小説 | ナノ


  17


夕飯を食べ終わり、入浴を済ませ僕は自室に向かった。
勿論、○○から今日の活動の内容は聞いてある。

彼女は字が読めないから、図書委員全員が識字者であることに驚いてた。
しかし字が読めないからこそ、彼女は今日、たくさん図書委員たちと話したらしい。
長次は声が小さいから聞き取れたのかな、とか、きり丸は変なこと教えてないかな、とか、思うところは多々あったが、
『今度、雷蔵くんが本を読んでくれるって約束してくれたの』
と、嬉しそうに語る○○の話を聞いていたら自然と顔がほころんだ。



「ただいまー…っと」

六年長屋の自室に戻ると予期せぬ来客が僕を待っていた。
僕と留三郎、互いの私物が混ざらないようにと部屋の中を仕切っている衝立が取り払われており、
それが無くなって広くなった部屋の中には、相部屋の留三郎と、一年は組の乱太郎と三治郎が敷布団の上に座っていた。

「おや、乱太郎に三治郎…。どうしたんだい」

「夜分にすみません、伊作先輩には話しておこうと思ったことがあったので…」
「乱太郎は?」
「三治郎の付き添いです」
「そうか、待たせて悪かったね」

留三郎が大きな欠伸をした。
少しは空気を読んでくれ、と肘で小突くと「すまん…」と彼は微苦笑した。


「あの、単刀直入に言わせて頂くんですが……○○さんって本当に生きているんですか」


おそらく話の内容は○○のことだろうとは予想していたが、まさかの質問に言葉を詰まらせた。
僕や留三郎、付き添いの乱太郎でさえも三治郎が言った言葉の意味を理解するのに必死だった。
彼は決して○○のことを悪く言うつもりではなかったのだろう。
皮肉にも悪態にも聞こえなかった。

そういえば三治郎は山伏の子で、それの修行もしているんだったか。
神霊系は三治郎の方が詳しいのかもしれない。

「僕、山伏の修行で時々特殊な人に会うんです。禍々しい何かを纏った人、父によるとそれは呪われた人らしいのです」
と、彼は言った。

――呪われた人。
まだ意味が理解できていなかった。
三治郎が言った、○○は生きているのか、という質問と呪われた人というのに何か関係があるのだとしたら、おそらく、その呪われた人というのはもうすでにこの世で生きてはいない存在のことなのだろう。
そうなると、三治郎は○○はこの世の存在ではないのではないか、と言いたかったのではないだろうか。


「○○さんにも、その人たちと似たような感じがするんです」
でも、今まで僕が見てきた人たちのものよりもずっと明るくて神々しい、それでいて呪いに似た何かが○○さんを覆っているのが見えるんです、と彼は続けた。


三治郎が言ったことは何となく分かる気がした。
彼のように正確にではないが、○○に会う度、神仏を前にしたような気分になるのは前々から感じていたからだ。


「三治郎は…、○○が死んでいると思うかい?」

「おい、伊作!」
「いや、違うんだ…。別にそういう意味じゃない、三治郎を責めているわけじゃないんだ。ただ、三治郎から見て○○をどう思うのか聞きたくて…」

三治郎は黙り込んだ。
意地悪だったかもしれない。
○○が死んでいるわけないのに。でも、残念ながら僕には人ならざるものが見えない。


「わかりません…。でも、はっきり生きているとも言い切れないんです」

「それってどういう……」
「分かった、ありがとう」

おい、伊作!と戸惑う留三郎を尻目に僕は乱太郎と三治郎を自室に帰した。
三治郎も言いたいことは全て言ったのか、すっきりしたように見えた。



静かになった僕らの部屋。
腑に落ちないといった表情で留三郎は布団に潜り、僕も自分の布団に入った。

「伊作は…、どう思った」
「呪いについてか」
「あぁ」

呪いなんてもので納得がいくはずがないのに、残念ながら○○が毎日毎日記憶を失くし、眠るときは呼吸もしているかしていないのか分からない状態になる、というこの実状を他の言葉で言い表すことが今のところできない。
そう思えば、「呪い」ということにしてしまえばある程度の納得はいく。

