小説 | ナノ


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分かってはいたが、今朝も○○の記憶は白紙の状態から始まった。

今日はどうやら放課後に図書委員会で図書室の本の整理をするらしく、きり丸と久作が○○を迎えに来た。

「あれ?今日は図書室整理って聞いたけど」
「そうっスよー、中在家先輩が○○さんも連れてこいって仰られて」
「そうか」

定期的に行われる図書室整理は基本、図書員会のみで行われている。
書籍の収納場所や本の修繕をするのには、活動に慣れている委員会の忍たまのみで行った方が効率が良いからだ、といつだったか長次が言っていた。
だから珍しいな…、なんて思ったがいつも当番を決めて本の貸出手続きを行うことが大半の委員会活動である図書委員会は、こういった時でないと○○と活動を共にすることがないのだろうと自答した。

「夕飯を食べたら一度戻っておいで。じゃぁきり丸と久作、よろしくね」

行ってらっしゃい、と不安そうな○○を見送って僕は立ち上がる。
考えてみれば、各委員会で○○と委員会活動を行うことはあっても我らが保健委員会は一番○○と一緒にいることが多いはずなのに、何も委員会らしい活動はしていない。
僕や保健委員にとっては、授業が終わって医務室に行けばそこにちょこんと○○が座っていることが日常風景として定着していた。
委員たちは各自の担当日以外は各々が自分の時間に費やしているというのに、僕は担当の日ではない日も医務室にいた。
――それは、どうしてだ。
確かに僕は保健委員長だが毎日医務室にいなくてはいけないという決まりは無い。
僕は、自分で好き好んで放課後を医務室で過ごしているのではないか。
それなのに自分だけが苦労人みたいに彼女を責めるのは、おかしいのではないか。

「あー、なにやってるんだろう……」

棚から日記帳を手に取って、昨日の部分に挟んである栞を取り出した。

長次に無理を言って作ってもらった勿忘草を押し花にした栞。
彼の性格が反映しているのか、裁断もまっすぐな直線で花々の配置もよく考えられていた。
上部には穴が開けられ、紐が通されている。その紐の色にも気を使っていたときり丸と言っていたはずだ。
深緑――僕たち六年生の制服の色――、六年生は○○の記憶を取り戻すこと及び、彼女の情報を探すのことに尽力するという意思表示だろう。少なくとも長次はそのつもりなのだと読み取れた。

途中、小平太が医務室に訪れて○○を探していたが図書委員の手伝いをしていると告げると肩を落として医務室を後にした。


○○が学園に来た当初、六年ろ組は我関せずの態度を取っていたのに、いつの間にか彼らは積極的に彼女と関わろうとし、常に彼女を気にかけている。
六年い組の仙蔵や文次郎は、警戒心が丸出しだった頃とは比べ物にならないくらい表情が和らいでいた。彼らは他人のことには鋭いくせに自分のことに関しては鈍感なのか、○○が後輩たちと戯れている姿を微笑ましく見守っていることを、僕は知っている。
留三郎だって文次郎たちほどではなかったが、最初は警戒していて、僕に忠告をしたぐらいなのに今では後輩たちに接するみたいにその兄貴肌を発揮しているし、毎晩僕に「今日、○○は何をしたんだ」と聞いてくる。
日記に書いた内容を話すと、そうか…と満足そうに眠りにつき、何か問題があれば一緒に考えてくれたりもした。

――六年生たちは目に見えるように変わっていた。

僕は変わったか。
皆が着々と○○に対し警戒を解き、好い関係を築いていっているのに、僕は彼女と毎日会う度に、ほんの少しずつ嫌悪感を募らせていたことに昨日気付いてしまった。
僕がなんとかしなくてはいけない、その脅迫概念にも似た何かが僕を好くない方へ変えていったのか。
彼女を助けたい、と、この道を選んだのは僕自身なのに。

僕は、変わりたい。
僕も、変わりたい。


“私を忘れないで”

掌で静かに主張する栞の中の小さな花。
そうなんだよ、僕は、○○に忘れて欲しくないだけなんだ。
毎日顔を合わせているのに、彼女が僕の顔も、僕の声も、僕の名前もすべて忘れてしまうことに慣れた、なんて嘘だったんだ。慣れてなんかいなかった。

いつも彼女のそばにいるのだって、一番初めに僕の名前を呼んで欲しいからだ。おそらく。
残念ながら深層心理までは自分では把握できてはいないが。


「おい、伊作」
「あぁ、仙蔵。いらっしゃい」


今日は来客が多いな、なんて。
患者は客ではないけど、今日医務室を訪れたきり丸たちや小平太、そして仙蔵は怪我をしていないから患者とは言い難かった。

音もなく医務室に入っていた仙蔵は適当にその場に座った。

「なんだ、今日は○○はいないのか」
「さっき、きり丸と二年生の能勢久作が迎えに来たよ。図書室の整理をするんだって」

折角私が来てやったというのに間の悪い奴だ、と仙蔵は言った。

「そういえば昨日、○○は作法委員の後輩たちに着付けて貰ったらしいね」
「あぁ。先ほど兵太夫から聞いた。馬子にも衣装だと思ってな、私も見たかったのだが残念だ」
「僕も少し見た程度だけど…、見違えちゃったよ」
「なんせ作法委員が化粧も着付けも行ったのだからな、当たり前だ。なあに、今度は私がやってやるさ」

どうせやるんだったらあいつの記憶が戻ったらな、と彼はいつものようにフッと笑った。

「――で、今度の休暇のことだが」
「あぁ、村に行く日だろう」
「村人に鎌をかける」

仙蔵が得意そうな作戦だ。

「お前は、もう予想ついているんだろう」
「んー、確証はないけど。でも今のところ考えられる可能性としては一番しっくりくる」
「そうか」

確証はないけど可能性として一番考えられることは、残念ながら真実であってほしくないことだ。
これが嘘ならいい、間違いであってほしい、と強く望まざるを得ないが実際のところ村人に裏を取るまで分からない。

「私とお前、そして留三郎を連れて行こう。たしか文次郎はその日予算会議の準備があるとかなんとか言っていたからな」
「分かった、伝えておくよ」


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