小説 | ナノ


  13:中忍試験


 それは秋風が涼しく吹くようになったある日のこと。
 
「ほい、これ。一人一枚ずつな」

 その日の任務が無事に終わり明日の任務の集合時間を確認した後、思い出したように我らが小隊の隊長であるカカシ先輩が三枚の紙を差し出した。
 中央に大きく〈中〉と書かれたそれをまじまじと見つめていると、気怠そうに先輩が口を開く。

「今年から中忍試験が年に二回行われることになった。そんで、来たる次の試験は来週から始まるんだけど……それにお前たちを推薦しといたから」
「え、ちょっと待ってくださいよ、先輩」

 それじゃあ宜しく、と瞬身の術を使おうとするカカシ先輩をシュンが呼び止める。

「他国の大名やらが集まるあの大それた試験を年に二回もするんですか? 里がこんな状況なのに……」
「いいところに気付いたね、シュンセツくん。年に二回って言っても夏に行われる中忍試験ほど大きいものが開かれるわけじゃない。……言わば、夏の本試験に向けた予選っていうとこなのよ」

 木ノ葉隠れの里ではその年の夏に周辺諸国の忍里と共催で、中忍試験と呼ばれる下忍たちの昇格試験が開催される。私もあまり詳しいことは分からないけれど、今夏の試験で中忍に昇格したシスイの話によると、各国の下忍たちから中忍となりうる実力を持った忍を選出する目的を念頭に置きながら、隣国や同盟国に自国の忍の力や国力を見せ付け、牽制する役割があるらしい。

「予選ってどーゆーこと?」
 
 ササメが問う。

「今、木ノ葉の里は先の大戦と九尾襲来によって多くの戦力を失った。そしてお前たちが日々実感している通り、里は圧倒的な人手不足状態。そこで考えられたのが、冬季開催の中忍試験だ。オレが聞いている限りではこの試験は第二の試験までは夏に行われる本試験と同じ内容が行われる。ただ、第三の試験……つまり、個人戦の第一試合を勝ち抜いた者はその時点で〈暫定中忍〉という階級に昇格する」
『暫定中忍?』

 聞き慣れない単語だった。

「そ。今回の試験から適用される新しい階級だ。で、夏季開催と違って冬季試験はその〈暫定中忍〉に認定されたら試験は終了する……つまり、第三の試験の第一試合で試験は終わりってわけ。冬季試験はこの〈暫定中忍〉を選出する試験に過ぎないからな」
「……じゃあ、今回の試験では中忍になれないってこと?」

 先輩の話を聞いていて浮かんだ私の疑問を代弁するようにササメが言った。

「ああ、そうだ」
『それじゃあ今回受ける意味がないんじゃ……』
「暫定中忍に昇格すれば、半年後の夏季に行われる本試験で第三の試験の第一試合目までパスできることになってる。シード権を得ることができるってわけ。その上、暫定中忍になってから本試験が開催されるまでの約半年間は中忍と同じ扱いを受ける、よって……」
「Bランク任務を行えるようになる……ってこと?」

 シュンの言葉にその通り、とカカシ先輩は大きく頷いた。

『夏の本試験にも出場させることで他国に戦力を見せつけられる……』

 私が自分が理解するために呟いた言葉も先輩には聞こえていたようで、うんうんとシュンの時同様に大きく首を上下させていた。
 木ノ葉の上層部もよく考えたものだと思った。

「いやー、君たちの理解力の高さには脱帽だよ。きっとお前たちなら結構いい線まで行けると思うんだよなあ」
『でもそれって木ノ葉だけでやったらズルくありません? シード権って……』
「うん、だから他国にも冬季試験に関しては各国内で行うように勧めたらしい。同じ条件で。他の国も大戦後の国力の低下ってのは同じだからね、二度手間っぽいけど、年に二回も他国を呼べるほどうちにも余裕無いってわけ……ま! そういうわけだから中忍試験受けたい人だけ志願書に署名して明後日の午後四時にアカデミーの三〇一教室まで提出してね……ってことで、お疲れ様」

 今日の任務完遂の報告をしに行くのか、カカシ先輩は今度こそ瞬身の術で消えてしまった。
 私たちは顔を見合わせ、そして渡された志願書に視線を移す。どうする、と無言で訴え合う。

「オレは……やるだけやってみるのもありだと思う」

 口火を切ったのはシュンだった。

「……先輩の話からすると、今回の中忍試験に臨む下忍は木ノ葉のやつらだけ。単純に参加者が少ねー。たぶんオレたちよか年上の奴らばっかりだと思うけどな。あと、もし〈なんたら中忍〉になれたとして、夏の本試験のシードが貰えるんだったらオレたちは他の奴らが試験を行っている間に奴らの情報収集やら対策やら修行ができる。……悪い話じゃねーな、やろうぜ!」

