小説 | ナノ


  14:心知らず


 私たちが暫定中忍になってからしばらくは下忍でも請け負えるCランク任務だったけれど、少し前からBランク任務も割り振られるようになった。やはり難易度も今までのCやDランク任務より明らかに上がり、一つひとつの任務に掛かる日数が全体的に多くなったように感じる。
 今回は火の国の隣国である風の国との国境付近の村で通行手形不所持の砂隠れの里の忍が捕らえられたらしく、その忍に侵入した目的を尋問すると共に砂隠れの里までの護送をすることが私たちに与えられた任務だった。三日ぶりの帰宅だ。

『ただいまー』

 ちょうど夕飯の準備中だったのか、玄関の戸を開けて少し経ってからお母さんが小走りで出迎えてくれた。

「もうご飯だけど先にお風呂入る?」
『お風呂入るよ』

 木ノ葉に帰ってくるまでには野宿もあったから、早く汗を流したかった私はサンダルを脱いだ後すぐに二階の自室に寝間着を取りに行った。
 文字通り、砂漠地帯にまるで遺跡のように存在していた砂隠れの里に赴いたせいか、目に見えなかった砂が髪に付き、風と汗で固まったのか所々カピカピと固まっている。顔や手足にも砂が飛んでいて、念入りに洗った。この分だと着ていた服も砂だらけだから洗濯機に入れる前に外で叩いてこなきゃ、と思いながら湯船に浸かる。
 疲れがお湯に滲み出ている気がした。
 お風呂から上がって、寝間着のまま庭に下りて服を叩いた。やはりポケットからたくさんの砂が出てきた。

「ねぇ!」

 砂を叩いた服を洗濯機に入れ、夕飯を食べようと居間に行くと何かが足に抱きついてきた。サスケだ。

『ただいま、サスケ。ご飯いっぱい食べた?』
「たべた!」
『そっか、えらいね』

 私が定位置に座るとその横にサスケも座った。トコトコとイタチがやって来て「サスケはさっき食べただろ?」とサスケを抱きかかえるようにして彼も自分の定位置に座った。
 イタチは春からアカデミーに入学した。イタチはあまり自分から話す方では無いけれど、聞けば答えてくれる。

『アカデミーはどう? 慣れた?』
「つまらない、修行している方がマシだよ」
『シスイと? あれだけアカデミーに入学したがっていたのに蓋を開ければそうでもなかった……って?』

 サスケが卓袱台の上のおかずに手を伸ばすのをイタチは黙ったまま阻止した。どうやら図星のようだ。

「アカデミーでは百点までしか点数出ないからさ。それより姉さん、今回の任務どうだった?」
『砂隠れまで行ってきたんだけど、なんか別世界みたいだったよ。公園の砂場がずっと続くかんじ、初めて見たよ砂漠って。口の中とかジャリジャリするの。遺跡みたいな建物がたくさん建ってて……あんまり歓迎はされなかったかな、やっぱり』
「砂は木ノ葉と敵対していたから……」
『うん。スパイ送り込むぐらいだしね……本人は道に迷ったって言ってたけど』

 話に花を咲かせているとお父さんがサスケを呼んだ。お風呂に入れるらしい。
 風呂、と聞いてサスケはイタチの腕の中で暴れた。初めて見る光景に私は驚いて目を見開く。
 するりとイタチの腕の拘束を抜けてサスケはドタドタと走りだした。

「最近、サスケはお風呂に入るのを嫌がるんだ」

 私が任務で家を空けていたここ数日間で弟は風呂嫌いになったらしい。
サスケは大声で「やだー」と叫びながら居間を抜け、サスケとイタチの寝室へ続く襖を器用に開け逃走を図る。しばらくしてお母さんが小走りでやって来て、私たちを見た。私たちが何も言わずサスケが走っていった方を指差すと、お母さんは溜息を吐いて暗い部屋へと消えていった。
 間もなくサスケの泣き叫ぶ声が家中に響くが、段々と遠くなっていく。お風呂場に連行されたのだろう。
 一連の動作が可笑しくて、私はふふっと吹き出した。イタチも笑った。


 朝。
 長期任務を終えた次の日は大体休暇になる。今日もしかり。
 朝食を食べ終わると、サスケと一緒に玄関でアカデミーへ行くイタチを見送る。サスケが寂しそうに表情を曇らせたので、今日はサスケを構い倒す日に決めた。

