小説 | ナノ


  雪日問答


橙の電灯が部屋を照らし、女店主が葉巻を燻らす。
本日貸切の看板を店先に掛けたスナックの店内で○○はすでに何杯目かの日本酒を口に運んだ。

「もういい加減暴露してくださいよー! 今日は女子会なんですよ?」
「そうアル、もうゲロっちゃえヨー」
『神楽ちゃん、それオレンジジュースだよね? なんで酔ってるの。それにジャンプのヒロインがゲロとか言っちゃダメでしょ』

お妙と神楽は目を鋭くして○○に詰め寄った。
数時間前に出来上がった彼女たちは諦めもせずに○○に問いただすが、○○もあの手この手で違う話題に変える。しかし、まるで不死鳥のごとくその話題は復活し彼女は毎度肝を冷やした。

「観念してちゃんと答えるヨロシ。銀ちゃんと○○ちゃんはいつ結婚するアルか!?」
『何度も言うけど、結婚なんてしないよ!』
「もうさー、そういうのいいですから。……で、どうして銀さんなんです?」
「そうアル! なんで銀ちゃんアルか? ○○ちゃんならもっとボンボンのイケメン落とせるのに……」

お妙はアルコールで顔を真っ赤にし、目が据わっているのも構わず酒を呷った。
何度目か分からない質問を○○は右耳から左耳へと聞き流し、これまた何度目かの「お妙ちゃんこそどうなの?」という質問で返すが、お妙は「うちはエロジジイばかりでロクなのがいないわよ!」言い放ち、抱えるように一升瓶を持って乱暴にグラスへ注ぐ。

『お妙ちゃん、飲み過ぎだよ』
「○○さんねぇ、あんな質問で逃げようだなんてそうはさせないわよ!」
「そうアル! あのチャランポランの万年金欠白髪パーマのダメ男のどこがいいアルか? いい加減答えるアル!」

血気迫る勢いの二人は○○を両側で挟み、逃げ道を与えないように、ずいと迫る。
両側から圧迫されている○○は格子戸のガラスに映った何者かの影に気付くはずがなく、その影は一度腕を引き戸に伸ばしたが、しばらくそのまま停止しやがて元の場所に戻した。

『あー、もう!』

○○はやけくそに吐き捨てるように、それでいて静かに言った。

……あいつのどこが悪いんです?

刹那、嬉々とした黄色い悲鳴が店内に響く。
○○が真っ赤になった顔を二人から背けるようにテーブルに突っ伏すと、お登勢の
「そんなんなら早くあのスカポンタンに身を固めさせて、ついでに家賃もちゃんと払えって言ってちょうだいよ」
という言葉が降った。


突如、引き戸の開く音がする。

「おーい、いつまで寂しい女子会開いてんだーアバズレ共。神楽ちゃーん、夜更かしは美容の大敵なんじゃなかったのかァ?」
「姉上ー、帰りますよ」

開けられた隙間から銀時と新八が顔を覗かせた。
「あら、殿方の登場ね」と誰かが言う。声の主はニヤニヤと口元を緩めながら引き戸の方へ向かって行った。

「お代はツケといてあげるよ、今日はさっさと帰んな」

お登勢はそう言って○○と神楽も店の外へと追いやった。
神楽は新八に連れられるお妙とその場に立ち尽くしたままの○○に手を振ると、店の二階にある自宅に帰るため階段を昇って行った。

「じゃあ銀さん。僕たちも帰ります、また明日。○○さんも今日は姉上がお世話になりました」
「おー」
『あ、うん。こちらこそ。おやすみなさい新八君、お妙ちゃん。気をつけて帰ってね』

ひらひらと手を振ると、新八は姉の腕を肩に回しながら帰路についた。
志村姉弟が角を曲がり視界に映らなくなった頃、○○も銀時に向き合って、
『じゃあ銀時、私も帰るわ。神楽ちゃんに風邪引かせないようにしてね』
と、自身の家がある方へと足を進めていった。