 ササメはそう言って近くのベンチに行き、早速志願書に名前を書き始めた。
 どうする○○、とシュンが私を見る。どうする、と私に聞いているもののシュンの中ではもう答えは決まっているのだろう。後は私だけだ。
私はササメほど中忍試験を積極的に受けたいわけではないけれど、いずれ受けなくちゃいけないのだからと考えるとシュンの言った通り「やるだけやってみる」価値はあると思った。

『三人で頑張ろう!』

 それが私の答えだった。




 アカデミーは午前中授業だったのか生徒の姿は見えなかったけれど、学校の入り口にはたくさんの忍たちがいた。周りを見渡すと、私たちよりも背の高い、見るからに年上の人たちばかりでいつぞやの卒業式のようだ。

「木ノ葉の忍だけって言っても結構いるんだな」

 シュンが耳打ちするように私とササメに言った。
 今回の試験の受験者は木ノ葉の下忍だけと聞いていたため他国共同の夏の試験と比べると受験者の数は少ないと予想していたが、そもそも中忍試験というものが初めてである私たちにとってみたら、圧倒されるほどの人の量だった。これで少ないというのだったら夏の試験はよほどの受験者がいるのだろう。気が遠くなりそうだ。
 私たちは人の流れに沿いながら校内に足を踏み入れる。アカデミーを卒業してからまだ一年も経っていないのに、木造の廊下がとても懐かしく感じた。
 そんなもの懐かしさに浸っていると、私たちの前に影ができた。見たことが無い人たちに囲まれていたのだ。

「おやおやチビっこたち、まさかお前たちも中忍試験を受けるのか? アカデミー卒業試験は今日じゃないぞ」

 ゲラゲラと意地悪を顔に貼り付けた先輩たちが私たちを見下す。明らかに年下だということだけで馬鹿にされているのだと分かったため、私は睨むように彼らを見た。

「お前らだろ? 今年のルーキーって。特例で下忍になったらしいが、ちょっと早く下忍になれただけでいい気になってんなよ」
「お前たちが中忍試験を受けられるレベルかどうか、オレらが今試してやるよ。なんならハンデをやってもいいぜ。おチビちゃんたち」

 どこからでも来いよ、と言う彼らは隙だらけだ。急所もガラ空きで体の重心が足に偏っているため、足を軽く払えば転ばせることなど容易そうに見えた。無駄な戦闘はしたくないが、このまま舐められるのも良い気はしないので道を開けるだけでもしようかと考えた。
 その時だった。
 空気が大きく吸われ、スッ、スッ、スッと三回に分けて吐き出される音がした。音の方を向くとシュンと目が合った。音の発信源は彼のようだ。
 私の隣にいるササメは今にも意地悪な先輩たちに飛び掛からんばかりに血気迫る顔をしていたが、〈シュンの音〉がした途端、腑に落ちないという顔を隠しはしなかったが、少し冷静さを取り戻したのか、彼は小さく舌打ちをして握っていた拳を開いた。
 あの音は〈矢羽音〉というものらしく、ササメやシュンの先祖が忍同士の連絡手段として用いていた音の暗号だという。しかし私たちは単純で、そんな〈カカシ班第一班しか分からない音の暗号〉を使いこなす自分たちを夢見、憧れて、ササメやシュンが遊びの一環で作ったという矢羽音を私たちの任務中の主な使用言語とした。勿論、そんな暗号が必要な重要任務なんて数えるほどこなしてはいないが。


「初めての中忍試験なので緊張していますが、先輩たちのその大きな胸をお借りしたいと思います。今後の試験でお世話になった時はどうぞよろしくお願いします。では、オレたちは失礼します」

 シュンが至極丁寧に先輩たちに言い、三階に行くための校内階段に急いだ。私もササメもシュンを追いかける。後ろから何かの吠え声が聞こえたような気がしたが私たちは決して振り返らなかった。
 他の受験者たちが使いそうな中央階段ではなく、人気のない非常階段。増改築が繰り返され、修繕工事も行われたアカデミーの校舎にはこういった場所が数ヶ所ある。
ササメは先程の意地悪な先輩たちへの悪態を吐きながら、不機嫌を体全体で表現するようにドカドカと音を立てて階段を上る。その様子にシュンが苦言を呈した。