『サスケ、今日はお姉ちゃんと遊ぼうね』
「……うん!」

 サスケに手を引かれてついていくと、サスケがおもちゃ箱の中にある積み木が入った箱を指差した。

『これで遊ぶの?』
「あそぶ!」
『いいよ。ちょっと待ってね』

 積み木が入っている箱を取り出すと、なんだか懐かしい気持ちになった。小さい頃、私とイタチが遊んでいたものだったからだ。
 サスケは積み木を組み立てて家っぽいものを作った。私はサスケに積み木を一つひとつ渡していき、彼の独創性を見守った。
箱に入っていた積み木を全て積み上げ終わると、サスケは自分が怪獣にでもなったかのように「きゃー」と奇声を上げながら〈積み木の街〉を崩していった。
 豪快な音を立てて崩れた積み木とサスケの奇声に飛んできたお母さんに「大丈夫だよ」と言うと、お母さんは再び洗濯物を干しに行った。
 積み木には飽きたようで、次は縁側に手を引かれたが積み木を片付けないといけないからとサスケを呼び戻し、二人で箱に戻す。

『サスケはお片付けできていい子だね』
「うん!」

 今度は縁側で追いかけっこをするというので、逃げるサスケを小走りで追いかけた。途中からいつの間にか会場が縁側から家の一階全室に変わり、まるで昨晩のお風呂騒動のように、

『サスケどこだー?』
「ここー!」
『いたー!』

と、家中を走り回った。
 分身の術でサスケを挟みうちにして確保した頃、お母さんがお昼ご飯だと私たちを呼んだ。
 昼ご飯を食べたからか、毎日のお昼寝の時間になったからなのかは分からないが、サスケは自分たちの寝室で眠りについた。
 
「……○○」

 静かになった居間でお母さんが言った。

『何?』
「今晩、お父さんと会合に出てちょうだい」
『会合?』
「ええ。うちは一族で下忍以上から出席できる一族の集会みたいなものよ。お母さんはサスケたちがいるから出席できないんだけど……」

 とても集会なんていうものではない、ということはお母さんの口ぶりから容易に想像できた。嫌な予感しかしなかった。
 行きたくない。
 それでも、そう答えることは許されないような気がした。

『……うん、分かった』

 

「にぃー、いく!」

 お昼寝から起きたサスケは開口一番にそう言った。明日の任務の準備をしていた私は早急にそれを終わらせて、サスケの目線に合わせ膝を折った。

『どうしたの、サスケ。どこか行くの?』
「にぃ!」
『お兄ちゃんのところ行くの?』
「うん!」
『お兄ちゃん今、学校だよ』
「いくの!」

 行く、の一点張りなので私は散歩ついでにアカデミーまで行くことにした。真夏日とあってかこの時間は一番気温が高く、太陽の日差しも強いためサスケは帽子を被され、私は水分補給のための水筒もお母さんから託された。

『サスケ、なるべく日陰を歩こうね』
「ひかげ?」
『そう、ひかげ。黒いところ』

 なるべく涼しいところを歩かせようとする私の思いも知らず、サスケは「おはな!」とか「ちょうちょ!」とか色々なものに目を輝かせ、蛇行していく。
 水分補給を取りながらなるべく日陰を歩いてきたので、暑さで足が止まるようなことはなかったが、アカデミー前に着いた頃にはもう終業の鐘が鳴った後のようで、正門から続々と生徒たちが出てきていた。

『お兄ちゃんいるかな』
「んー……」

 帰宅する生徒たちの波が収まった頃、サスケが声を上げた。

「にぃ!」

 サスケは私の手を離れ、タタタタと駆け出していく。転んだら危ないと思って私はすぐ後ろを追いかけた。
 突如腰に抱きつかれたイタチは最初は何が起きているのか、どうして弟がここにいるのかを理解できていないようで目を丸くしていたが、すぐに目尻が下げられた。
 
「迎えに来てくれたのか、サスケ。姉さんも」
「にぃ!」
『サスケがお兄ちゃんのところ行くって言って聞かなくて』
「そうか。ありがとう、サスケ」

 イタチはサスケの頭を撫でて、手を繋いだ。

「ねぇ、も!」
『お姉ちゃんも? いいよ!』

 サスケに伸ばされた左手を右手で握って、サスケを真ん中にして、右にイタチ、左に私。
 市街地から離れたうちはの集落まではほとんど人気がないため、道を占領して歩いた。通行人を気にする必要がないのは気が楽だった。