「ちょい待ち、ちょい待ち」

駆け足で○○の後を追いかけていく銀時に彼女は一瞥もくれずに歩き続けるが、銀時はいとも容易く追いつき隣に並んだ。

『あら、送ってくれるの?』
「ありがたく思えよ」
『若い子じゃあるまいし、寄ってくる人なんていないよ』
「売れっこ遊女がよく言うぜ。俺だってなァ、かまっ娘倶楽部にいたときは……やっぱ何でもねーわ。なんか悲しくなってきた」
『何自分で言って撃沈してんの』

夜も遅いせいかネオンが煌めく繁華街を抜けてしまえば、通行人は彼女たちを除いて一人もいなかった。
気温が下がり空からは真っ白な雪が降り始める。
○○は息を吹いては悴む手を温め、首をマフラーに埋める。

「なあ……」

雪が降り出してしばらくしてから銀時がふと口を開いた。
『何?』と○○が問い返すと、銀時はぎこちなく目を逸らしながら

「お前、さっきなんて言ったんだよ」

と、白い息と共にか細く吐き出した。

『さっきって何。何か言ったっけ?』
「ババアのとこで神楽とお妙に……」

○○は記憶を遡り彼の言う「さっき」を探す。その結果、思い当たる節は一つしかなく頬が紅潮していくのを感じながら、あたかも寒さを凌ぐため頬を温めているように見せかけるため両手で頬を挟んだ。

『女子会の会話聞いてたわけ? 最低』
「うるせーな、聞いてたんじゃなくて聞こえてきたんだっつーの。ってか、いい歳こいて女子会とか言ってんじゃねーよ。女子なんていう歳じゃねーだろお前、自覚しろよ」
『いい歳こいて未だに少年ジャンプ読んでる奴なんかに言われたくないわよ、ばーか』

再び二人は口を噤み、辺りに静寂が訪れる。
雪は勢いを増し、牡丹雪へと姿を変えた。

「――で、なんて言ったんだよ」
『まだ続いてたの? それ』
「うるせェ、早く答えろや」

○○は横目で顔を背ける銀時を盗み見、彼の冷たい手を左手で掴んだ。
いきなりのことで銀時は驚きの声を上げる。
○○は自身の手よりほんの少し温かく、一回り以上大きな手を握ると、

『主に顔が好き、って言った』
「……マジ?」
『嘘に決まってるじゃん。何、本気にしてんの』

と、興味なさげに今まで握っていた手を惜しげもなく離した。
素っ気なく離された手はだらりと重量に従い元の場所へと戻る。その一部始終をただぼんやりと目に映した銀時はそのやり場のない右手を上着の袖奥へと引っ込ませた。

『あ、でも……』

と、数歩先を歩く○○が振り向く。

『私、銀時の果てる前の顔は好きだよ』 
「……は? お、お前っ、何言ってんの……!?」
『なんか果てる前の銀時の必死な顔見てるとさ、あ、こいつも人間なんだなって思うし』

そう○○が言い終わると同時に、銀時の拳が○○の脳天に落ちた。
○○が割れるような後を引く鈍痛に頭を抱えて耐えていると、

「ってかお前、オレの顔見る余裕あるわけ?」

銀時が語尾を強めながら言った。

『職業病ね。遊女が相手に落とされてどうするのよ』

○○は怪しく笑ってみせた。
雪明かりに照らされる遊女の雪に見間違うがごとく白い顔に、控えめに引かれた熟れた果実のような紅がよく映えた。
幼い少女のように弧を描く唇にふわりと白雪が溶ける。じんわりと六花の形を崩し、彼女の唇に水分として吸収された。
一連の流れに目を奪われた銀時は、目の前にいるのが自分の知っている昔馴染だとは思えなかった。

(送り狼にゃなりたかねーけど……)

銀時は人知れず心内で呟く。

『どうしたー? 悔しいかー?』

したり顔を浮かべ、銀時の顔を覗きこむ○○に彼は溜息を漏らし、○○の頭に微かに積もった雪を払ってやると、

「俺の理性、死んでくれねーかなァ」

そう言って彼女をべしりと叩いた。


 

***
Q.問題です。
夢主は神楽たちに何と言ったでしょうか。
(ヒント:「顔が好き」とは言ってはいない)

2015/02/14
DROOM:出典
「主に顔が好きです」
「俺の理性よ、死んでくれ」


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -