小説 | ナノ


  18


周りから見たら今の僕たちは、戦にでも行くのだろうかと思われるだろう。
それほどまでに意気込んでいた。

今日は生物委員会が○○と一緒に活動を行うらしく、朝早くから一年生たちが○○を呼びに来た。
一応休暇の日であるため、忍装束を着ていなかったが。
(生物委員会委員長代理の竹谷に「生き物を育てるのに休暇も何もありませんよ」と言われそうだ)


「……そろそろ行こうか」

外出届けを小松田さんに手渡して、僕と仙蔵、留三郎は忍術学園を後にした。
足を動かす度に、着実に○○の謎の解明に近付いている気がした。
今回でこの村とは決着をつける。
こんな言い方だと村人たちと一戦交えるのかと思われそうだが、僕たちが導き出した推測を確かめに行くだけだ。
もしもそれが見当違いであるのだとしたら、もうこの村から手を引く。

村までの道のりは覚えていたため、難なく昼過ぎには到着した。

「ここか」
「あぁ」
「想像以上だな」
「そうだろう」

笠を外し村の土地に足を踏み入れる。
辺りを見渡して村人を探した。

しかし一点だけ、この間訪れた時とは違う感覚を痛感した。
どこか張り詰めた空気が村には流れていた。
恐怖や緊張、怯え、息を潜めて静かに事が過ぎるのを待つ。
まるで捕食者と遭遇してしまった被食者が発する警戒心のような、僅かな抵抗。
それが僕ら部外者に向けられたものなのか、そうではないのかは分からない。

「なんか息苦しくねぇか」
「――あぁ、この前は感じなかった感覚だがな」


村の中へと進んでいく。
この間よりも畑の作物には多くの花が付いていた。蕾もあるがそのうち開くだろう。
太陽が照りつけ、じわりと汗が流れる。



「この間の和郎(わろ)か…」


こちら側に歩いてきたのは、この前僕らに話をしてくれた翁だった。
彼の後ろを見てみると、遠くに小さな少年が見えた。
きっとあの少年が翁に報告したのだろう。警戒されているようだ。

「こんにちは、先日はどうもありがとうございました。とても参考になりました」

僕はにこりと笑って翁の出方を見る。

「それで資料を纏めているうちにお聞きしたいことが出てきまして、本日はそれを伺いに参りました」

ここまでは作戦通りだ。
禁宿に取り入る習いにうまく掛かってくれた翁は先ほどまでのような警戒を解いて、「こんなところはなんだから」と僕らを自宅に招いた。
僕たちは彼の親切を受け取り、どこからか密かに感じる視線に気付かないふりをしながら翁の家へと向かった。
翁の親切を素直に受け取れない自分が嫌だが、もし家に通されて口封じのために殺されてしまっては本末転倒もいいところだ。
仙蔵と留三郎に目配せして、暗器を忍ばせてある場所を確認する。

「狭くてすまんなあ」
「いえいえ、いきなり押しかけてすみません」

翁の家は広く、彼がそれなりに力のある地位にいることが見受けられた。
客間に通され茶菓子も振舞われた。


「――早速ですが」


仙蔵が打ち合わせ通り、口を開く。

「○○という少女、この村にいますか」
「なんだ、この前も同じことを聞かれた気がするなあ。残念だがそんな子はおらんよ」

同じ違和感だ。
前にこの質問をした時に感じた違和感。
真実では無いが嘘でもない何かを必死に隠そうとしているのが、今になってみれば見え見えだった。

「それは失礼しました。……では、○○という少女はこの村にいましたか」

でも今回はこれでは終わらない。
僕と仙蔵が仕組んだことだが、翁が哀れに思えた。

言葉を詰まらせた刹那、翁は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「な、なんなんだお前たちは!!」

どんどん核心に近付いていく。
僕の予想は確信へと変わっていく。

「質問に答えて頂きたい」

翁の額からは脂汗が吹き出、露となっている。
冷静を保とうと湯呑を持つその手が震えていることを、僕らは見逃さなかった。


「領主が代わってから人身御供はできなくなったと仰っていましたね」
「……あぁ、そうじゃ。そうだとも。それとその少女に何の関係があると言うんだね」
「ならば答えて頂きましょう、その少女はこの村にいたんですか」