否、理解することを放棄し、納得したつもりになれる。


「もしもさ、○○が人柱だったとしたら…」
「でも人身御供は禁止されてんだろ…」

もしもの話だよ、と僕は言った。

もしも○○が人柱に立てられてあの山にいたのだとしたら――。

「僕らがあの山から○○をここに連れてきてしまったことで、彼女は人柱では無くなったということになるんだよね…」

まぁそうなるわな。と、留三郎は答えた。
もう夜も更けているというのに、僕らの頭は覚醒してしまって眠気なんかとうに消えていた。

僕らは初めて○○と会った時のことを思い出した。
もう遠い昔のように感じる、つい最近だった筈なのに。
――白装束で必死に走って来たその少女は、文次郎の制止にも構わず崖から死のうとした。
どうして死のうとしていたのか、今では闇の中に葬られてしまい分からず終いだが。

「なぁ、その人柱が神へ奉納されなくなったらどうなるんだろうな」
「え、……そうだなぁ、神様が怒る、とか」

僕の専門外だから分からない。僕だって本当に神様がいるとは考えていない。
だから自分が言った「神様が怒る」なんてことは信じてもいないし、言葉の綾だ。
きっと留三郎も正解を求めているわけではないのだろう。
確かに、人身御供が失敗に終わった場合、一体どうなるのだろうという疑問が湧くのは当然だ。

「人柱にされた人ってどうなるんだろうね」

特に何も考えずに口から言葉が零れ落ちた。
自分で言ってから気付いた。

「そりゃ、死ぬだろ」

間髪入れずに戻ってきた返答に、「まぁそうだけど」と言い返す。
何気なく見つめた天井はひどく真っ暗で、隅なんかはほとんど何も見えなくて闇のようだった。

「死んだ後、だよ」
「後?俺はそういうの詳しくないし信じてないから分かんねーけど……」

「新たな命として生まれるんじゃねぇの」と、彼は言った。
ぼそっと呟いたらしいそれは闇と同化するのにさして時間は掛からなかった。

しかしその言葉が耳に届いて、刹那、僕はひどく驚いた。

「ど、どうした…」
「てっきり極楽浄土に行く、とか言うのかと思った」
「あー。そうか」

さっきの言葉は、留三郎自身も大して考えないで出したものだったのだろう。
どうして僕がこんなにも食いついてくるのか、彼は狼狽していた。

「なぁ、関係ないかもしれんが『毎晩眠りにつくたびに私は死ぬ。そして毎朝目を覚ますたびに生まれ変わる』とかなんとかって言ってたの誰だったか覚えてるか」
「なんだい、それ」
「いや、どっかで聞いたのをふと思い出しただけだ。誰だったか忘れたけど」

聞いたことねぇならいいや、と彼はそれから黙り込んだ。

「まさか留三郎の口からそんな難しい言葉が出るとは思わなかったよ」
「お前なあ……」

留三郎は声を押し殺して笑った。つられて僕も笑った。

あれから僕たちは頭の片隅からあらん限りの知識を引っ張り出した。
留三郎の言うように、夜に死んで朝にまた新たな命として生まれるのだとしたら残念ながら今の○○の状態と合致する。
生と死を繰り返す――輪廻転生――に近い。


「もしも、○○が毎日輪廻転生をしているのだとしたら……」
「それこそ人身御供失敗による弊害なんじゃねぇの」

僕たちの考えは憶測の域を出ない。
信憑性の欠片もない。仙蔵たちに言ったら鼻で笑われるだろう。
でも、今の僕たちにとってはそれが答えであり、唯一納得できるものであった。

「留三郎、今度の休暇は僕と仙蔵、そして君も村に行ってもらうことにしたよ。大丈夫かい」
「――あぁ、大丈夫だ」

それから僕たちは一言も発しなかった。
区切りがついた、そう互いに判断した。

夜は次第に明けていき、僕たちは気付けば眠りについていた。


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