小説 | ナノ


  13


今日の座学も終わり、僕と留三郎は教室の掃除当番だったため机を退かして、あまり汚れていない教室の掃除を始めた。

「結局、利吉さんは何も知らなかったんだってな」
「あ、うん」
「これは本当に虱潰しになるか…?」
「それしか方法が無くなったらそれをやるしかないよね」

黒板消しを叩いて粉を飛ばそうとすると風が吹いて顔面に直撃、しかも吸い込んだ。
あぁ、不運だ。
僕が咳き込んでいると「いつまで咳き込んでんだ、もう終わったぞ」と長机をひょいと片手で持ち上げて定位置に戻している留三郎に笑われた。
黒板消しを桟に戻し、白墨の有無と長さを確認する。
するとどこからか名前を呼ばれた。しかし見回してみるも声の主は見つからない。

「留三郎、今僕を呼んだ?」
「俺は呼んでねぇけど…お前の後輩が呼んでるぞ」
「後輩?」

留三郎がよっこいしょという年寄り臭い掛け声と共に、最後の長机を持ち上げてすたすたと歩いていくと、彼の影に隠れていたのか浅葱色の井形模様が見え始めた。

「伊作せんぱーい」
「…伏木蔵?どうしたんだい、もしかして急患!?」
「急患じゃなくて、粉もんさんがいらっしゃってます」
「粉もんさん…?あぁ、タソガレドキの」

急患ではないことに安堵しながら、突然の来客者の意図を考える。
あの人は一体何を考えているのだろうか、正直言って僕にはわからない。
危害を加えてこないから別に構わないけど。

掃除を終わらせ、僕と伏木蔵は医務室へ、留三郎は委員会活動のため用具倉庫へ向かう。

「この際曲者だろうが何だろうが、藁にも縋る思いなんだ……伊作」

留三郎が僕らと別れる前に、神妙な面持ちでそう言った。

「わかってるよ、昆奈門さんにも聞いてみる」


◇◇◇


「やぁ、伊作君」
「今日はどうかしたんですか、昆奈門さん」

医務室ではさも当たり前のように鎮座している包帯だらけの忍者――タソガレドキ城タソガレドキ軍忍び組頭の雑渡昆奈門――と、その隣には彼の部下である諸泉尊奈門が左近が差し出したと思われるお茶を啜っていた。
昆奈門さんは全身に包帯を巻きつけ、その上に忍装束および頭巾を被っているため、熱いお茶を水で冷ましてからストローで飲んでいる。
別に見られて困るものじゃないんだから頭巾外せばいいのに、と毎回思う。
僕は兎も角、彼が贔屓にしている伏木蔵や他の保健委員たちは彼の素顔を見たことが無いから、素顔を見て怖がってしまう可能性は無きにしも非ずだが。

「わざわざ雨の時に来なくても…」
「近くまで視察に来ていたんだけど、途中で雨に降られちゃったから。おそらくしばらくすれば止むだろうから雨宿りついでに来させてもらったよ」
「は、はぁ…」

尊奈門さんが申し訳なさそうに目を伏せている。
そんな彼をまぁまぁと慰めてから医務室内を見渡した。

「○○……?」

医務室の端で左近の影に隠れるように息を潜めていた○○を見つけた。
恐怖感を抱くのは当然だった。
昆奈門さんや尊奈門さんは僕たちとは違って本物の忍だ。
醸し出す雰囲気や威圧にも似たその重々しい佇まいや風格は、隠しても隠しきれていない。
おそらく隠そうとも思えば完全に掻き消すこともできるのだろうが、今はその努力をしていないみたいだ。
それでも○○を始めとした“こっち”の世界の人ではない人間を脅かすには十分だった。

「昆奈門さん、あんまり怖がらせないでくださいね」
「珍しい子がいたから……つい、ね」
「○○、おいで」

蛇に睨まれた蛙状態(蛇も睨んでいるつもりはないらしいが)の○○は必死に首を横に振って抵抗する。
見かねた左近が立ち上がると、慌ててて○○も立ち上がって左近の袖を掴んだまま、いそいそと僕の隣へ座った。

「昆奈門さん、本当にこの子に何もしてませんか?」
怯え方が尋常じゃないんですが。

「何もしてないよ、ちょっと観察してただけ」
「組頭ただでさえ片目しか見えてないんですから…」
「諸泉尊奈門…、君は一体どっち側の人間なのかな」

昆奈門さんと諸泉さんの内輪喧嘩が始まりそうなので、とりあえず怯えている○○の頭を撫でておく。
怖かったの?と、聞いてみると彼女は何度も何度も頷いた。

「――あの、昆奈門さん。少しお聞きしたいことがあるんですが」
「んー、なにかな」

「ここ最近、それか少し前でもいい、何かこの辺りで変わったことありませんでしたか」
「…例えば?」
「何でもいいんです」
「ふーん…、人攫いとか?」

唯一見えている右目が細められ、ニヤリという擬音が似合いそうな笑みが頭巾の下で浮かべられていることは容易に予想できた。
より一層震えが増す○○をここに同席させるのは可哀想に思えたため、左近と伏木蔵に頼んで○○を彼女の部屋に連れて行かせた。
その間に僕は足を正座に戻す。

「そこまで秘密裏にしたいことなのかな?」
「いや、そういうわけじゃないんです。彼女がここに居たら話を聞くどころじゃないと判断したので…」
「私のせいで?まぁいい。……で、何か変わったことだったっけ?」

一瞬にして忍の顔に戻るのは職業病なのか、利吉さんしかり昆奈門さんしかり公私混同しないんだなと感心する。
腕を組みながら考え込む昆奈門さんを前に僕はじっと待つ。
しばらくすると、誰からか声が発せられた。

「そういえば、二年くらい前に領主が代わった村があったな」
「…ありましたね、そういえば」
「まぁ、小さな農村だ。別に気にかけるほどでもない」

確かに前代の領主が隠居したり逝去したりしたならば、次に世代交代が起きる。
何の不思議も無い。世の摂理。当たり前だ。

「とりあえずその村の場所を教えていただけますか」
「構わないですよね、組頭」
「うん、尊奈門。書いてあげて」

尊奈門さんに紙と筆を渡して簡単な地図を書いてもらう。
細かいところまで書き込んでいるところを見ると尊奈門さんは几帳面な性格をしているらしい。
今に分かったことではないが。

「君さぁ、本当忍には向いてないよね」

もう何度言われたか分からないその言葉は、侮辱の言葉ではないことも知っている。
呆れに近いのかもしれないが、僕の性分だから仕方がない。
現にこの性分でなければ昆奈門さんたちから情報を提供してもらうなんてことは出来なかっただろう。

「褒め言葉として受け取っておきます」

気づけば雨音は遠ざかっていた。


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