を歪ませていてとても不愉快だ。

「オレたち丁度、地の巻物が欲しいと思ってたんだ。まさかお前たちが持っているとは思わなくてさ、ラッキーだったぜ」
「尻尾みたいにフリフリしちゃって。巻物は飾りじゃないのよ」

 女の人の声は初めて聞いた。やたら露出の多い服を着ていて、森に着てくる服でもなければ忍装束としても相応しくないと思ったのが第一印象だ。その人は二人の男の先輩に「アンタたちもあんまりかわいい後輩を苛めないの!」と窘めるが、私たちに年上の余裕を見せつけてくるようで腹立たしいことには変わりない。

「でもなあ、これはサバイバルだからなあ!」

 最後は叫ぶように言って背の高い男の先輩はササメに回し蹴りを仕掛けた。ササメは咄嗟に腕でガードをしたが勢いを殺すことはできず、数メートル離れた大木まで飛ばされ背中を打ち付けた。

『ササメ!』
「わりーわりー、痛かったか?」

 ごめんなー、と心にもない言葉を発した先輩は未だ動かないでいるササメを見たがすぐに眉を顰め唇を噛んだ。

「代わり身だと!? ちょこざいな!!」

 大木に衝突したササメはそこにはいない。あるのは変わり身の小さい丸太だけだ。間髪入れずにその丸太に向ってクナイが投げられる。シュンだ。

(左にいる奴をもう三メートルほど右に!)

 不意に飛んできた矢羽音を受け取り私はターゲットに焦点を当てる。
 私は写輪眼を開眼させ、ササメを蹴った人ではないもう一人の男の先輩に殴りかかった。十二、三歳ぐらいだと思われる先輩は骨太で適度に筋肉と脂肪がある。体躯の差は大きなハンデだったが体術で真っ向勝負を挑もうなんて思っていないので、殴り、防がれ、蹴り、カウンターを躱し、受け流す。写輪眼によって次の攻撃を読むことなど容易にでき、彼もまた馬鹿正直に私の体術攻撃に乗ってくれたのも幸いした。
 シュンの矢羽音通り、攻撃を繰り出しながらターゲットを右側に移動させると、

「おらよ!」

と、上方で声がした。刹那、私の横を砲丸のようなものが過る。私は体勢を低くして衝撃に備えた。間を置かずして、先輩たちがいる背後で爆発が起き辺りは爆音と爆風、土煙に包まれた。――ササメが投げた爆弾だ。

「望月一族は爆弾製造も得意なんスよ」
「当たんなきゃ意味ねーって言っただろ、クソガキ!」

 視界が晴れ、予想だにしない攻撃を受けて煩く吠える先輩たちから私は数歩離れ、こっそりポーチから取り出した白い巻物をこれ見よがしに振って見せた。

『先輩方、駄目じゃないですか。何が起きても密書は死守しないと……』

 私がそう言うと、女の先輩が「うそ!?」と悲鳴に似た声を上げた。そして腰のポーチを確認しようと手を伸ばす。
 
(あの人が巻物を持っているのか!)

 彼らの慌てようと女の先輩を批難する言葉からすると、〈本物の天の巻物〉持っているのはあの女の先輩のようだ。彼らが混乱し始める。鎌掛けの目的は彼らのペースを乱すことだったので実際は誰が持っていようが構わなかったが、探す手間が省けたのは良かった。
私の手に持っているのは勿論、ダミー。天という文字すら書かれていないメモ用として持って来た表面が白いだけの巻物だが、あの爆風の中で盗み取ったと思わせることができればよかったのだ。そして彼らはペースを乱すどころか本物の巻物の所持者までも教えてくれた。
 女の先輩がポーチに手を掛けたところでシュンが印を結び術を発動させた。はじめに投げたクナイ、二番目に投げたクナイ、そしてササメの変わり身用の丸太に投げた三本目のクナイ――この三本のクナイによって形成された三角形の各頂点から無数の手裏剣やクナイ、千本といった暗器が口寄せ札によって口寄せされ、横殴りの雨のように先輩たちに襲いかかる。
 ポーチに手を伸ばしかけていた女の先輩はその手を右足に装着している手裏剣ホルスターに移動させ、クナイを持ち、飛んでくる暗器の勢いを殺し払い落としている。他の二人も同様だ。巻物を確認する暇など与えない。
 

『火遁豪火球の術!』

 シュンが発動させた暗器の雨が降り止んだのを見計らって私は瞬時に印を結び、豪火球を吹き出した。
 先輩たちは乱れる呼吸もそのままに後ろに飛ぶ。しかし彼らが気付いた時にはもう遅かった。彼らが着地すべき地面はなく、彼らは私たちの視界から消えた。中々に深い穴に落下したのだ。
 抉られたように地面にぽっかりと開いた穴はササメが先ほど投げた爆弾によって作られたもので、一連の動作は全てこの穴に先輩たちを落とすための前準備にすぎなかった。

