小説 | ナノ


  夜通い猫


座敷には香が焚かれ、香炉の側には刀が一振り置かれている。
敷かれた一組の布団には服の乱れた男女が横たわり、男は疲れ果てたようで微かに鼾をかきながら深い眠りに就いていた。

突如、音もなく窓が開かれる。
突然入り込んだ外気に違和感を抱き、その微かな変化に気付いた女の瞼がゆっくり開かれる。先程までは確かに閉まっていた窓は十センチ程の隙間を作り、そこから穏やかな夜風が吹き込む。
萩は着物の袷を正し、窓辺へと近づいた。

『なんだろう、風かな……』

不自然に開いた窓を閉めようと恐る恐る手を伸ばす。すると、暗闇から何者かに腕を掴まれ萩は窓の外へと引っ張り出された。
彼女は声にならない悲鳴を上げながら、自身の体が重力に反し、上へ上へと上がっていく浮遊感を感じた。

「あんまり声出さないでくれや」

押し殺したような低く小さな声が彼女の耳元に届く。
暗闇の中、萩はすとんと何か冷たい物の上に静かに下ろされ、やっと彼女が夜目が利くようになった頃、窓を開けた正体が姿を現した。

『服部様……』

前髪が鼻まで伸び表情が伺えないが、服部と呼ばれた男は満足気に口角を上げ萩の肩を抱く。

『他の殿方と寝ていた女郎を攫うなんて、忍者様も結構強引なんですね』
「他の野郎と寝ていたから居ても立ってもいられなかった……って言ったら?」
『あらまあ』

艶事後の乱れ解れた萩の髪に手櫛を入れながら、露わになる白い首に男は鼻を寄せた。
萩は両手で服部の胸板を押し抵抗しながら
『汗を、かきましたので……』
と、男の愛撫から逃げようとしたが、抵抗虚しく男の鍛えぬかれた胸板に押し当てられ強く強く抱きしめられる。

『服部様……?』

萩は男の速まる鼓動音を聞きながら、回された腕の中で大人しく様子を伺う。
間もなくしてゆっくりと拘束が解け、萩と服部の間に夜風が入り込んだ。

「安心しな、今日はこれ以上しねーよ。俺もそろそろ戻らなきゃなんねーからな」
『もうお帰りになるんですか?』
「まあな。……そんな名残惜しそうな顔しないでくれや」

萩は腕を伸ばし服部の長く伸びた前髪を撫で上げて、隠れていた彼の目を覗く。
服部は自身の髪に触れている彼女の手を取り、その細い指先に口づけをした。

「また暫くのお別れだ」
『お仕事がお忙しいのですか?』
「詳しくは言えねーけど依頼された仕事が江戸じゃないんでね、今からまたトンボ返りだ。まあ、アンタに会えたからトンボ返りっていうわけじゃねーけど」

服部は屋根の上に立ち、片腕で軽々と萩を抱えると器用に窓枠へ片手と足をかけ、体をゆっくり室内へ押し込む。未だに寝息を立てている男性客には気付かれることもなく萩は無事に座敷に戻され、夜這い人は再び窓枠に足をかけた。

『道中怪我などなさらぬよう』
「問題ねーよ、じゃあな」
『できれば早く……いえ、何でもないです』
「全く、男を落とすのが上手なこって。ご所望ならいつでも帰ってきますよ」

萩は音もなく去っていった服部を見送り、窓を閉めて再び客の隣に添い寝する。
耳を澄ますと少し離れたところで瓦が鳴った。






***
全蔵の口調がこれであっているのか不安です。
でもこの都々逸は全蔵だなと思ってしまったので衝動的に書いてしまったよ。

2015/02/20


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -