小説 | ナノ


  乱れ髪


馴染みの髪結処の暖簾をくぐると女将が静かに手招きをして奥の席へと私を呼んだ。
他のお客さんから見えないように天井から布が下ろされ、人の良い笑みを浮かべた女将は櫛を片手に持ち、
「うちに来るってことは……今日のお相手は特別な方なのかい? 萩ちゃん」
と、結んである髪紐を解いた。

『ええ、おばさま』
「あらあら。さて、どういうのにしましょうかね」
『そうですね……、じゃあ今日は天神で』

気合い入ってるのね、という女将の言葉に私は少し照れくさくなって笑むだけで誤魔化した。
櫛が通され鬢油で整えられる。私は仕上げの時を見計らって懐から木箱を取り出し、中に仕舞ってあった簪を女将に渡す。彼女はそれを一瞥すると「これはまた上等なものね」と言う。そしてその簪を取り、結った髪の中央に差した。

髪結処を後にして、私は酒と肴の準備に取り掛かる。日が暮れてきて逸る気持ちを抑えつつ小袖からこの日のために新調した少し派手目の服に着替え、その人が来るのを待つ。
しばらくして引き戸が鳴り、すっかり夜の帳が下りた中から外と同じ色をした服に身を包んだ男性が現れる。

『いらっしゃいませ、十四郎さん』
「……あぁ」

その人は私を一瞥してそう言うと、私に赤鞘に納まった刀を渡してそさくさと座敷に向かう。そんな彼の後ろ姿を裾を引きずりながらついて行き、

『そういえば十四郎さん、この前、銀行強盗団を体を張って捕まえられたんですってね。お疲れ様です、お怪我はありませんでしたか?』

と、小耳に挟んだことを問うてみる。しかし彼は答えたくない話題だったのか生返事をしただけだったため、「この話題はだめだったかな」と私は少し後悔した。
座敷の床の間に刀を置いて準備しておいた酒を彼の持つ猪口に注ぐ。
私はわざと彼に見えるように頭を垂れたが、彼は気付いていないのか何も言わずただ酒を呷るばかりだった。

「……どうした、今日はえらく別嬪じゃねーか」

一呼吸置いて彼が言った。
私はビクリと体が飛び上がりそうになるのをなんとか堪えて徳利を膳に置き戻す。

『はい、今日は特別な日ですから』
「前客がお偉いさんだったのか? ご苦労なこった」
『違います、意地悪よしてください。今晩は貴方様だけですよ』

彼は鼻で笑って会話を終わらせた。

『……今日は貴方に見せようと思って、髪も服も整えたんです』

私は彼の手をとって、私の髪に挿してある簪のもとへと運ぶ。
飾り玉しか付いていない質素なものだが、まるで宇宙をその中に閉じ込めたような造形に職人の業が光っているようで私のお気に入りだ。

「前に俺がやったやつか?」
『ええ。素敵でしょう? 似合ってますか?』
「あぁ、たぶんな」

彼はそう言って簪を引き抜く。
「折角結ってもらったのに……」と名残惜しく思う私を尻目に彼は簪を床に転がした。
そのまま倒れこむように体重が掛けられ、私の体は自然と畳に倒れた。布団が敷いてある場所ではなかったので背中に少し痛い。

「お前ェはこっちの方がお似合いだぜ」

上から覗く彼が言う。近づき、袷を開く。

『ねえ、十四郎さん。今日が何の日か覚えていますか?』
「……知らねーな」

一瞬考える素振りを見せたが彼は弄る手の動きを止めずに答える。
度々訪れる小さな快楽に抗いながら、私はすぐ近くにある彼の顔を撫で髪をかき上げる。
彼は私の手を掴まえて床に縫い付けるように押し当て、手首に吸い付いた。

『今日はね、貴方の誕生日なんですよ。覚えてないだなんて仰らないで下さいませ』
「……あー、そういえばそうだったな」

紅を引いた唇に彼の長くて角ばった指が這う。
くすぐったいような感覚に背筋がゾクリとする。

『祝う者がおりますことをお忘れなきよう……』

私がそう言うと彼は一度深い溜息を吐いてから私の首筋に噛み付いた。



 



***
・土方さんは二人きりだったら名前呼ばなそう。

・そういえば、簪を贈るというのは「その髪を乱したい」という意味があるとか無いとか。彼はそういうことは考えずに贈ってそうですが。

2015/05/29
DROOM:出典
(5月誕生日のキャラを祝う)

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