「森を抜けたほうが涼しいよ」

 イタチが言う。
 いつもイタチが一人で修行しているときに使っている森。木々が生い茂っているからとても涼しかった。

「すずしい!」
『ね、涼しいねー』

 まだサスケは小さいから散歩コースも見通しの良い開けた場所ばかりなので、彼は木々や足元の草が生い茂る薄暗い森に興味津々のようだった。

「……姉さん。オレ、明後日アカデミーの卒業試験を受けることになったよ」
『ほんと? すごいじゃん! まだ入学して四ヶ月くらいしか経ってないのに……』
「オレも七歳で卒業できる。姉さんと同じだ」

 何気なく言ったイタチの言葉に私は嬉しさと、キュッと胸が締め付けられるような感覚に陥った。どうしてかは分からなかったけれど、イタチの成長と優秀さを素直に喜んでいない自分がいた。

「……姉さん?」

 黙ったままの私をイタチは不思議そうな目で見ていた。
 私もどうして素直に喜べないのか分からなかった。胸の痛みの正体も分からないまま、私は思考の海を彷徨った。我に返ってそんな自分が嫌になった。

『す、すごいね、イタチ。アカデミー創設以来最短卒業じゃない? 姉さんも頑張らないとね。……あ、そうだ。私、烏分身の術を教えてほしいんだった。今度教えてくれる?』

 私はこの話題を終わらせようと口早に言った。何も突っ込んで来ないで、放っておいて、と祈りながらイタチの返答を待つ。
 
「ああ、いいよ」

 イタチはそう言って、サスケを呼び戻した。
 それ以降イタチはこの話題に触れてこなくて、私はほっと胸を撫で下ろす。

「サスケ、今日は姉さんに遊んでもらったのか。よかったな」
「うん!」

 数歩前を歩いていたイタチとサスケが振り向いた。

「ねぇ!」

 サスケが右手を上げる。

『ごめんごめん、今行くよ』




 夕飯を食べて少ししてからお父さんが私を呼んだ。真っ暗な夜道をお父さんの後ろを離れないようにして歩く。
 
「こっちだ、入れ」

 お父さんはそう言って南賀ノ神社の本堂にある一枚の畳を持ち上げた。私たちがお参りに来る神社なのにそんなことをしていいのか、罰当たりではないか、と不安になる。そんな私にお父さんは「早くしろ」と言う。
 恐る恐る畳の下を覗くと階段が続いていた。お父さんの目を見ると、「降りろ」と訴えていた。
 階段を降りて行くと廊下があり、すぐに障子に仕切られた広間のような部屋が現れた。

「お前はそこに座っていろ」

 暗い広間にはたくさんの人がいた。照明なんて無くて、四隅に立てられた蝋燭に揺られる火だけが辺りを照らしていた。大人たちが所狭しにその場に座っているのが見え、その異様な光景にぞくりと背中が粟立つのを感じた。
 お父さんが「そこ」と言って目配せしたのは、最下座。
 大人たちを掻き分けて指定された場所へ腰を下ろすと、横に座っていた人がトントンと指先で私の膝を突いた。驚いてその人を見ると、

「声は出すな」

と、目で訴えるシスイがいた。
 見知った顔がいて、幾分落ち着いた私は視線を上座に向ける。最上座にはお父さんが私達と対面するように座っていた。

「これより定例の会合を始める」

 お父さんの仕事仲間で、よく我が家に訪れるヤシロさんが開会宣言をする。定例ということはこれまでも定期的にこのような不気味な会合が行われていたことになる。その上、わざわざ本堂の地下という人目につかない場所で、息が苦しくなるような厳かな雰囲気で話し合われる内容が明るい話題なわけがない、と容易に想像ついた。

「今日からオレの娘の○○が出席することになった。宜しく頼む」

 お父さんが頭を下げると、その場にいる人たちも頭を下げた。私がこの会合に出席を許された瞬間だった。

「早速だが、九尾襲来時における警務部隊の正当性の訴え、という議題について語っていきたいと思う」

 ヤシロさんがそう言うと、皆、我先にと語り始めた。約二年前の九尾襲来がうちは一族の仕業ではないかという疑惑が抱かれ、さもそれが事実であるかのように里の人から思われている現状に対し、自分たち警務部隊が行ったことや九尾襲来の関与が一切無かったことなどを明らかにしていくのが目的のようだった。
 集落に引っ越して来たときはよくお父さんの居室から聞こえてきた不平不満や愚痴の嵐の延長戦のように感じた。最近あまり聞かなくなったのは、定期的にこの会合を開いているからだろう。
 私はただただこの時間が早く終わって欲しいと思いながら耐えるだけだった。
 二時間ほどが経過した頃、時計が無いため実際どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、ヤシロさんが閉会によい頃合いだと思ったのだろう、閉会の宣言がなされた。


