小説 | ナノ


  14


「じゃぁ頼むよ、留三郎、小平太」
「あぁ、行ってこい。気をつけてな」
「学園のことは私たちに任せておけ!」

休暇の日、僕と仙蔵・文次郎・長次でこの間昆奈門さんたちに教えてもらった村に向けて発った。
書いてもらった地図を長次に託して、まず裏々々山を目指す。
地図によると裏々々山の中腹辺りから西の方に下りていくと小さな小川があり、それを辿っていくとどうやら村に着くらしい。

「あぁ、あれか」
「ほんとだ、あった…」
「意外と栄えているな」
「……」

水はその小川から引いているのか、水源が整備され、畑や田んぼもある。
遠目から見たところ、すごく栄えているとは言い難いがそれなりの収穫を期待できるであろう土地が広がっており、田も畑も枯れておらず、青々とした葉が生えている。
ざくざくと音を鳴らしながら山道を下っていく長次の後に続いて平地を目指した。

「おい、村人がいたぞ」

笠を取ってその村に足を踏み入れる。
土の香りがそよ風に乗って香った。
頭に手拭いを巻き鍬を担ぐ翁や媼、まだ生まれたばかりの乳児を背負って草むしりをする年増のいった女性や男性、笑い声高らかに走り回る忍術学園の一年生よりも幼いだろう子どもたちが見えた。
僕たちに気づいたのか一人の翁が作業を止めて歩み寄ってくる。
頭を下げて、僕たちはとある寺子屋に通う和郎(わろ)で宿題のためにこの村を訪れた、とさもそれらしいことを告げた。
すると警戒を解いて人の良い笑みを浮かべたその翁は、僕らを大樹の木陰に通した。

「この村は何年か前に領主が代わったそうですね」
「そうじゃよ、先代が床に伏せられての」

この男性の年齢は学園長と同じくらいかそれより少し下か。
そもそも学園長は齢七十を越えた頃から数えることをやめてしまったらしく、学園長と比べることはあまり適してはいないのだが。
畑作をしていたせいか頬に少し土がついている翁の顔は小麦色で、とても痩せこけているようには見えなかった。

「新しい領主になって何か変わったことは?」
「うーん、大半は特には変わらんがなぁ。一番は信仰ができなくなったかの。あまり大きな声では言えんが今の領主様は儂らに読経や奉納をさせてくれんのじゃ」
「ほぉ、それはなぜです?」
「さぁ儂にはわからんが、ご自分のことを御武家様とでも思ってるんじゃないのかね。もしこういったのがばれると殺されちまう、おっかねぇ」
あぁ、領主様には言わないでおくれよ。儂が殺されちまう。と翁は口に人差し指を立てる。

「儂らは畑作して生きてるからのぉ、山の神様とは仲良くせにゃならん。だから奉納してたんだが……」
「領主が代わってからできなくなった、と…」
「そうじゃ、領主様は自分が働かないから山の神様の怒りが恐ろしくないんじゃよ。儂が小さい頃は山の神がお怒りになられてなぁ、雨が止まずに山から土砂が流れ落ち田畑は壊滅、山にいた獣たちが夜の間に下りてきて少ない作物を食っちまう始末。あぁ、神のお怒りは恐ろしい」
「ふむ…」
「そんときにな、先祖たちは山への奉納を忘れていたことを思い出したんじゃ」

いつの間にか昔話を始めた翁は話し出したら止まらなかった。
長話に飽きたのか文次郎は密かに青筋を浮かばせている。
仙蔵はこの村はハズレだと判断したのか、適当に相槌を打ちながら聞いた話を右耳から左耳へと流しているようだ。

「じゃからな、…儂の姉が奉納された」

その一言で僕たちは皆、目を見開いた。
奉納とは、米や作物を納めるものだと思っていたがそうでは無いらしい。
翁は遠い昔を懐かしむように目を細めていた。ほんのり目に涙を浮かばせているようにも見えた。
もしも翁の言うことが正しく、彼の姉が奉納されたというならばこれは人身御供だ。

「そのお陰で雨は止んだ。作物もよう育つようになってな」

今の村ができたんじゃよ、と翁は村を見渡す。
僕らが今見ている風景は長い月日を掛けてやっと復興したものなのだと理解した。
この“山の恩恵”があるから人身御供を必要だと感じ、この村の風習と化したのだろう。
彼は領主が代わってから奉納ができなくなったと言っていた…、つまり、領主が代わる前はごく当たり前の慣習として人身御供が行われていた、ということになる。