「……はぁ。お前が言ったんだろ、ササメ。この試験の受験者はオレたちより年上ばかりだって。たぶんオレたちは目をつけられてる。注目されてるって言うのかもしれない。あんな挑発にいちいち乗ってたらキリ無いぞ。……○○もな」

 私もササメ同様、先輩たちからの挑発に腹を立てていたのをシュンにバレていたらしく呆れ顔で注意された。初対面でも思ったけど、シュンは結構大人びた考えを持っていると改めて感じた。同時に私の幼稚さが恥ずかしくなった。
 
「……ただし、今後あいつらと当たったら目に物見せてやる」
「お前だって挑発に乗ってんじゃねーか! 〈手を出すな〉とか言っときながらよお!」
「いいんだよ、見えないところだったら。そもそも年下にあんなに喧嘩ふっかけて恥ずかしくないのかな、あの人たち」

 やっぱり一戦交えてもよかったかもしれないな、とシュンは付け足すように言い放った。私たちに苦言を呈した彼はどこへ行ったのか、もしかしたらシュンも結構血の気が多いのかもしれないと私は気付かれないように失笑した。
 階段を上り三階へ辿り着くと、大教室である三〇一教室の前には下の階以上の受験者たちでごった返していた。やる気に満ちて周囲を威嚇する人たちや、初めての中忍試験なのか辺りを見渡し観察する人など、大教室にはそんな混沌が広がっている。
 
「ここ空いてるぜ」

 ササメが丁度見つけた三人が座れる長椅子に私たちは腰を掛け、騒がしい教室内で試験が始まるまで情報収集という名の観察をした。見たところによると、私たちよりも年齢が下の受験生は見当たらない。
 その後、しばらくしてカカシ先輩の言った通り午後四時を過ぎた頃に試験官が現れ、待ちに待った中忍試験の第一試験が始まった。
 持参した志願書と引き換えに座席番号が書かれた小さなプレートを受け取り、私たちは各々の席に着く。
 プレートには、私は七十八、ササメは六十七、シュンは三十三と書かれていた。
 広い大教室の長机には受験者たちがそれぞれ四人ずつ座っていて、私たちの班は教室の窓側のブロックの前から三列目の通路側にシュンセツ、通路を挟み、黒板前のブロックの前から六列目にササメ、同じブロックの七列目に私が着席した。つまり私はササメの右斜め後ろの席だ。
試験官から一枚の紙が回されてきて、ますます気分はアカデミーの頃の筆記試験だった。


「中忍試験第一の試験は筆記試験だ」

 採点方式は持ち点減点方式でテストの答案が一問不正解の度に一点減点。カンニング行為が試験官や監視官によって見受けられた場合は、一回につき二点減点。持ち点(十点)が無くなった時には当事者とその同班の二人も失格――。
 試験官がそう一通り説明し終えると早速試験開始の合図が出され、私は勿論受験者たちは一斉にテスト用紙を表に返した。
 私はどこか試験官の言葉に引っかかりを覚えたが、それが何なのか自分でもまだ分からないまま鉛筆を持った。

(なにこれ……)

 一枚のテスト用紙に書かれている問題は全部で十問。それをまずは時間配分を考えるために目を通し始めた時、私は絶句した。
 当たり前だが、アカデミーの頃の筆記試験とのレベルの差を痛感したのだ。アカデミーの〈応用問題の応用問題〉のような、いくら考えても問題文の意味や解決糸口すら検討がつかない出題問題に受験生たちの手は一斉に止まり、辺りは水を打ったように静かになっていた。
 
(この問題は解ける気がする……!)

 しかしよく見てみると、幸いにもその中の半数ほどは、最近イタチが自習で読んでいた本に書いてあった内容とほとんど同じで、出題問題の数字だけを変えてあるものも多かったので既視感を感じながら難なく解くことができた。
 後回しにしていた問題に取り掛かろうとした時、鉛筆を走らせる音に混じって矢羽音が飛んできた。どうやら私の斜め前に座っているササメからのようだ。

(オレの二列前の奴の動きをコピーしろ)

 え? と聞き返そうとした時、私が試験官から聞かされた今回のテストのルールについて引っかかっていた小骨が取れた気がした。
 明らかに下忍レベルではない難しいテスト内容。カンニングをしたら十点の持ち点から二点ずつ減点……そもそもこれがおかしいのだ。一般的にテスト中にカンニングなんてしようものなら有無をいわさず不合格になる。それにもかかわらず二点減点で済むという今回のルール。
 ――つまりこの筆記試験は、いかに試験官たちに気付かれないようにカンニングをして正しい解答を得られるかという情報収集能力を見る試験なのではないか。
 そうと分かれば私のやることは明確だ。馬鹿正直にテスト問題に頭を悩ますことも無い。

(了解! あの赤い服の人ね!)

