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  Danke!


菊に呼ばれて炬燵から出る。
眠りこけてる兄貴を起こして○○が玄関から持って来てくれていた靴を履き、縁側から庭に下りる。

『外は寒いので上着を……』

そう言って○○はハンガーに掛けてあった俺たちのコートを持って来て、爪先立ちになってコートを着せてくれた。まるで昔の日本のドラマや映画で見たような光景に感動した。

庭に出ると菊が燃えている灰を掻き回し、その上に落ち葉を継ぎ足し燃やしていた。
灰が服の中に入らないようにと首に巻いたタオルが様になっている。

「寒いなあー!」

兄貴が手先を温めるために焚き火に手をかざしたので俺もそれに倣う。

「さて、そろそろいいですかね」
『お二方、軍手をどうぞ』

俺たちが○○から軍手を受け取ると、菊が灰の中から銀色の塊を取り出して灰を叩き落とし、「はいどうぞ」と兄貴に渡し次に俺に渡した。
軍手越しでも伝わる熱に危うく銀塊を落としそうになる。
菊に言われるまま、巻かれたアルミホイルを剥がし新聞紙を破り、中から現れた細長いさつま芋を半分で折る。
すると湯気とともに甘い香りが鼻腔を蕩かし、輝かんばかりの黄金が眩しく主張した。

じゃがいもよりも糖度の高いさつま芋を口に入れた瞬間驚くような甘みが広がり、ホクホクとした食感とを堪能する。

「美味いな」
「そうですか! 気に入って頂けてよかったです」

菊は長いトングで灰の山から銀を掘り出し、俺たちのと同じように被っている灰を叩き落とし○○に与える。

「どうぞ、○○。熱いので気をつけるんですよ」
『はーい、ありがとうございます』

○○が菊から芋を受け取る。
まるで祖父と孫だな、などと思っていると○○は縁側に座っている俺の隣に「失礼します」と断って、ちょこんと腰を下ろした。
心なしか彼女の目が輝いているように見える。○○の身長や外見から、子どもが新しいおもちゃやお菓子を貰った時のようだ。

『あちっ』
「大丈夫か?」

小さな悲鳴に反射的に言葉が出る。
もしもこれがフェリシアーノなら「これくらいで音を上げるな」などと活を入れているに違いないが、彼女相手だとどうも大声を上げる気になれない。
初恋とやらの相手……だからなのかもしれないが、貴いものを扱っているような気分になる。

「貸してみろ」

俺は奪うように○○の手からアルミホイルに巻かれたままの芋を取り、そして半分に割った状態にして返してやると、
『すみません』
と、○○は申し訳なさげに言って受け取った。

「お、おお……」

俺はその時、菊に会った当初にも感じたむず痒い感覚に陥った。
表情に出ていたのか、俺の右手側で芋を頬張っていた兄貴がいつもの笑い声を上げながら○○を呼んだ。

「おーい○○、俺様がいいこと教えてやるぜー。ちょっとこっち来い」

ずい、と兄貴が俺を挟んで○○を呼び寄せる。
○○は兄貴に言われるまま俺に近づき、兄貴に耳を傾ける。

「いいかー? 昔、菊にも言ったけどなあ! こういうときは“ありがとう”って言うんだぜ」
『そ、そうでした……ごめんなさい』

その後、兄貴は手でもっと寄るように指図し俺を挟んだまま○○に耳打ちした。
兄貴もしばらく○○と会っていなかったはずなのに、その空白の時間を感じさせないような二人の間柄に少しだけ寂しさを感じる。それが孤独感なのか、それとも羨ましいと思う嫉妬心なのかは分からないが、何かモヤモヤしたものが胸を圧迫した。

「出来るな?」
『……やー』
「あー? 声が小せぇがまあいい。よし、頑張れよー?」

気が済んだのか兄貴は離れ、先程までいた位置に戻る。
○○も離れていき、何やら口をパクパクとさせている(どうやら何かを唱えているらしいが声に出ていない)。

『あ、あの……るーとびっひさん』 

たどたどしく俺の名前が呼ばれる。
そういえば菊から聞いたことがあるが、俺の名前には日本では発音されない音が含まれているらしく○○も発音に苦労しているようだった。
一通りの会話が終わったら「難しかったら呼び方はルートでいい」と言ってやろう。
そう思い、俺は呼ばれた方へ顔を向ける。

「どうした?」
『えっと、その……』
「うむ?」
『……だ、だんけ!!』

そう言って○○は、はにかんだ。
俺は突然のことに言葉に詰まり、体中が固まった。
しかしモヤモヤに支配されていた心がほっこりと温かくなるような感覚に、自然と頬が上がる。
その後の行動を起こさない俺に兄貴が肘で小突く。それに促されるように、俺は左手の軍手を外し腕を伸ばして○○の頭を撫でた。
彼女はびっくりしたように目を丸くした後、目を細めて俺の愛撫を受け入れた。

うまく笑顔が作れているのか分からない。
うまくこの気持ちを伝えられているのか分からない。
怖がらせてはいないだろうか、手の力は強すぎやしないだろうか、様々な不安が脳裏を過った。

『だんけ! だんけ!』

しかしそんな不安は杞憂だったようで、即座に○○の魔法の言葉によって払拭された。
新たに覚えた俺たちの国の言葉を呪文のように何度も何度も唱えている○○が愛おしくて、しばらく頭を撫でてやる。

「Bitte!(どういたしまして)」

意味が伝わっているかは分からないが、○○はにっこりと笑って芋を頬張った。
ふと顔を上げると、兄貴はいつの間にか焚き火の前に移動しており、菊と兄貴がお穏やかな視線を俺たちに送っていた。
照れ隠しのために表情筋を働かせようとすると、その時自分の頬がどれほど緩んでいたかを嫌でも自覚した。

「ケセセセセ。顔が緩んでるぜー、ヴェスト!」
「いい顔ですよ、ルートさん。さ、○○もこっち向いて」

カメラのシャッター音が鳴る。
過保護な二人がカメラを構えていた。
二人して同じ格好をしているのが可笑しく、俺達は笑った。

***

ギルと夢主の耳打ち会話
「俺たちの国の言葉では“ありがとう”はDankeって言うんだ」
『だんけ?』
「そうだ。折角だからヴェストに言ってやれ。練習も兼ねてな」
『(だんけ、だんけ……)』
「出来るな?」
『……やー(Ya:はい)』
「あー? 声が小せぇがまあいい。よし、頑張れよー?」


(料理)
DROOM:出典

2014/12/15

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テーマ「人外ファンタジー」
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