仙蔵はよく研がれた千本のようだ。
隙を見つけては一寸の狂いも無くすらりと切っ先を向け、攻め立てる。

「大丈夫ですよ、ここの領主に密告したりしませんから」


かたん、と翁は湯呑を茶托の上に戻した後、一度大きく深呼吸をした。
観念したかのように大きく息を吐き出す。

「――あぁ、いた。○○はこの村に」

「人柱になったのは、○○で間違いないですね」
「あぁ、そうじゃよ。あの子には可哀相なことをした……」

シラを切られれば僕たちを欺けたはずなのに、翁はそれをしなかった。
核心をつかれて動揺したせいと、どこか後ろめたさがあったのかもしれない。


領主が代わってから人身御供ができなくなった、それは間違いではない。
だから、だ。
山の神を畏怖している村人たちは、ある日突然領主が代わったからという理由で供物を奉納されなくなったことに、神が怒り祟ることが恐ろしくて耐えられない。
ならば、領主に気付かれないよう秘密裏に人身御供を行うしかない。

つまり、人身御供はできなくなったが、実際は行っていた、ということになるだろう。

それなら、○○の存在を否定したのも、彼女を元からいないことにするためだと説明がつく。

「あの、○○の墓はあるんですか」
「……この村では人柱になった子の墓は無い」

それはつまり、生きていたことを証明しないということだ。
今、翁は“人柱になった子の”と言った。
そこから考えると、○○より前に人柱にされた人たちの存在も元から無いことにされている可能性がある。

「どうしてお前たちが○○のことを知っているのかは不思議じゃが。……○○は十年に一度の山の神への供物として奉納された。無事に七つまで生きてこれたんじゃが……でも村のためだ」

「○○のご両親は……」

「あいつの両親も、ここの村人も彼女のことは承知の上じゃ。もういいだろ、この村に○○はいない、そんな娘は存在していなかったんじゃ」


翁の言葉が驚く程冷たく感じた。
彼は残虐非道で非人道的な顔をしているわけではない。
○○や人柱にされた子たちに対して、本当に申し訳なさそうに、しかしどうすることもできないといった表情をしていた。
ここの村人たちも自分の子どもをむざむざと死なせたくはないだろう。
しかし、天災も蔑ろにはできない。
不本意だが人身御供を行わなければならない、と自らを納得させているのだ。

僕はここの村人を責めることはできなかった。


「もう、ここには来ないでくれ」

僕たちは追い出されるように翁の家を後にした。
辺りを見渡すと青々と茂った農作物、そして堂々と聳える山々がどこか悲しそうに見えた。
人命をもってして保たれている村の平和、平和のために生きていたことを否定された人柱たち。
――何とも言えない居心地の悪さを感じながら、村を後にした。

もうここへは来ない。


「○○には帰るべき場所が無くなったな……」
「うん、そうだね」
「忘れられるってのは、辛いよな」

「――うん、辛いよ」

だから一刻も早く、彼女には記憶を思い出してほしいし記憶が蓄積されていってほしい。
しかし、彼女の知るべき記憶は酷過ぎた。

自分が生きていなかった存在にされていると伝えられたら、彼女はどれほど絶望するだろうか。
このまま何も思い出さずに、今のまま日々を過ごしていた方が彼女のためなのかもしれない。
でも僕は、彼女に名前を呼ばれたい。
僕たちが彼女と生きていたことを思い出させてあげたい。

思いが交錯した。

足元不注意で不意に落とし穴に落ちたり、留三郎が後ろで何か言っていたけど何も耳に入ってこなくて生返事だけを返したり、突出した木の幹に頭をぶつけたりした。

「……伊作!」

ふと我に返る。
仙蔵が僕の名を呼んでいた。


「僕は、○○を生かしてあげたい」

口に出してから気付いた。最近無意識に口走っていることが多いな、と我ながら思う。
仙蔵や留三郎は一瞬間の抜けた顔をしていたが、すぐに口角を上げて目を細めた。

「決まったんなら、前見て歩け」

留三郎に背中を押された。


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