小説 | ナノ


  オモチャ箱と人攫い


たまたま重い荷物を運んでいたお婆さんを助けたら、その人が飲茶屋さんの女将さんで。
店先まで荷物を運んであげたら、御亭主さんに大変感謝されてお礼として桃饅を二つもらった。
昼食を食べたばかりだったので二つも食べられず、それこそたまたま近くにいた金髪のお兄さんに声をかけると、お兄さんはにこっと笑って快く受け取ってくれた。


――――そこからの記憶が無い。


気が付いたらオモチャ箱にいた。
部屋全体が文字通りオモチャ箱のようで、床には所狭しにぬいぐるみを始めとした玩具が敷き詰められており足の踏み場が無い。

『わあ、すごい……』

部屋の奥には大きなステンドガラスが壁一面に埋め込まれていて、その壮大で錚錚たる佇まいに圧倒され、私は感嘆のため息をついた。
すると後ろのドアが開き、誰かが部屋に入ってきた。

「あ。起きたんだ」

おはよ、と微笑むように目を細めたのは私が昼間、町で桃饅をあげた金髪のお兄さんだった。
巷で噂の三蔵法師の法衣を纏ったその人は、床を埋め尽くす玩具たちの中からうさぎのぬいぐるみを拾い上げて、それを脇に抱えたまま私の前にすとん、と腰を下ろした。

『あの、ここどこですか』
「僕のお城だよ、気に入ってくれた?」

これから君もここで暮らすんだよ、と何食わぬ顔でさらっと言った彼の言葉がとても重要なことであると気付いたのは、二三拍経ってからのことだった。
彼の言葉をなんとか理解した私は、身体の底から恐怖と不安が入り混じったドロドロしたものが滲み出るような感覚に陥った。
暑くないのに汗が出る。それなのに、指先がどんどん冷たくなり震えだす。

どうして私はここにいる、どうして見知らぬこの場所に私はいる?
自問自答を繰り返す。しかしそれを繰り返すに従って身体の震えが増していった。
――人攫い、だ。
確かに町ではよく人攫いが出たという噂を耳にするが、まさか本当にしかも自分自身がそれを体験することになるなんて思いもしなかった。

『私……売られた……?』

人攫いの目的は、性奴隷だったり臓器を売買するためだったり、はたまた何か宗教的なものに捧げる供物として扱われたりと何らかの理由で“人”を欲しがる相手に提供することだと昔聞いた。
私はきっと町で目の前の彼と出会った後、人攫いにあったんだ。
そして、この人に買われた――――。

「さっきから震えてるね、寒い? 大丈夫?」
『……こ、来ないで!』

すっ、と伸ばされた手を払い落し、彼との距離を広げる。
私は咄嗟にそうしてしまったが、即座に後悔した。
主人に反抗すれば殺されることだってあるのだ、折檻されるかもしれない。

『あ……あのっ、ごめんなさい……ごめんなさい……』

震える。涙が出る。怖い。怖い。死にたくない。帰りたい。

私は自分の身体を抱きしめながら、彼を恐る恐る見た。

「ちゃーんと謝れるのは良い子。よしよし、もう泣かないで?」

彼はもう一度私に腕を伸ばした。
私は拒んではいけないと思い、身体を縮こめながら抵抗をやめた。
すると彼の力強い腕が私を引きよせ、大きな手が背中に回る。

ポンポンと背中を優しく叩かれた。
大丈夫だよ、という言葉が何度も何度も降ってくる。

それなのに私はなぜだか涙が止まらなくて、嗚咽を上げながら彼の胸を濡らした。
いつまで泣いているんだ、と殴られるかもしれないと思って必死に泣きやもうとしても涙は次から次へと溢れ出て、子どものように泣きじゃくった。

しかし彼は怒るどころか私を安心させるように、背中をさすり、髪を撫でた。

「あ、もしかして売られたと思ってる? 違うよ?」
『……そう、なの?』
「うん。僕が君を連れてきたんだ」
『……なんでっ』
「僕が気に入ったから」

彼は私を離すと今度は両手で私の頭を優しく挟んた。
筋張った男の人の手の感覚を、悔しくも少し心地よいと感じてしまった。
ステンドグラスから入ってくる光が彼の金の髪に反射して、きらきら光る。

彼の手は魔法の力でも宿っているのか、不安と恐怖に支配されていた私は徐々に落ち着きを取り戻し、今までの涙が嘘だったかのように引っ込んだ。

「ねえ、君の名前はなんていうの?」
『……○○』
「へー、○○っていうんだ。良い名前だね」
『あ、あなたは?』
「僕? 僕は――」

――カミサマ。
そう言って、彼は先ほど抱えていたうさぎのぬいぐるみを私に押しつけて立ち上がった。
そして振り向きざまに、

「そうそう、隣の部屋は寝室だから好きに使っていいよ。あと、お風呂とトイレとこの部屋も。お腹が減ったら言ってね、ご飯持ってくるから」
『え、あの……』

「またあとでね、オヒメサマ」

そう言い残した後、がちゃん、と扉が閉まる音がして彼はいなくなった。



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