 おそらくササメのテスト用紙は白紙だろう。座学が苦手な彼がこの問題を解けるとは失礼だが思わない。そのため試験開始早々にこの〈不思議な試験のルール〉の真意に気付き、〈カンニング対象〉を探し当てていたのだろう。
 私は写輪眼を開眼させ、ササメが示したカンニング対象である赤い服を着た男性の動きをコピーした。みるみるうちに答案用紙は埋まっていく。
 他の受験者たちもカンニング公認なことに気付いたのか、動き出したようだ。鉛筆を書く音がどっと増えたように感じる。
 教室の端に視線を移すと、両端に控えている監視員たちが目を光らせ、手元のバインダーにチェックを入れていた。やはりカンニング力を見る試験だと考えて間違いなさそうだ。

(……よし、こんなもんかな)

 私の斜め前に座るササメに矢羽音で答案を教えた後、私は再び頭を抱えた。矢羽音は近距離の連絡手段なので離れた場所にいるシュンに飛ばすことができないからだ。その上、受験者たちは各々の技と頭脳を駆使してカンニングをしているため、雑音が多い。

「三十六番出ろ、失格だ。ツレの……五番と八十六番も失格。速やかに教室から出て行け」

 監視官のそんな声がし、教室内は一気に静まり返った。初めての失格者だったからだ。
 その後も続々と失格者の番号が呼ばれ出し、監視官が番号を呼ぶ度に受験者たちは自分も呼ばれやしないかと息を潜めた。彼らは監視官に目を付けられないように数分のカンニング行為を控えるため静寂が訪れる。
 シュンとの連絡手段を考えていると、ようやくある案に辿り着いた。しかし、それを実行するためにはシュンの座っている位置より前または近くにおり、彼の横の通路階段を通って教室後方の出口へと向かう失格者(第三者)が必要だった。運も関わってくるこの案は確実性が無かったが、私が持つ限られた能力で遠くにいるシュンに情報を届けるにはそれしかなかった。

「十三番、八番、九十一番」

 しかし幸いにもその機会はすぐにやって来た。
 私はこの瞬間を、この機会を逃してはならないと思いながら該当者が立ち上がるのを待った。目はすでに写輪眼を開眼させ、その時に備える。
 座席番号八番の人は立ち上がり、階段を上ってくる。私やシュンより前に居て、丁度シュンの隣の階段を通るのはあの三人のうち彼だけだ。
その人は落胆しながら段を一つひとつ歩いて来る。私は意図的に彼に目を合わせ、術を発動させた。

(シュン! 今から解答全部言うから)

 私が掛けた幻術の世界に囚われたターゲットを通じ、シュンに矢羽音を飛ばす――。これが私が出来得る方法だ。想定通り、監視官によって失格者の番号が呼ばれてすぐなので矢羽音が飛ばせるほどの静けさだ。
 シュンはいきなり飛ばされた〈私たちだけが使える矢羽音〉を他の人によって飛ばされたことに驚いていたが、すぐに状況を理解したのか、何事もなかったかのように目線をテスト用紙へと移した。
 ここからは時間との勝負だった。幻術を掛けている対象が〈幻術返し〉をしてしまったらそこで術が解けてしまう上に、この幻術は相手を幻術世界に閉じ込めておきながら現実世界では対象の体を意のままに動かすというチャクラを膨大に使う術だからだ。写輪眼の瞳術とはいえ、相手の実力が分からない以上はいつ術が解かれるか分からない。また、途中で術が解かれてしまえば次の好機なターゲットがすぐに捕まるという保証もなく、そのまま試験終了ということもあり得なくないのだ。私は急いだ。

(一応全部教えたけど、聞き逃したのとかある?)

 矢羽音を飛ばす。
 確認としてもう一回くらい最初から解答を言おうかと思っていたら、シュンが右手を通路側に出し、「(敵)全員撃破」のハンドサインを出した。
私はそれを「書き写し完了、再読の必要無し」だろうと判断し、術を解いた。
 安堵感でいっぱいだった。

(大丈夫っぽいな)

 そう前から飛んできたササメの矢羽音に「そうだね」と返して、私は写輪眼の使用で失ったチャクラを少しでも回復させようと軽く目を閉じた。
 試験終了まで残り二十分。
浅い睡眠に入った私が次に目を覚ましたのは試験監督が試験終了の合図をした時だった。



//

「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -