小説 | ナノ


  10


「○○ー、…あれ?まだいないの?」

夕飯を取った僕は医務室に向かった。
この前から始めた日記を書くためだった。
今日は一体どんな体験をしたのか、彼女が何を思ったのか聞くのが楽しみになった。
しかし医務室にはいるはずの姿は見当たらない。
今日一緒に行動を共にした忍たまたちと夕飯を取っているのだろうか、もしかしたらくノたまたちと風呂に入っているのかもしれない、そう思って医務室で薬を挽きながら時間を潰していたがいつまで経っても医務室には帰ってこなかった。

食堂を覗いてみても、もう夕飯の時刻は終わってしまって蛻の空だし、くノたまたちにお願いして風呂を確認してもらったが誰も使っていないようだった。
嫌な予感がした。
学園内のどこかに居ればいいが、他の城の忍者に攫われたとか実は彼女の正体は間者で役目を終えたので忍術学園を出ていってしまったとか、考えたくもないことが脳をよぎる。

「どこ行っちゃったのかな…」

居ても立っても居られず医務室を飛び出した。
太陽はもう沈んでいて就寝時間が近づいてきていた。

「伊作どうした、怖い顔して」
「小平太!○○を見なかった?」

○○が行きそうな場所を探していると風呂上りの小平太に会った。

「見てないな、いないのか?」
「うん、まだ戻ってこなくて」
「昼間に用具委員たちと倉庫の整理をしていたのは見たけどな」
「わかった、留三郎に聞いてみる。ありがとう」
「私も探しておこう」

とりあえず昼間は留三郎たちと行動していたことがわかったから、留三郎を探す。
おそらく自室にいるだろう。


◇◇◇


「―あぁ、昼間は俺たち用具委員と一緒にいたが…解散した後医務室まで送ろうとしたんだが厠へ行くと言うのでな…その…厠までついて行くのは…その、あれだろ…」
「あぁ」
「でも、まだ医務室に戻っていないんだとしたら危険だぞ。しかも土地勘ねェ奴なんか…」
「僕、学園長先生に言ってくる。留三郎は六年生に伝えてくれるかい」
「分かった」

留三郎と別れたあと、僕は○○を探しながら学園長先生の庵へと向かった。
その際にもう一度医務室に寄ってみたが、留守を任せている数馬に聞いてみても○○はまだ帰ってきていないようだった。
学園長に○○が行方不明であることを伝えると、至急捜索会議を開くようにと仰せつかった。
夜間であることを考慮し、各委員会の上級生だけで捜索作戦を実行することになった。

とりあえず医務室の前に各委員長及び委員長代理に集まってもらい担当を話し合った。その結果、
体育委員会と会計委員会は校舎外から裏々山までの捜索を担当。
用具委員会と図書委員会は校舎内及び倉庫や教室など建物内の捜索。
生物委員会と作法委員会は建物外や薬草園、庭などを捜索。
学級委員会は随時報告される情報の統合、指揮、伝達担当。
火薬委員会は無事に見つかった際に全員に知らせられるように閃光弾を撃ち上げる。
保健委員会は怪我人の救護と、もし○○が自力で戻ってきた場合に備える。

各委員会代表がそれを持ち帰って、上級生たちが各々松明を持ち、担当配置へとつこうとしていた。

「…あれ?どうして…」

裏々山へ出発しようとしている人影に違和感を覚える。
体育委員会と会計委員会の上級生のみなら四人のはずだが、明らかに人数が多い。

「ちょっと待って小平太、文次郎」
「んー?」
「なんだ?」
「この捜索に携わるのは上級生だけじゃないか、夜も遅いんだから下級生たちは…」
「別に俺たちが強制したわけじゃない、こいつらが騒ぎを聞きつけてやって来たんだ」

気づけば他の委員会の下級生たちも寝具から忍装束に着替えて集合しており、校庭中はいつかの園田村の合戦前日のようにほぼ全忍たまたちが集結していた。
目の前にいる体育委員会と会計委員会の下級生たちの目を見ると、とても委員長たちに強制されているようには見えなかった。言葉にしなくても分かった。
――僕たちも○○さんを探したいんです。
僕は一番近くにいた団蔵の頭を撫でた。


「遅くなってすみません、火薬委員も各担当一人ずつ配属されることになりました」
「あぁ、閃光弾係だな」

野外に行くとあってか体育委員会と会計委員会についていくのは火薬委員会委員長代理五年い組の久々知兵助らしい。

「じゃぁ、伊作。俺達は行ってくるから。お前はお前が出来ることをしろ。わかったな」
「分かってるよ、気をつけてね」

校門まで裏々山捜索組を見送って僕は医務室に戻る。
僕、いや、僕たちの役目は医務室で怪我人を手当てすることだ。


◇◇◇


その後、しばらく経っても○○を発見したという火薬委員の閃光弾が発せられることは無かった。

「伊作先輩!」

医務室に走ってきたのは生物委員の一年生、夢前三治郎と佐竹虎若だった。

「生物委員会委員長代理の竹谷先輩からの伝言です!狼を放つので○○さんの匂いがついたものを拝借したいとのことです!」
「うん、分かった」

医務室の奥の物置―今は○○の部屋―から彼女が毎晩使っている寝具の帯を三治郎たちに渡した。
この子たちも自分たちから捜索を願い出たのだろうか。
僕のことじゃないのに、なぜか目頭が熱くなった。なんでだろう。

「伊作先輩も来られますか?」
「……いや、僕はここで僕のやるべきことをやるよ。じゃぁこれをよろしくね」
「はい!」

三治郎と虎若は帯を持って闇夜に消えていった。
僕たち保健委員会はただ待つしか出来ないのだ、もどかしいけれども。

「乱太郎も行きたかったかい?」
「…ええ。でも、伊作先輩が一番行きたいんじゃないですか」
「あぁ、そうだね」



左近が淹れてくれたお茶を飲んでいると、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。
少し遅れて数人が走る足音、待ちわびた閃光弾の光。
あぁよかった。無事に見つかったんだ。
湯呑をお盆に戻して医務室の障子を開ける。

「伊作先輩っ…」

竹谷に抱きかかえられた○○の目は固く閉ざされていた。
顔は白く、息も浅いのかそれともしていないのか分からない。
心底心配している竹谷に布団まで運んでもらい、詳しい話を聞いた。

○○は深い蛸壺の中に居たそうだ。
縄梯子がなければ登れないほどの蛸壺に誤って落ちてしまったらしい。夕飯時とあってかその蛸壺の近くを通る忍たまがおらず、また、自力で出ることもできなかったため眠ってしまったのではないかと推測できた。

「○○さんは大丈夫なんですか、呼びかけても返事が無くて…息もしてんのかわからなくて…顔も血の気無いし…」
「たぶんだけど大丈夫だよ、大丈夫。明日になれば目覚めるさ」
「後輩たちの前では大丈夫だ!とか俺、言っちゃって…でも俺も不安で…」
「ありがとう、きっと大丈夫さ。狼たちもうんと褒めてやってくれ」
「はい!」
「じゃぁまた明日ね、おやすみ。お疲れ様」

竹谷は「お疲れ様でした」と、泥だらけの顔をくしゃりと歪ませた。
彼を医務室から見送って、同じく泥だらけの○○の顔を濡らした手ぬぐいで拭いた。
今回は夜間ということもあり、皆いつも以上に注意して行動していたらしく怪我人は一人もいなかった。
後輩たちを自室に戻らせて僕は彼女の手足を拭いた。
筆記帳を開いてさっきまでの出来事を書き記す。
安堵感でいっぱいだった。


「君は覚えていないだろうけど、たくさんの忍たまが君のことを必死に探してくれたんだよ」


記憶があろうが無かろうが○○はいつの間にか学園の一員になっていたんだね。
忍たまたちが君の記憶が無いことに“慣れた”ではないんだね。
君の記憶が無くても構わないと受け入れられていたんだ。幸せ者だね。
僕が間違っていたよ、一番近くにいたのにね。


「おかえり○○」

本当に無事でよかった。


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