『お父さん、シスイに中忍試験について聞きたいことがあるから少し話をしていっても良い?』

 本堂を出たところで私は言った。

『一族の中で去年の夏の中忍試験を受けたのはシスイだけでしょ? だから……』
「……あまり遅くなるなよ」

 あまり良い顔はしていなかったけれど、お父さんは納得したようで早足で境内を歩き出した。シスイはお父さんがいる時は表情には出さなかったが「オレ、何も聞いてないぞ」と目で訴えてきた。

『別に中忍試験のことについて聞きたいわけじゃないの。その……イタチのこと……』
「イタチがどうした?」

 昼間の胸の痛みの正体が知りたかった。苦しいような、あせらされるような、そんなよく分からない感情を教えて欲しかった。

『イタチ、明後日アカデミーの卒業試験を受けるんだって』
「すごいじゃないか! まだ四ヶ月だろ」
『うん、そうなんだけど……それはとても喜ばしいし、嬉しいんだけどね。あの……その、それを聞いた時に私、苦しくなっちゃって、なんて言うのか分からないんだけど、私、お姉ちゃんなのに……素直に、優秀な弟を喜べなくて……』

 自分で言っておいて、なんて最低な姉なんだろうと思った。イタチは私はおろか一族の誰よりも努力して、強い意志を持って忍になることを目指しているというのに、その努力の結果手にした力を、まるで恨めしいと思ってしまっていた。
 イタチの努力を認めて、応援していたのに、妬ましいと思ってしまっていた。

『……恨めしいって……思った……最悪だ……私……』

 涙が出た。
 自分の情けなさに失望した。

「たぶんお前は弟のイタチに劣等感を抱いたんじゃないか?」
『劣等感?』
「オレには兄弟がいないから分からないけど、姉ちゃんだから弟よりよく出来なければならないとか、そう思って生きてきたんじゃないか?」
『……うん』
「でもイタチはそれを越えてきた。だからお前は許せないんだろう。イタチの実力は認めているけど、姉ちゃんが弟より劣るわけにはいかないって」

 シスイの言葉はまるで私の胸の内を見通しているのではないかと思えるほど的確だった。私のそれを責めるわけでもなく、言い聞かせるように教えてくれた。

「でもな、イタチはお前を追い抜くとかそんなこと考えてないんじゃないか?」
『うん、考えてないと思う』
「アイツは自分の夢しか見据えていない。でも、その夢の中にはお前がいることは教えておいてやるよ」
『私?』

 イタチの夢は、争いが一切無い平和な世界をつくること。そのために一番強い忍になること――それが彼の夢だ。
 それが私にどう関係あるのか分からない。
 シスイは石段に手招きしてそこに腰を下ろした。私も彼に倣って隣に座る。

「お前、前の戦争で岩忍を殺したんだってな」
『……聞いたの?』 

 一族でも知っている人が少ないというのに、どうしてシスイがこのことを知っているのか、思い当たる節は一つしかない。イタチだ。

「聞いたっていうか……聞き出したんだ、オレが。そしたら渋々答えた。非力な自分のせいで姉ちゃんが人を殺したこと、その時のお前の顔が忘れられないんだって。アイツの夢には笑ってるお前の存在が不可欠なんだろうな。……仲が良いっていうか、シスコンだよな」

 だからお前もアイツを応援してやってくれよ。
 シスイはそう言って立ち上がった。

「イタチが変に大人びてるだけだ、お前は何も悪くないし責める必要もない。歳相応って感じがして少し安心したぜ」
『弟より子どもっぽくてすみませんね』

 私が嫌味で返すとシスイは夜中だというのに大声を上げて笑った。私も釣られて笑った。
 シスイに相談して良かった。胸の痛みの原因が分かったこととそれの解決策を与えてくれたため、痛みはもう無くなっていた。

『私、帰ったらイタチに謝る』
「別にそのまま忘れちまってもいいと思うけどな。まぁ、お前がしたい方をすればいいさ」

 家の前まで送ってくれたシスイに別れを告げて私は引き戸に手を掛ける。音を立てて引き戸が開いた頃にはすでにシスイの気配は無かった。

『ただいま。……イタチ、いる?』


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再執筆2016/01/20
修正2016/05/06
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