小説 | ナノ


  夢主編(前)


松兄がいなくなった。


四方を山で囲まれたこの村に生まれた私は、この村から出たことがなかった。
子どもにしてみれば、日々生活するにはこの狭い村の中で十分だったのかもしれない。
村の人は皆顔見知り。
小さくはない集落だが、村中を駆け回っていれば嫌でも村のことや村人のことを覚えた。


それゆえに異常に気付くのも早かった。


『かか様、最近松兄を見ないのですがどうかしたんですか』

松兄――松助は私より三歳年上の村の子どもだった。
小さい頃の私の子守りや遊び相手になってくれる“お兄さん”だったが、少し前から彼は働き始めたのだ。
この村の子どもは七歳を過ぎれば大人の仲間入りであるため、大人たちと交ざり働き手の一人として考えられるのだ。
彼は八歳だった。

「松兄とは……?」
『三軒隣りの松助のことです、最近は畑にもいなくて……風邪でもひいたのでしょうか』


松兄は優しかった。
畑に入り、土だらけになりながらも私や村の子どもたちを見かけると大きな声で呼びかけ、話しかけてくれる。
松兄と毎日遊べなくなったのは寂しかったが、働く彼は私たちよりずっと大人らしくてかっこよかった。

そんな彼が最近姿を見せない。

もしかしたら体調を崩しているのかもしれない、と考え彼が畑に戻るのを気長に待った。
しかし、何日経っても松兄は現れることはなかった。
大人たちも何も言わないため、考えたくもないことが脳裏に浮かぶ。


「○○、何を言っているんだい。松助なんていう人はこの村にはいないよ」
『え……、かか様こそ何を言っているんですか。松兄ですよ、子守りをしてくれていたじゃないですか』
「いいや、知らないよ。お前さん、妖怪に化かされたんじゃないのかい。この村には昔から妖怪が多いから……」
『――妖怪?』

昔からこの村には妖怪が現れると言い聞かされていた。
何の妖怪なのかは分からない、特に悪さもしない。
村の子どもに交じって日々を過ごし、ある日ぱたっと消えてしまう、そんな妖怪。

「ともかく松助なんていう名前の人はこの村にはいないよ。馬鹿なこと言っていないで畑からとと様呼んできなさい、夕餉にしますよ」
『はい……』

私は落胆した。
とと様にも確認したが、かか様と同じことしか言わなかった。
それでも松兄が妖怪だなんて信じられなかった。
私より三歳年上の松兄は確かに存在していた、のに……。
信じられなくて私は松兄の両親にも確認をしにも行った。
しかし二人とも「そんな名前の子はうちにはいない」と言って、かか様と同じように「妖怪に化かされたのよ」と笑われた。


『うそだよ、松兄が妖怪だなんて』
「でもうちのおとうもおかあも、松兄なんていないって言ってるよ」
「妖怪に会っちゃったんだよ僕たち!」

時が流れるにつれて村人たちは松兄のことを忘れていった。
私や松兄と一緒に遊んでいた子どもたちも、最初は大人たちの言うことを疑っていたが今ではすっかり「松兄は妖怪だった」と考えていた。
挙句の果てには私も、彼は存在していなかったのだと思うようになっていた。



――その日までは。

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