「ありがとうございます先輩方。またお会いできて光栄でした」

 シュンが皮肉交じりに言う。
 昨日や先ほどとは異なり、今度は私たちが穴の中に無様に落ちている先輩たちを見下した。驚くほど清々しい気持ちだったのはきっとササメもシュンも同じだろう。
 先輩たちは私たちを見上げた。分かっていた。彼らは絶対に私たちを見上げる。その時を待っていた――そして今が絶好の時。
 最後の仕上げだと思って印を結び彼らと目を合わせた。
 一定時間催眠状態に陥らせる瞳術。幻術の一種だが写輪眼の瞳術によるものなので幻術返しが同じ写輪眼の持ち主しか通用しない術だ。
 彼らは足から崩れるように穴の中に横たわった。動かなくなったのを確認してササメがその穴の中に飛び降りる。

「……あったあった」

 よいしょ、と足の裏にチャクラを溜めて穴を登り上がってきたササメの手には白い天の巻物があった。

「やっぱ女の人が持ってた」

 ササメは先輩たちから奪った白い巻物をシュンに渡し、用済みになったダミーの巻物をポケットの奥に押し込む。
 あとはゴールの塔に向かうだけだ。


 私たちが塔に到着したのは第二の試験二日目の朝だった。
 日没が早い冬季、日照時間が短い中ただでさえ太陽の光が届く場所の少ない森(演習場)の中を仕掛けられている罠や潜んでいる敵をうまく避けて進むのは危険だと判断し、一日目の夜は突破することをやめて野宿をした。
 豪火球の術で焼いた石をカイロのようにして暖を取りながら、辿り着いた塔の扉に手を掛けた。扉上部に貼られていた開と書かれた札が破れるのと同時にギィという金属の錆びついた音が鳴り、扉が開く。
 石のタイルが敷き詰められた床のエントランス。人の気配は無いが、室温は外部より断然温かい。

「もう巻物開いていいんだよな」

 オレたちもうゴールしたし、とササメが言ったので私とシュンはポーチから揃えた天地の巻物を取り出し開封した。
 紙面に墨字で書かれてある術式をシュンがすぐさま口寄せ術のものだと勘付き、彼に言われるまま巻物を放ると、白煙を吹き出した巻物から一人の忍が口寄せされた。
 その人物の正体はシュンやササメのアカデミーの頃の担任の先生だったらしく、その人は現状理解に苦しむ私たちに第二の試験突破の通知を言い渡した。

「なんで先生がここにいんの?」
「第二の試験の通過者を出迎える伝令役として中忍が任されていてな、お前たちの担当をオレが買って出たんだ。……そうそう、うちは○○。コゴロウ先生から言伝を預かっているよ」

 私は言い渡された「通過おめでとう」という言葉によってやっと第二の試験の合格を実感できた気がした。きっとササメやシュンも同じだろう。緊張の糸が切れたように私たちは揃って大きな溜息を漏らした。
 やっと終わった、やっと生死をかけたサバイバル戦から解放された、とホッとしたのと同時に案外あっさり通過できてしまったことに驚いた。
 それから大きな毛布を渡され、私たちはそれに包まりながらストーブが置いてある合格者待機ホールへと案内された。
 毛布に包まってホールへ向かった私たちを出迎えた第二の試験・試験官は報告部隊から報告された私たちの試験突破時間に目を丸くした後、

「いやー、さすが特例卒業のルーキーだな。まさか二十四時間以内に到着するなんて……」

と、笑いながら言った。
 十六時間二十五分。それが私たちが第二試験突破に掛かった時間らしい。早いのか遅いのかそれとも平均的なのかは分からないが、試験官たちの反応から見て、早い方なのだろう。

「しかも結構元気そうじゃねーか。通過者の大抵のやつは疲労困憊のボロボロの状態で来るんだがなあ……」
「オレたち良い子だから夜はちゃんと寝たんで!」

 そう言ったササメの言葉に試験官を始め集まっていた人たちは揃いも揃って、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後、声を上げて笑い出した。馬鹿にしたような嘲笑ではなかった。

「もしこの試験が夏だったら、もうちょっと時間を縮められたと思うか?」

 そんな試験官の質問に、シュンが少し考えてから

「……おそらく夜は越さなかったかもしれません」

と、答える。
 試験官は強がりでも粋がりでもないシュンの返答に

「そりゃあ、木ノ葉歴代で最短記録叩き出してたかもしれないってのに勿体無かったな」

と、頭を掻き、私たちにしばらくストーブに当たりながら休憩をしているように言ってどこかへ行ってしまった。



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