小説 | ナノ


  オモチャ箱と白昼夢


私がオモチャ箱に連れて来られて、どれほどの時間が経ったのか分からない。
壁一面の大きなステンドグラスは昼夜問わず輝きを放っており、強化ガラスでできているのか、それを割って逃げ出すことはできなかった。
他に窓一つ無いこの広い部屋には電灯が無く、ステンドグラスから入ってくる光と祭壇に飾られた蝋燭の灯火のみで、全体的に薄暗い。

「○○はそこが好きだね」
『ここが一番、明るいんだもの』
「暗いとこ、こわい?」
『そういうわけじゃないけど……』

軟禁されているらしい私は手枷も足枷も付けられておらず、比較的自由で、体を痛めつけられることもなかった。
ご飯もくれるし、トイレもお風呂もある。ただ、この部屋――カミサマはオモチャ箱と言っていた――とその隣に隣接されたトイレとお風呂、私が寝ている小さなベッドがある寝室から出ることはできなかった。

「ねえ、僕眠いから○○も一緒に寝ようよ」
『……うん、いいよ』

私をここに連れて来て閉じ込めている物好きな張本人は、オモチャたちが敷き詰められた床に横たわり、その隣をポンポンと叩いた。

カミサマは成人男性の大きな体を仰向けにして私を誘う。
彼は私が彼の横に腰を下ろすと、今日の出来事を話してくれる。
以前彼はこの城にやってくる悪い人たちをやっつけている、と言っていた。
私はこの部屋から出られない上に外の様子が知れない以上、彼の城だというこの場所がどういった所に建っているのか分からない。彼の話を聞く限り、あまり治安の良い場所ではなさそうだ。

「今日はね、赤い髪のお兄さんとその仲間を追い払ったんだー」
『怪我しなかった?』
「うん、だって僕強いから。赤のお兄さんは丈夫だし僕の新しいオモチャになってくれると思ったんだけどね、邪魔されちゃって。そしたら○○も寂しくなかったのにね、残念」
『私も、オモチャなの?』
「違うよ、○○は僕のお姫さまだもん」

そう言うと彼は腕を伸ばし、その大きな手で私の手を取ると口元まで運んで行き、手の甲にキスを落とした。
不覚にも絵になる姿にドキっとする。

「○○は今日、何をしたの?」
『今日は……』

カミサマにそう言われて今日一日というか、起きてから今までのことを振り返ってみる。
何をしたも何も、私はここに来てから外に出られていないし、この部屋でのんびりステンドグラスを眺めたり、子どもに戻ったように床にあるぬいぐるみやオモチャの車を動かしたり、まるで一人ままごとのようなことをして眠くなるまで時間をつぶすしかない。

『今日も退屈だった、かな』
「そっか、じゃあ明日は僕と遊ぼうよ」
『――うん。あのね、カミサマ。私、そろそろ外に出たいの』
「外?」

部屋の中の空調は行き届いてはいるが、もうしばらく太陽を拝んでいない。
彼の顔の左半面にある火傷のような傷跡を優しく撫でながらダメ元で彼に頼んでみると、

「ずっとここに閉じ込めておくのも可哀想だし、うん、いいよ」

と、意外な答えが返ってきた。

『え、本当?』
「うん」

そう言うと彼はすくっと立ち上がって私を見下ろした。

「今から連れて行ってあげるから、目、つぶって?」
『うん!』

手を引かれ立ち上がった私は彼に言われたまま、目を閉じた。
すると、「もう開けていいよ」という合図のように風が頬を撫でた。
久しぶりの感覚に感動を覚えつつ、期待を込めてゆっくり目を開ける――。

『そ、外だ……!』

目の前に広がるのは、青々とした緑の草とまばゆい太陽の光。
爽やかな風の香りが鼻を掠めて、私の頬は自然と上がっていた。
辺りを見渡してみてもカミサマの姿はどこにも無く、これはもしかしたら家に帰れるかもしれないと思い、とりあえず人がいそうな場所を目指して歩いた。

久しぶりの土の感触、私とカミサマ以外の人の声、じりじりと感じる日光の熱、長閑な鳥の鳴き声、全てが懐かしく愛おしく感じる。
しばらく歩くと、見知った道に出た。
ここまで来れば私の家まであと目と鼻の先だ、と思って胸は弾み駆け足になる。

『帰って来れた、よかった』

カミサマには悪いと思ったが、私は誘拐され軟禁されていた被害者なわけだし、自力脱出は何も悪いことでは無いんだ、と自分に言い聞かせて自宅のドアノブに手を掛けた。
――きっと、中では母がいつまでも帰って来ない娘を心配しているはずだ。父は母の肩を抱いているかもしれない。

『ただいまー!』

ドアノブを回す。




「おかえり」

聞きなれた声がした。
自宅の玄関に足を踏み入れると、一瞬にして景色が変わった。

――床に敷き詰められたオモチャの山、壮大なステンドグラスの壁。
子どものような無邪気な笑顔で私を迎える、カミサマ。

『…………うん、ただいま』

彼の笑顔がひどく憎らしく見えた。
そして同時にどうしようもない無力感と絶望感に押しつぶされた。
苦しくなって苦しくなって、頬に涙が伝った。


「泣くほど楽しかった? じゃあまた見せてあげるね」



2014/07/10
(CV:nmkwさんなキャラ)
DROOM:出典

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