「その奉納というのは幾度かなされていたのですか?」
「あぁ十年毎にな、人の子を差し出すんじゃよ」
「でも領主が代わってからそれができない…と?」
「うむ」

もしもこの人柱として選ばれたのが○○だとしたら彼の話とは合致しない。
二年ほど前に領主が代わっていたのだとしたら、最低でもここ二年は人身御供はできていないことになる。
もしも領主が代わる前に人柱を立てていたのだとしたら、○○は生きているのもおかしく、ましてや纏っている白装束がもっと汚れていても良いはずだ。


「貴重なお話ありがとうございました。参考資料にさせていただきます」

とりあえず翁から聞ける話は一通り聞けた筈だ、いい加減話を区切らないといつまでも続きそうなので適当な部分で見切りを付けて翁の話を終わらせる。
仙蔵に目配せすると彼はいつもの様子で
「最後にお聞きしたいことが一つあります。――この村には○○という少女はいますでしょうか?」
と翁に訊いた。

「……いや、そんな子はおらんよ」

暫くの沈黙の後、翁は視線を逸らし言った。

「そうですか、では僕たちはこれで失礼します」

礼を言って笠を被り直し、元来た道を戻る。
○○のことを聞いた時ほんの一瞬だけ空気が変わった気がする、否、○○のことを聞いた時に顕著に空気が変わったのが肌で感じられたといった方が近いかもしれない。
ほんの微かに翁を覆う空気が張り詰めたような気がした。

「まさか人身御供が行われていたとはな…」
「別に珍しくはないだろ」
「まぁそうだが…。もしかしたらあいつは――とは思ったがそうすると時間軸が合わないのか」
「…うん」

この村はハズレだったのか、と肩を落とす。
帰りの足取りは重かった。
先程から黙っている長次は顰めっ面で下山する足を進めている。
ジリジリと照りつける太陽が少し恨ましく感じた。


◇◇◇


学園に戻る頃にはもうすでに太陽は傾いていた。
休日なだけあって忍たまたちは外出しているのか、心なしか学園内は静かだった。
荷物を自室に置き、○○がいるであろう医務室に向かった。

『お、おかえりなさい…』
「――た、ただいま」

彼女は医務室の円座にちょこんと座っていた。
誰かに借りたのか○○は綺麗な余所行きの着物に身を包んでおり、一瞬誰だか分からなかった。

「今日はどこかへ行ったの?」

朝、挨拶をしてすぐに僕は学園を発ってしまったから僕のことを警戒していると思いきや○○は平均していつもと変わらない態度で僕の方へ寄ってきてくれた。

『今日はね、ユキちゃんたちが町へ連れて行ってくれたの…くれたんです…』

わざわざ敬語にしなくてもいいよ、と言うと彼女は照れくさそうに笑った。

「そうか、だからそんなに綺麗な格好しているんだね」
『へ、変かな…?』
「ううん、似合ってるよ」
『よかった。作法委員会の子たちが着付けてくれたの、こんなに綺麗なお着物着たの初めてで…』

いつもは山本シナ先生やくの一教室で保有している着物を着ているが、今は薄桜色の地に紅色や紫色の花が散らしてある小袖に、髪は梳かれ着物によく合う簪で纏められていた。

「町はどうだった?」
『人がたくさんいてびっくりしちゃった!でも楽しかったよ』
「そうか、それはよかったね。また行きたい?」
『うん!』

嬉しそうな○○の笑顔を確認して棚から日記帳を取り出し、彼女の今日の出来事を書き込んだ。
紙を捲り、真っ新になった部分に今日僕たちが訪れた村のこと、翁から聞いた話を箇条書きで書き出す。
途中、風呂に行くと迎えに来たくのたまと○○を見送り、矢羽根を飛ばして医務室に六年生を集めた。
僕たちの話を聞いた留守組の留三郎や小平太は、僕たちの帰り道のように肩を落とし、日記帳に書かれた文字を目で追っている。

「なぁ、嘘を言っているっていう可能性は無いのか?」

小平太が何気なしに聞いてきた。
確かに翁の話全てが正しいとは言い切るのは危険だ、○○を知らないと言ったのも怪しい部分はあった。


「分からない、でもどこか引っかかるんだ」


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