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  12:一歳


 七月二十三日。

 去年の今日、サスケが産まれた。おめでたいこの日の食卓にはご馳走が並べられて、いつもは一族の人たちと顰め面を顔に貼り付けているお父さんも、心なしか穏やな表情を浮かべているように見える。

「さあ、サスケ。ちょっと重いけど頑張ろうね」

 お母さんが卓袱台の上に置いてあった大きなお餅の塊を風呂敷に包んだ。

『それ、何?』
「一升餅って言って一歳の誕生日を祝うものよ」

 ほら、とお母さんに渡された、布に包まれたお餅はずしりと重たい。私はそれをイタチにも渡した。

「転ばせ餅っていう行事でね。〈一升〉っていうのは人の〈一生〉に掛かってて、一生丸く長く生きられますように、食べ物に困りませんようにっていう願いを込めて、一歳の誕生日にやるものなのよ」
『なんで転ばせ餅って言うの? 転ばせるの?』
「そうよ、可哀想だけどね。だって一升なんて重さは一歳児には背負えないもの。だから転ばせて成長とか健康を祝うんだって。……母さんもお祖母ちゃんから聞いたんだけどね」

 ハイハイで進むサスケは突如背中に乗せられた重たいものに不快感を示し、むぅと不満の声を上げた。

「サスケー、ほら、たっちしなさい。たっち」

 お母さんがサスケに促す。
 サスケが不思議そうな顔をしてお母さんを見上げているのを、私とイタチはただただ見ていた。私たちも一歳の頃にやったそうだけどなんだかよく分からない行事だな、と思った。
 お母さんの呼びかけに応えるようにサスケは、背中に重たい風呂敷を背負ったまま、震える足でなんとか立ち上がる。

「……んぐっ……しょっ…」

 重みのせいで右へ左へフラフラするものの、二三度ふらつくとバランスが取れたのか、両手を上げてお母さんの方へサスケは歩き出した。
 お父さんの方を盗み見ると、幼いながらも奮闘する息子の姿に満足したのかカメラレンズを覗く顔が綻んでいて、久々にお父さんの笑った顔を見た気がした。

「あー、あー」
「サスケ、あんよが上手ねー。でも、それじゃだめなのよ」

 手を伸ばし抱っこをせがむが、お父さんもお母さんも私やイタチさえも腕を伸ばさないため、サスケは寂しそうにむずかり出した。

「にぃー!」

 むずかりながらサスケはイタチを呼ぶ。
 きっとサスケはああ言うと、イタチが構ってくれることを知っているのだろう。

「あら、ご指名かしら。……サスケの成長と健康を祝って……お願いしてもいい? イタチ」
「ああ」

 短い返事をしたイタチは、よたよたと兄の方へ歩を進めるサスケの後ろに回りこみ、「ごめんな」と背中を軽く押した。
 自分の体重にお餅の重さも加わり保っていたバランスが崩れたのか、サスケは畳にドタッと音を立てて倒れた。突然の出来事に彼は何が起きたのか理解できていないのか大きな黒い目をぱちくりさせ、そして数拍置き、大声で泣き叫んだ。
 
「サスケよく頑張ったわ、いい子ね」

 お母さんは焦った様子もなく、サスケの背に結び付けられた風呂敷を外し、抱き上げる。
 背中を撫でられてすっかり泣き止んだサスケを座っているイタチの膝の上に乗せたお母さんが、

「ほら、○○! アナタも寄って寄って!」

 と、私の背中を押したので私はイタチの横に座った。

「あ! ○○はこれ持って、お餅」

 お母さんから風呂敷を解いたお餅が渡される。
 よく見るとそれにはピンク色の字で大きく〈寿〉と書かれていて、なんとも不思議なものだと思った。どうやらこの字の部分も食べられるらしい。

「撮るぞ」

 お父さんが言う。お父さんの隣にはお母さんがいて、サスケの目線を何とかカメラの方に向けさせようと音の鳴るおもちゃを駆使して誘導している。
 
『サスケ、前向いて、前』
「父さんの方を見るんだぞ、サスケ」
「うああー」
 
 お父さんは写真を撮る時に掛け声なんて言ってくれないけど、何回かシャッターが押される音がした。しばらくしてお父さんの腕が下ろされる、動いて良いサインだ。

『みんなで撮ろうよ』

 折角なんだから……と思い、私がそう言うとお父さんは「オレはいい」と顔を背けてしまった。きっとそう言われるだろうな、と予想できていたとはいえ、お父さんに気付かれないように私は肩を落とした。

「そんなこと言わないでくださいよ、お父さん! せっかくのおめでたい日なんですから」
「……わかったわかった」

 お母さんは強引にお父さんの腕を引っ張り、私の後ろにお父さんを座らせた。やれやれ、といった表情をしていたが満更でもなさそうに私には見えた。
 すぐさまお母さんはカメラを卓袱台の上に乗せて、高さを調整した後、タイマーを押した。そして急いでイタチの後ろに腰を下ろし、「サスケ、もう一回あそこを見るのよ」とカメラを指差し言った。
 私が背中にお父さんの気配を感じていると、お父さんの手が私の両肩に置かれ、後ろから小さな声で「すまなかったな」と聞こえた。私は何も言わなかったけれどはにかむように頬を緩めた。それがお父さんに伝わったのか、右肩に置かれていた手が頭の上に乗せられ優しく撫でられた。
 ここ最近の顰め面ばかりで近寄りがたかったお父さんが、私の知っている気難しくて不器用で、でも優しいお父さんに戻った気がして嬉しくなった。
 オレンジ色に点滅する小さな光の間隔が徐々に狭まっていき、カシャリ、とシャッターが切れた。
 
「さ! ご飯をいただきますよ。お餅はどうやって食べたい?」

 お母さんがイタチの膝上に座っているサスケを抱き上げて、彼をベビーチェアに座らせながら問う。

「お汁粉がいい」

 イタチが立ち上がりながら答える。イタチは甘いものが好きだ。

「分かったわ。ご飯食べたら準備するわね」

 手掴みで何でも食べ始めたサスケはお腹が減ったのか目の前にあった小さな混ぜご飯のおにぎりを掴み上げて、口を大きく開け齧りつき始めた。
 お母さんはイタチのリクエストを聞き入れながらサスケに目をやり、あらあらと言う。

『サスケ……まだおめでとう言ってないから、ちょっと待って』
「あぁーう!」

 ほら見て全部食べたよ、と両方の手のひらを開いて見せてくるサスケの右手には米粒が付いている。彼は気にしていないのか気づいていないのか、その屈託のない笑顔をこちらに向けてくるので私は小さく失笑した。全部食べれたのえらいね、と言うしかない。

「はい、姉さん」
『ありがとう』

 イタチからオレンジジュースが注がれたグラスが渡される。
 我が家では特別な日だけは食事の時にお茶以外の飲み物を飲んで良いことになっているため、イタチの誕生日以来だった。

「準備はいいかしら……せーの!」

 サスケ、お誕生日おめでとう。
 お母さんの音頭で私たちは祝福の言葉を唱えた。乾杯。お父さんはお酒、お母さんと私たちはオレンジジュースが入ったグラスを傾け、それらがカチャン、と心地良い軽い音を奏でた。


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再執筆:2015/10/22
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