小説 | ナノ


  15


そういえば、と留三郎が沈黙を破った。

「五年ろ組の雷蔵と鉢屋が俺のところに報告してきたことがあってな」
「報告?」
「今日、その二人は学園長の用事だかで外出していたらしいんだが、行き帰りの道のりにある村々一つずつに○○のことを聞いて回ったみたいなんだ。でもどこも情報無しだってよ」
「そうか…」

後輩たちに結果的に面倒事をやらせてしまったことに申し訳ない気持ちを抱きながら、僕は昼間の出来事、言動を回想する。


もしも小平太の言う通り、僕が翁に抱いた違和感が“嘘をついていること”だとしたら、どうして彼は嘘をついたのだろうか。
一体、見ず知らずの小童に偽りを言う必要があったのだろうか。
僕らが聞いたのは昔話だ。昔話を聞いた僕たちから巡り巡って現領主の耳に入る、ということを危惧したのだとしたら、領主に聞かれたくない話を見ず知らずの他人に話すということはあまりにも不自然だろう。
それに現首領が禁止しているのであって、翁が話す昔話を咎めたりはしないだろう。

「ねぇ、仙蔵」

なんだ、と仙蔵がゆっくりと目を開く。
おそらく彼も今日のことを思い返しているのだろう。

「仙蔵は翁の話を聞いた時に何か違和感を覚えなかった?」
「……違和感?あぁ、確かに何かを感じた。それがなんなのかはまだ分からんが、何かがあるのだろうとは思っている、それが○○のことでなくとも」

「まさか、あの爺さんが嘘を言っていると?」
文次郎が空気を読んで言った。
文次郎は元々そこまで翁の話を信用していないようだったが、確認するために言葉に出したのだろう。

「――嘘は言っていないと思う」

僕がそう答えると、彼が期待していた返答ではなかったのか眉間の皺がより一層深くなった。
おそらくだが、翁は嘘を言っているわけでないと思う。
ただ、真実も言っていない。
僕たちに話したのは、嘘ではないが真実でもない何か、そんな気がする。
僕と仙蔵の曖昧な考え方についていけない、と文次郎や留三郎、小平太は説明の言葉を待った。

「例えば僕たちは翁に『ここに○○という少女はいるか』と問い掛けた。翁はその時になんと答えた?」
「いない」
「そう、その答えは間違ってはいない。○○は今、忍術学園で保護している。今日は町へ行ったそうだ。つまりその村にはいない、質問の答えとしては嘘ではないんだ」
ただはぐらかされた感はあるけど。

「そんな、どこぞの坊主じゃあるまいし…」

「真実ではないが嘘ではないこと、つまりそういうことか」

僕もよくわからないが、おそらくこの解釈が今一番しっくり来る。
翁が嘘をついているということよりも、何かを隠しているといった方に近く、あの並々ならぬ態度と空気、そして彼の発言を考えると、たとえ○○に関係なかったとしても何かがあの村にはあるはずだ。
○○のことを訊ねた時にわずかに翁は僕らから目を反らした。
それが偶然だったのか、それとも意図的にだったのか、無意識に行ったことなのか、今はまだわからない。

「もう一度、あの村へ行こう」

皆が無言で頷く。
僕たちは何かが見えていたのかもしれない、○○に関する糸口がほんの少しだけ見えたような気がしていたんだと思う。
その村と○○は何も関係無いという可能性もあったのにも関わらず、どこかで僕たちは何らかの勘が働いたんだと後になってから、ふと考えた。



◇◇◇


『い、伊作君…』
「ああ、おかえり」

六年生たちは一足先に長屋へ戻り、僕は○○の帰りを待った。
肌着に身を包んだ○○は少し身構えながら、控えめに医務室の障子を開く。
○○も戻ってきたことだし僕も自室に戻ろうと挨拶を告げようとすると、あの…、と彼女に呼び止められた。

『ユキちゃんたちに聞いたの、私、眠ると記憶消えちゃうって』
本当なの?、と○○は僕に問いかけた。

僕は今までのことを思い返し、頷いた。
初めてだった、初めて彼女が自分のことを僕に聞いた。少し驚いた。おそらくくのたまたちに何かを言われたのだろう。

『今日も昨日もずっと今みたいに伊作君が、私の世話してくれてるって…』

世話をしている、というよりは医務室にいるからという理由と、僕のお節介だ。
幸い保健委員はお節介焼きの子が多い。
私こんなに迷惑かけているのに覚えていないのが申し訳なくて、と眉を下げて○○は言った。
別に○○が悪いわけじゃないんだから、と慰めても彼女の顔は晴れなかった。

『私、考えたんだけど……。寝なかったら記憶をなくさないと思って…』
「それはだめだ」

間髪入れずに答えた。
○○は豆鉄砲を喰らったような顔をしている。

「君の記憶を取り戻すのは僕たちが何とかするから、君はきちんと寝て、きちんと食べて、たくさん思い出を作るんだ」
いいね、と言いつけるように言えば○○は目尻に何かを溜めながら小さく頷いた。
その拍子に何かが頬を流れたのが見えた。

「今日は疲れただろう?お喋りは終わりにしてもう寝ようか」
『…うん』

○○を医務室の奥の部屋まで連れて行き、僕はその前で足を止めた。
さすがに同じ部屋(しかも寝室)には入れない、いくらそういう関係じゃないと分かっていても彼女からしてみれば僕は警戒すべき男で、夜這いをしないとも言い切れないからだ。
まぁ、しないけど。

「おやすみ」
『うん、おやすみ』

『あ、あの…』

障子を閉めようとすると布団に入った○○の目が僕をじっと見ていた。
ん? と閉めかけた障子を少し開けて○○の次の言葉を待つ。
僕も今日は疲れたな、なんて頭の片隅で思いながら。

『また、明日…』

「うん!また明日ね」

今度こそ障子を締めて医務室の鍵も掛ける。
○○とあのような話ができてよかった。
少し報われた気がした、否、報われたという言葉では語弊があるかもしれない。
だが、胸の痞えが下りた気がした。

僕はほんの少し、ほんの少しだけ、記憶を失くしたまま何も感じず何も知らないまま毎日を過ごしていく○○が疎ましかったのだ。
自分のことすら分からない恐怖を毎日抱えている○○のために、僕はなんでもしようと決めていたのに、その気でいたのに、心のどこかで言葉と思考と本音が矛盾していて、僕らはこんなに苦労しているのに……、と思ってしまっていた自分がいたことに気づいた。


「最低だな、僕は……」

最低だ。


//

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -