小説 | ナノ


  09:左遷


 私が目覚めたのは、九尾襲来から二日目のことだった。
 あの後、夜が明ける前に九尾の狐は四代目様とクシナさんの命と引き換えに封印されたと聞いた。
 再び安寧が訪れた里だったが、私は外に出て様子を見て絶句した。

(ボロボロだ……)

 家屋の残骸、人の死体の山、崩壊した建物と抉れた地面。戦争よりも酷い有様だった。
 里の様子に絶望に似た感情を抱きながら台所に行く。

「あら、もう起きて平気なの?」

 お母さんがいつもと変わらない顔で迎えてくれる。
 丸一日何も口にせずに眠っていた私の喉は乾ききっていて言葉が出なかった。頷いてから、冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いで飲み干す。
 冷たさが喉を通り胃に落ちた。

「そうそう。和室の方は危ないから行かないでね」
『危ない?』 
「お家、壊れてるから」

 私は居間から出て廊下から和室の方を覗きこむ。壁が抉れて大きな岩が和室を陣取っていた。お母さんは、家の被害はそれだけだったため、私たちは襲来翌日からここに戻ることができたのだと言った。

『……イタチは?』
「また森で修行よ」
『そっか。サスケは? 怪我とか無かった?』
「とても元気よ」

 ほら、そこ。とお母さんはベビーベッドを指さした。そこには大きな黒い目を見開いてベッドメリーを眺めているサスケがいた。

『サスケー、おはよう。姉さんだよ』
 
 キャッキャ、と笑い声を上げるサスケを抱き上げて床に座る。少し伸びた黒い髪を撫でてあげると目を細める。そんな姿に私も自然と頬が緩む。幸福感に包まれる。

「……ねえ、○○。いつの間に医療忍術なんてできるようになったの?」

 お母さんが言った。
 医療忍術の授業を受講していることはお父さんには勿論、お母さんにも秘密にしていた。お父さんに言えばきっと反対されると思ったし、黙っていることに越したことはないと思ったからだ。

『最初の授業で、……素質があるって言われたから授業を取ることにしたの』
「母さんびっくりしちゃった。でも、カッコ良かった。誇らしいと思った。アナタが私の……私たちの子で良かったと改めて思ったわ」
『……どうしたの、お母さん。いきなり』
「一昨日のアナタたちを見て思ったの。イタチもアナタも、母さんの知らないところで成長してて……なんだろうね、ちょっと前まではアナタたちも今のサスケみたいにバブバブしてたのに」

 お母さんに褒められるのは嬉しいけど、時々どうしようもなく目頭が熱くなる時がある。きっと私がその時一番言われたい言葉を言ってくれるからだと思う。認めてくれるからだと思う。

『お母さんはすごいね。私が欲しい言葉全部分かっちゃうんだから』
「アナタを産んだ母親なのよ、あたりまえじゃない」

 お母さんは私をサスケごと抱きしめる。垂れた長い髪がくすぐったかった。

「よく、頑張ったわね」

 目尻から溢れた水が頬を伝い流れ落ちる。悲しい涙でも悔しい涙でもないのに溢れた。
 一昨日のことは誰かに褒められたいと思ってやったことではなかったけれど、私の行動が無駄ではなかったと思える証拠が欲しかった。そうじゃないと、ただの自己満足で終わってしまうから。
 お母さんの言葉は的確だった。

『ごめんね、サスケ……顔が、濡れちゃったね……』

 私の涙がサスケの額を濡らす。私は急いで自分の涙を袖で乱暴に拭き、指でサスケの額を拭った。



 九尾の妖狐により里の大半が破壊された。
 アカデミーの校舎も崩壊してしまった部分があり、補修作業が入るまで休校だ。
 急ピッチで復旧作業と区画整理が行われる中、里の片隅の森を伐採し新たな居住区をつくる計画が進んでいるらしい。中心街からは離れていて、里の人々からは「区画整理とはいえ、あれは遠すぎやしないか」という声も上がっていた。

「近いうちに引っ越す、荷物を纏めておけ」

 お父さんは仕事から帰ってきてそう言ったきり、何も話さなかった。いつにもまして不機嫌さが顔に滲み出ていた。
 家が壊れてしまったから建て直すための引っ越しだとばかり思っていたが、お父さんの憤りを含んだ悔しそうな顔からするとそうでもないみたいだ。


『ちょっとイタチと散歩してくるね』

 そう言って、夕飯の後、私はイタチを夜の散歩に連れ出した。私が寝ている間に起きた出来事を把握しておきたかったからだ。

 瓦礫が散乱している道。
 まだ少し血の匂いがどこからともなく香ってくる。

『なんでお父さんはあんなに怒ってるんだろう……』
「木ノ葉の上層部がこの前の九尾の妖狐の襲来はうちは一族の仕業だと決めつけて、うちは一族を里の隅へ追いやろうとしてるからだよ」
『え、なにそれ!』
「九尾を操ることができるのは写輪眼だけらしいから……不安因子を一箇所に纏めれば監視もしやすいからだろう」

 違う、それじゃない! と、私はイタチを一喝する。私が聞きたいのは引越し先ではなく〈九尾の妖狐襲来はうちは一族の仕業だ〉ということに関してだ。
 イタチは私が声に出さずとも言いたいことは分かったようで、

「本当も何も、今回の件はうちは一族の仕業じゃない……と思う。少なくとも木ノ葉の里に住むうちは一族じゃない」

と言った。

『濡れ衣にも甚だしいし、事実無根じゃない。そりゃあお父さんも怒るよ……』
「事実無根だろうが上層部にとったら、前々から木ノ葉に不満を募らすうちはを追いやれればよかったんだ。今回は九尾襲来による区画整理という大義名分がある。おそらく今回ので木ノ葉とうちはの確執はより深まる。父さんたちの話を聞く限りじゃあ、九尾襲来時も警務部隊が九尾と戦わず非戦闘員の避難に徹したのも、うちは一族を九尾に近付けないために上層部から命令されたかららしい。もっとも、非戦闘員の避難も警務部隊の業務として重要だと言われたみたいだけど……」
『うー、間違っちゃいないけどさ』

 頭が痛くなった。

『それじゃあ、お父さんが怒るだけならまだいい方じゃん。もしかしたら……』

 言いかけて私は言葉を飲み込んだ。軽々と口にしていいような言葉じゃなかった。しかし、有り得ない笑い話で済まない気がするのが何よりも怖かった。それほどまでにうちは一族は木ノ葉に対し不満を持っている。
 イタチがこくりと首を縦に振る。

「木ノ葉とうちはは仲が悪い、だけでは済まされなくなる」

 私は先程までは木ノ葉上層部のうちはに対する処遇に不服だった。言い換えれば木ノ葉上層部に対し腹を立て、憤り、不満を持っていた。しかし今は違う。そんなものはどうでもいいとさえ思えた。

「帰ろう、姉さん」
『うん。……今日、イタチに話を聞いておいてよかった。私も一族に飲み込まれるところだった』

 きっとお父さんに聞いていたら私はうちは一族側の意見を持っていただろう。選択を間違えなくて良かったと心の底から安堵した。

「そうだったとしても姉さんはきっと途中で気付くよ」

 だって、戦争の恐怖は姉さんが一番知ってるだろう? と言う。
 誰のせいだと思っているんだ、と負けじと言い返す。イタチは黙る。少しして小さく、ごめんなさい、と言った。冗談のつもりだったから私は動揺した。
 きっとイタチはあの日のことを悔やんでいるのだ。私もあの日のことは今でも忘れないし、時々フラッシュバックするぐらい脳裏に焼き付いている。イタチはそれ以上に私にそれをさせてしまった罪悪感にも苛まれているのだ、おそらく。

 私は小さな弟の頭を撫でる。

『冗談冗談。私は大丈夫だよ。イタチが悪いんじゃない。きっとあの時は神様が私たちを選んだんだよ。戦争の怖さを教えるために……一族が過ちを犯さないようにするために……』

 大戦の日、私が敵忍を殺さなければならなかったのはイタチのせいだなんて一度も思ったことは無い。思おうともしない。それでもイタチは自責する。

『無意味な時間を過ごす暇があるなら強くなろう、イタチ。アンタが自分を責める時間なんて無駄でしか無いよ。……ありがとうイタチ。私に貴重な体験させてくれて。きっと私、あのことがなければお父さんや一族の皆みたいな考えだったと思う。戦争の怖さを一番知ってるのは私。そしてイタチも。だからもう起きないようにしよう。あんな怖い思いはしたくない。ね、そうでしょう』

 イタチは力なく頷く。

『男の子でしょ! くよくよしない! 頑張ろう、サスケがあんな思いしないように』

 イタチは本当は泣き虫だ。ある日を境に感情を押し殺しているだけ。きっと感情よりも優先するべきことがあるだけ。笑いもするし泣きもする。怒るし、悲しむ。
 人のことを何よりも先に考える優しい、何にも変わってはいない私の弟だ。私は少し安心した。



 間もなくして、うちは一族は里の片隅へと集められ、私たち家族も新たに作られた集落へ引っ越した。
 新しい家は今までの家より大きく、私は二階の一室を自室として貰えた。

「隊長! これは区画整理なんかじゃありませんよ。迫害です!」
「分かっている……」
「木ノ葉はうちはに九尾の濡れ衣さえ着させ、その上この仕打ち。弁明の場さえ与えられないとは……!」

 新築のいい薫りがする。
 お父さんの居室には毎日のように一族の人たちが訪れ、そこから罵詈雑言に似た木ノ葉への不満と不服を訴える声が聞こえてくる。

(またか……)

 お父さんたちがこの処遇に対して「しょうがない、受け入れるしか無い」と簡単に折れることが難しいのは分かっている。お父さんたちは一族を背負っている。長い歴史を持つ誇り高い一族の名を背負っているからその名誉のためにも、簡単に折れることはできないのだ。
 
「どうしたの、○○。箸が止まってるわよ」
「あぅぁー」

 お母さんとサスケが私を見て言う。やっぱりサスケはお母さんに似てるなと思う。同じ目で見つめられた私の頬は緩やかに上がり、口は弧を描いていた。

『ううん、なんでもないよ』
「ぁーあ」
『うんうん、サスケはお喋りが上手だね』

 
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再執筆:2015/09/13
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