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  12


○○を捜索した夜から三回太陽が昇った。
いつものように医務室で保健委員の仕事をしていると、事務員の小松田さんが僕の名前を呼びながら医務室にやってきた。
どうやら今、利吉さんがいらっしゃっているらしい。
小松田さんに礼を言って、あの日記帳を持ってとりあえず仙蔵を連れて利吉さんがいると聞いた食堂に向かった。

「利吉さん!」
「小松田君にここで待っているように言われたんだけど、君たちだったのか」
「お時間大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」

利吉さんは僕たちが就職活動の話でもするのかと思っているのか、人の良さそうな笑みを浮かべたままだったが一瞬にして空気を読み取ったのか、真剣な表情に戻してくれた。
仙蔵が一口お茶を飲み込んでから口火を切った。

「利吉さんは任務で各地を飛び回っていることとお見受けした上でお話したいことがあります。何かここ最近神隠しとか人攫いとかいう話はありませんでしたか?」
「んー…」

利吉さんは瞼を固く閉じて記憶を探っているようだがしばらくして首を横に振った。

「人身売買とか」
「そんなこと言ったらもうそこら中で起こっているんじゃないのかな…」
「そうですよね…」

貧乏な農家から子どもを買い取ったり、または花街で働かせるために拉致してしまうことも残念ながら起こっている。
悪名高い城の城主が情婦を求めて、家臣に命じ女児や女性を攫っているという噂も聞いたことがある。
もしも○○がその類のものに巻き込まれていたのだとしたら、僕らは彼女をなんとしても故郷に帰してあげなければならないし、○○が忍術学園周辺で見つかったということは、もしかしたら忍たまやくのたまたちもそういった事件に巻き込まれる可能性も無いとは言い切れない。

「私が知る限りこの辺で人攫いといったことは聞いていないし、それ類いの任務は受けていないよ」
「そうですか…」
「もしもそういった話をお耳に入ったら教えてくださいますか」
「あぁ、構わない」

頼みの綱が切れた僕たちは目に見て分かるように肩を落とした。
そんな僕らを不思議に思ったのか利吉さんは事情を聞いてきた。山田先生から聞いていると思っていたがそうではないらしい。
僕は無言で日記帳を差し出した。

「これは?」
「利吉さん、忍術学園にいらしてから何か気付いたことがありませんでしたか?」
「――あぁ、五年生の尾浜君が女性と歩いていたな。くのたま教室の子ではなさそうだったけど……」
「その子のことを記したものです」

利吉さんはキッと目を細め眉間に皺を寄せる。
いや、そういうわけではないですよ、と言うとそうかと彼を取り巻く緊張感が解かれた。
僕と仙蔵が掻い摘んで○○のことを説明すると、利吉さんは信じられないといったような顔をして物思いに耽る。
忍術学園は退屈しのぎには事欠かないね、なんていう皮肉を頂きつつ利吉さんも○○の情報集めに協力してくれることになった。

「会っていかれますか?」
「いいや、いいよ。彼女の記憶が戻ったら改めてってことで」
「分かりました」



人攫いという線ではないとは言えないが、まだ真相が見えてこない。糸口さえも見えてこない。
これは本当に忍術学園および裏々山、裏々々山付近の村々を一つずつ回るという虱潰し作戦になるかもしれない、と落胆した。
もしかしたら人攫いと決め付けていたことで視界を狭めてしまったのかもしれない。

そうだとしたら考えられる可能性は何だろうか。
例えば、○○が自ら望んで裏々々山に行っていたのだとしたら、その理由は何だ、白装束を着ていたから死のうとしていたのか。
ならばどうして山賊から逃げていたんだ。死にたいと望んで来ているのなら(こんなこと本当は思いたくないけど)逃げる必要はなかったはず。
確かに嫌な男に汚されるのは本能的嫌悪感を感じていたのかもしれない、でもそうだとしたら僕たちに「死なせて」なんて言わないはず。

「わかんないなぁ…」


「善法寺伊作先ぱーい!」

日記帳とにらめっこしながら廊下を歩いていると誰かに呼び止められた。
庄左エ門だった。
使われていない教室の一室で学級委員長委員会が活動していたようで、庄左エ門の隣には同じく学級委員長委員会の一年い組今福彦四郎がおやつの饅頭を頬張っていた。
部屋を覗いてみると委員長代理の五年生―鉢屋三郎と尾浜勘右衛門、そして○○が寛いでいた。
勘右衛門が勧めてくれた饅頭を一つ頂いて縁側に腰を下ろす。

「伊作先輩、なにか進展ありました?」

三郎だった。
何のことかは聞き返すまでもない、彼は分かっているのだ。

「いいや、頓挫しているよ」
「そうですか…」

本当は五年生の手も借りたいが、あの状況を見ていたのは僕たち六年生だけだし、口で説明したところで百聞は一見に如かずという言葉通り、あの尋常ならざる光景をそのまま伝えることはできない。
ならば学園を空ける最上級生の代わりを務めてもらおう。
幸い五年生は委員長代理を務める忍たまたちも多く、後輩たちにも慕われている。

「もしかしたら六年生総出になるかもしれない、そしたら学園のことは君たちにお願いするよ」
「えぇ、勿論です」
「任せてください!」

三郎と勘右衛門の頼もしい言葉を聞いて僕は腰を上げた。
すっかりその場に馴染んでいる○○に、入浴後は医務室に戻ってくるようにと伝えてその場を後にした。

それにしても意外だった。
警戒心の強い三郎が○○を受け入れていたとは。
三郎は仙蔵と同じ匂いがするから(あ、匂いといってもそういうやつじゃなくて、飄々とした感じみたいな警戒心を解かない感じのこと)間違っても自分の委員会に呼ぶとは思わなかった。
でも思い返してみれば、○○を捜索した夜、学級委員長委員会は情報の統合や指揮を担当してもらったが、とても熱心にやってくれていたなぁ。
委員会の“仕事”だからと言ってしまえばそれまでなのかもしれないけど、そうではなかったらいいなと先程の三郎の態度を見て思ってしまった。


「頑張らなきゃな」

――僕が今できることを。


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